2025.05.28
大企業の優位性を新規事業へと昇華させる「アセットベース思考」
【第1回】大企業ならではの事業開発を
栁澤 孝洋

近年、多くの大企業が直面する経営課題の一つに、「持続的成長を支える新たな事業の創出」が挙げられる。既存事業の市場成熟、グローバル競争の激化、さらにはテクノロジーの進化に伴う業界構造の変化によって、既存事業に依存した成長モデルは限界を迎えつつある。かつては成長市場におけるシェア維持に取り組むことで事業成長が担保されていたが、いまやそれは保証されていない。特に日本企業においては、人口減少や労働供給制約といった国内要因もあり、外部環境の構造的変化に真正面から向き合う必要がある。
こうした時代背景のもと、新規事業創出の重要性は高まりを見せている。とりわけ注目したいのが、大企業ならではの「アセット(経営資源・組織能力)」を基盤にした事業開発である。本稿では、なぜ今、大企業ならではの新規事業創出が必要なのかを論じた上で、「アセット」に着目する意味とその可能性について伝えたい。
高まる新規事業への期待
日本企業の経営課題における優先順位の変化は、新規事業への関心の高まりを如実に物語っている。2010年代初頭は「既存事業の拡大」が主たる経営課題であったが、次第に「事業ポートフォリオの再構築」や「新規事業の創出」への注目度が上昇している。これは、既存事業だけでは企業価値を維持できないという共通認識が経営層の間で広がっているためと考えられる。
実際、売上高トップ100社のうち新規事業専門部門を設置している企業は、2012年の12社から2023年には79社にまで増加している(図1)。これは、わずか10年余りで日本の大企業の意識が大きく変化したことを示す象徴的なデータである。もはや「新規事業に取り組むか否か」ではなく、「どのように新規事業に取り組むか」が問われる時代に突入しているとも言える。
図1:日本の売上高TOP100社の新規事業部署の設立社数
事業開発アプローチの功罪
この10年間で、日本企業にも「デザイン思考」や「リーンスタートアップ」といった事業開発手法が広く導入されるようになった。従来、大企業における新規事業検討は、机上調査、社内調整と上層部向けの資料作成などに多くの時間が費やされていたが、先述の手法は、“顧客との接点を増やし、より深く理解するように努め、顧客起点でアイデアを磨く”といった意識変革を促すうえで極めて大きな役割を果たした。
特に以下の3点で顕著な成果が見られる。
- 顧客視点の浸透と内向き志向からの脱却
- 従業員の挑戦意欲の醸成と企業文化の刷新
- 既存事業に依存しない新たな発想の促進
ただし一方で、こうしたアプローチへの偏重には副作用も存在する。顧客視点を重視するあまり、事業としてのスケール性に乏しいアイデアに陥るケースも散見される。また、ベンチャーと同じ土俵でスピード感や柔軟性を武器に競争することは、大企業の意思決定構造や組織特性を踏まえると、現実的には難しい側面がある。
自社「アセット」の再評価
こうした状況を打破する鍵となるのが、大企業ならではのアセットに着目する視点である。ここで言うアセットとは、単なる「ヒト・モノ・カネ・情報」で表現される経営資源のみならず、経営資源の組み合わせで構成され得る「ニーズ把握能力」「集客能力」「販売能力」など、長年の企業活動のなかで培われた多様な「組織能力」も含む。
ベンチャーにはない、あるいは模倣困難なこうしたアセットを活用することで、たとえスピードや柔軟性では劣っていたとしても、大企業だからこそ実現可能な独自のビジネス構築が可能となる。
例えば、通信キャリアが有する「対面によるデジタルサービスの販売力」、鉄道会社の駅の売店が持つ「狭いスペースで効率よく販売する力」、航空会社の「高い接客教育力」などは、業界を超えて価値を提供できる可能性を秘めている。
アセットベース思考
アセットベース思考とは、これら自社の経営資源や組織能力を踏まえて事業を構想する考え方である。顧客ニーズを軽視するものではなく、むしろ顧客視点とアセット視点を掛け合わせることで、顧客価値と競争優位性を兼ね備えた事業アイデアを生み出すことができると考える。(図2)
図2:アセットベース思考とデザイン思考
大企業の現場では、「そもそも強みとなるアセットがないのでは」という声も聞かれる。だが、そこは視点を変えてほしい。新規事業を考えるうえでは、必ずしも既存事業の競合他社に対する強みである必要はないのだ。既存の競合他社との比較では平凡に見えるアセットでも、他業界やベンチャーから見れば強みに映るケースは多い。この観点をベースに新たな事業創造につなげることも重要である。
おわりに
事業開発とは、未来の企業価値を創造する営みである。環境変化が激しさを増すなか、大企業が持続的に成長するためには、もはや既存事業の深化だけでは不十分であり、新規事業への戦略的投資は不可避である。
その際に鍵を握るのが、大企業ならではの「豊富なアセットをどう生かすか」である。次回は、このアセットをいかに具体的に活用していくかについて、事例を交えながら詳しく考察していきたい。
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