株式会社QUNIE

NTT DATA Group

顧客の経験価値を高める顧客接点戦略とオムニチャネル化の実現に向けて

オムニチャネルは単なる流行言葉か?

「オムニチャネル」は2011 年に全米小売協会(NRF)が初めて紹介し、日本でも話題にされることが増えてきたキーワードである。Macy’s やNordstrom、Belk といった百貨店などの事例と併せて紹介されているのをご覧になっている方も多いだろう。曰く、オムニとは「あまねく」といった意味合いであり、消費者がチャネルの違いを気にかけることなく購買をできることである、などと解説され、日本の大手流通がそれに向け舵を切ったと報道されている。

こうした舶来ものの新しいコンセプトが話題になると、文脈も背景も本質も抜きにしてとにかく盲目的に飛びつく向きもあるが、決して褒められたものではない。数年のうちに熱が冷め、次のブームに踊らされるのが関の山であろう。そうは云っても、ことオムニチャネルに関しては「またぞろコンサルタントやITベンダーらが煽っている流行語の類だろう」と過小評価するのも禁物である。

オンラインと実店舗の相乗効果については、2000年に刊行された(当時、創業者から経営を引き継いだ米国証券会社チャールズ・シュワブのCEOであった)David Pottruckの著書で「クリック&モルタル」と表現されて以来、常に意識されてきた古いテーマである。「オムニチャネル」もまた、本質的にはこの延長線上にあるといってよい。実際、これまでも先端的な事業者らが様々な取り組みを実践してきている。例えば、「ネットでの購買でも、店舗での購買でも同じポイントが貯め、利用ができる」、「ネット上で特定のリアル店舗における在庫の有無がわかる」、「ネットで購買した品物の返品や交換対応を最寄りの店舗で受けられる」など、色々な事例が思い浮かぶことだろう。

そんな古くて当たり前のテーマが、なぜ今、このタイミングで注目を集めているのか。その背景のひとつには、止まるところを知らないネット通販(いわゆるEC)の隆盛がある。これに対抗するリアル店舗網を抱えた従来小売にとっては、自らの「存在価値」を賭けたリ・ポジショニングが求められているということなのである。先行事例として紹介されるのが「百貨店」、といったあたりにそれが現れていよう。

もうひとつには、消費者行動における「リアル」と「デジタル」の垣根の急速な瓦解がある。同じ消費者が、自らの利便性や都度のニーズに併せてネットとリアル店舗を使い分ける。リアル店舗をショーウィンドウに使いネットで買う、その反対に、ネットで詳しく情報を調べて店舗で買う。それでもネット利用の中心がPCであった時代には「家/勤務先など」と「外出先」という区別があった。しかし、スマートフォンを常に持ち歩き、いつでもどこからでもネット上の情報にアクセスできるようになり、更には、ソーシャルメディアを通じて消費者自身が情報を発信できるようになった現在、消費者の購買行動や潜在的な欲求が大きく変化しているのは想像に難くない。こうしたトレンドに対する何らかの対応策が求められているということである。

もともとは小売業に出自を持つ「オムニチャネル」のコンセプトであるが、特に後者であげた背景理由は業種を超えたインパクトを持っていることから、現在では、より広い文脈において顧客接点再構築の鍵と理解され、興味を持たれている。それが今日、ある種のブームの様相を呈しているもう一つの理由といえるかもしれない。

オムニチャネルは顧客視点に立脚する

それでは、「オムニチャネル」のコンセプトはこれまでのものとどこが異なるのか。

小売業を例にとって説明するなら、実店舗に加え、カタログやTVショッピング、そしてネット通販と、顧客に対応する多彩なチャネルを構築するのが「マルチチャネル」化である。この段階では、ターゲットとする地域や顧客層、取扱商品などを工夫しながら顧客へのリーチを広げることが主要な問題意識であると考えられる。

多彩なチャネル間における相乗効果を志向するのが、次の段階である。異なるチャネル間で相互送客を行ったり、チャネル毎の特性を活かした機能的な補完・連携を目指したりといったことが行われる。

少数の店舗網しかもたないあるファッション小売で、店舗網が限られていることからネット通販にも積極的に取り組んでいるのだが、ネットショップ自体の売上げが、店舗のないエリアより、店舗のあるエリアの方が高いという事例があった。ネットとリアルが顧客リーチという意味で補完しているのではなく、顧客認知も含めたなんらかの機能的な補完関係にあるのであろう。実店舗の「ショーウィンドウ化」現象が云われるが、それ自体を積極的に捉えなおせば「クロスチャネル」での相乗効果につなげる機会になる。

昨今積極的に取り組まれているO2O施策 (On Line to Off Line, あるいはその逆)も、この一種といえる。自社のネット会員に対し、実店舗で使えるクーポンを配布したり、実店舗の顧客にネット会員としての登録を促したりする。そのツールとして、スマートフォン用のアプリを活用するのも典型だ。

相乗効果の追求という点では注目に値する「クロスチャネル」施策も多々あり、その先に向かう萌芽も見られるのだが、どうしても「事業者」視点の押しつけになりがちではある。従来の「クロスチャネル」を超える意味で、「オムニチャネル」が着目するのは、顧客の消費行動プロセスにおけるシームレス性と、それがもたらす経験価値の向上であり、徹底して顧客視点に立脚することにポイントがある。つまりは、個々の顧客が持つ異なる欲求に基づき、顧客から見てチャネルの違い、裏側の仕組みを意識することなく、購買前から購買後に至る一連の流れを経験できるようにすることが目指すべきゴールということだ。

かつてAIDMA モデルなどで説明された消費行動は、ネット、モバイル、ソーシャルの浸透で、大きく変化した。マーケティングの最前線に立つ識者たちが、AIDMAに代わる様々なモデルを提唱し、それに基づくマーケティング・コミュニケーションの変革の必要性を唱えている。これは先に述べたことの繰り返しでもあるが、「オムニチャネル」はこうした消費行動の変化、購買経験における潜在的消費者欲求の変化に応えるものでなくてはならない。

一方で、ICT 技術の進歩と低コスト化により、顧客を「個」として捉えるのも以前に比べると随分と容易になった。大量のデータを紐づけ、関連性を分析し、「個客」の嗜好や要求を把握・予測することもできる。国も音頭をとりはじめた「ビッグデータ」の活用促進により、自社が保有する情報のみならず、価値のあるデータが流通し、外部から入手できるようになるのも時間の問題である。「オムニチャネル」はこうした技術的な恩恵抜きには実現され得ない。

こうした様々な変化を、「個」の望む消費行動プロセスを理解し、多様な顧客接点を融合させて唯一無二の経験価値を提供する機会が生まれたのだと、積極的に捉えるのが「オムニチャネル」に向き合う正しい姿勢である。ここで改めて問われるのは顧客視点に立って経験価値を組み立てるビジョンと、その遂行能力だ。お客様は神様であるといった常套句はこの際忘れた方がいい。漠然とした「顧客」ではなく、一人ひとりの「個客」の経験価値をいかに高められるのか突き詰めていく中で、これまでのビジネスがいかに事業者都合・事業者視点でしか物を考えていなかったか思い知ることになるだろう。

オムニチャネル化に向けた取り組み

「オムニチャネル」というキーワードが、出自である小売業を超えた幅広い業種・文脈で注目を集めていることは先に触れた。あるいは、顧客の消費行動プロセス全体ではなく、「問い合わせ」であったり、「アフターサービス」であったり、あるいは「マーケティング・コミュニケーション」というように、(事業者側の視点でいえば)バリューチェーンの一部において、同概念を取り入れて顧客満足を高められないか、という発想や取り組み方も考えられる。大きな組織では権限が縦割りになっていて、顧客からみたエンド・トゥ・エンドのプロセス全体での取り組みを進めるのが困難なケースも多い。業種・業態・業務に合わせた「部分的」な取り組みは、将来に向けた最初のステップとして、むしろ積極的に位置づけられるべきだろう。

弊社が相談を受ける案件では、「顧客DB 統合」や「顧客向け(ポイント等の)プログラム統合」、「在庫の一元管理」などといった、取り組みがIT 主導で推進されようとしている事例も散見されるのだが、これらの取り組みは、それ一つ一つがそれなりに“重たい”ものであり、 取り組みを進めているうちに目的を見失い、手段そのものが目的にすり替わってしまいかねない危険性が高い。確かに、オムニチャネル実現のための手段としては必要なことであっても、先立つべき「顧客視点」でのビジョンが不明瞭なまま進められようとしている事案を見ると、そのように主客が逆転した状態で、本当に顧客視点に立つことが可能なものであろうか、と、心配になってしまう。

「オムニチャネル」の取り組みにおいて技術的なウェイトが高く、無視できない側面はあるのだが、顧客視点に立って、顧客側のプロセスをシームレスにつないでいくことに力点を置くと、業務上、経営管理の仕組み上、これまで当たり前としてきたものが通用しなくなることがある。

あまり言及されていないが、こうした課題の典型例として業績評価の仕組みが挙げられる。例えば、店舗で手厚い商品説明や接客を受けた顧客が、その場で購買・決済を行わず、別の店を回って比較検討したり、ネット上で友人の意見を求めたりしたうえで、後日にネットショップで商品を購入したとする。この場合、この売上げは誰の功績と考えるべきか。店舗、あるいは、店舗で接客にあたる従業員の評価を「売上」だけで見ることはできない。顧客の購買プロセスにおいて各チャネルが果たした役割をどう捕捉し、評価するか。ことの次第では、従業員の士気を下げ、結果として顧客の購買体験を損ねてしまいかねない難題だ。

従来「ネット側」にいた事業者らが様々な連携により「ポイント経済圏」とでも呼ぶべきものを作り上げ、「リアル」の側に染み出し、影響力を強めつつある。また、顧客の側の「当たり前」も、これまでにないスピードで変化しつつある。「オムニチャネル」というより、「個客の経験価値を高めるための取り組み」は、スピード感を持って取り組む必要性が増しているが、個別のIT プロジェクトに落とし込む前に考えるべきことは多いということを肝に銘じるべきである。

個客の購買体験をシームレスに再構築する「オムニチャネル」化は必然であり、これは単なる流行言葉ではない。しかし、顧客視点に立脚した戦略と、先々を見据えた多角的な検討こそが肝要であることを改めて強調し、本稿の締めとさせてもらいたい。