2025.06.03

大企業の優位性を新規事業へと昇華させる「アセットベース思考」

【第2回】大企業ならではのアセットを事業機会へと転換するには

栁澤 孝洋 

新規事業創出において、大企業ならではの競争優位性はどこにあるのか――。この問いに真正面から向き合ったとき、鍵となるのが「アセット」という概念である。ここで言うアセットとは、単なる「ヒト・モノ・カネ・情報」といった経営資源にとどまらず、それらを有機的に組み合わせることによって企業の中で培われてきた「ニーズ把握力」「集客力」「販売力」などの高度な「組織能力」を含む、広義の資産(アセット)を意味する。
本稿では、この「アセット」の視点から、大企業だからこそ実現可能な新規事業を多面的に考察する。特に、アセットをどのように構造的に捉え、どのように事業機会へと転換していくかを、具体的な事例を交えながら論じていく。

アセットの構造的理解

アセットを起点とした事業開発を考えるにあたり、まずはその定義と構造について整理したい。アセットは大きく「経営資源」と「組織能力」の2つに分類できる。

「経営資源」とは、たとえば「店舗網」「営業スタッフ」「ITシステム」「ブランド」「顧客データベース」など、比較的目に見え、定義しやすい資産を指す。一方、「組織能力」とは、これらの経営資源が相互に連携し、企業活動を通じて内在的に形成された力である。たとえば「対面での販売力」「高い接客品質」「継続的なサービス提供力」「安定した保守運用力」などが該当する。

「対面で販売する能力」という組織能力は、「店舗」「接客スタッフ」「販売マニュアル」「スタッフ教育ノウハウ」「顧客管理システム」など、複数の経営資源が統合・連動することで成立している(図1)。このように、アセットは単体ではなく、複合的かつ構造的に捉えることが重要である。

図1:経営資源と組織能力の関係

 

事業開発パターン

アセットの活用を具体的にイメージしやすいよう、本稿では「企画・製造」と「店舗」のアセットを取り上げ、事業展開の典型的なパターンを紹介する。ここでは詳細には触れないが、これ以外にも「商材」「業務」「設備・データ」など、さまざまな形態のアセットが存在し、それぞれが独自の事業開発の可能性を秘めている。

(1)企画・製造アセットの活用(図2)

企画・製造に強みを持つ企業においては、「顧客ニーズを捉えた商品企画力」や「高品質かつ高効率な製品製造力」といった組織能力を活かし、消費者に対して自社が直接商品を販売するD2C(Direct to Consumer)モデルの事業展開が可能である。こうしたモデルは、消費者ニーズの把握や製品開発・製造のケイパビリティを十分に備えていないスタートアップ企業に対して、依然として優位性を確保しながら事業を展開できる点において、企画・製造アセットを有する企業にとって有力な戦略オプションである。

このD2Cモデルの代表的な事例として、「キリンホームタップ」が挙げられる。キリンビールは、従来、卸業者や小売業者を介して行っていたビールの販売において、家庭用ビールサーバーを通じて消費者に直接製品を届ける新たなサービスモデルを構築した。これにより、従来のバリューチェーンを再構築しながら、新たな顧客価値の創出とともに、新たな事業開発および顧客接点の強化を実現している。

また、企画・製造アセットを活用した事業展開として、受託製造型ビジネスも挙げられる。これは、自社が保有する「高品質かつ効率的な製造能力」を基盤に、他社が企画した商品を受託して製造するものである。具体的な事例として、パナソニックが家電量販店向けに提供しているプライベートブランド(PB)白物家電の受託製造事業がある。同社は、自社の製造アセットを活用することで、他社ブランドとの協業を通じた新たな収益機会を創出している。

図2:企画・製造アセットを活かした事業開発

 

(2)店舗アセットの活用(図3)

次に、店舗アセットを活用した事業展開の可能性について考察する。店舗は単なる販売チャネルにとどまらず、「顧客ニーズの把握力」「見込み顧客の集客力」「顧客への訴求・販売力」といった、極めて実践的な組織能力を有する経営資源である。これらの能力を活かすことで、自社のプライベートブランド戦略を軸にした新たな事業モデルの構築が可能となる。

代表的な事例として、GMS(General Merchandise Store:総合スーパー)であるイオンが展開する「トップバリュ」ブランドや、西友のPB事業から派生し、後に専門業態として独立した「無印良品」が挙げられる。いずれも、店舗という顧客接点を活用しながら、独自の商品企画力と販売力を融合させ、自社ブランドとしての競争優位を築いてきた好例である。

また、通信キャリアであるNTTドコモにおいても、全国に展開する店舗網を基盤とした顧客接点を活かし、「dマガジン」(雑誌読み放題)や「Lemino(レミノ)」(動画配信サービス)といった自社ブランドのデジタルサービスを展開している。単なる通信インフラ提供から脱却し、デジタルサービスによる新たな事業の柱を構築している。

さらに、店舗アセットの概念を拡張した事例として、ECプラットフォームを運営するAmazonのビジネスモデル転換がある。当初は自社仕入れによる小売りビジネスを主軸としていたが、自社サイト上に他社が出店・販売可能な「マーケットプレイス」モデルを導入することで、新たな事業機会を創出した。ここでは、自社のECインフラとトラフィック(来訪客)を“店舗的アセット”と見立て、その集客力と販売力を外部企業と共有することで、スケーラブルなビジネスモデルへと進化を遂げている。
実は、百貨店事業においても、近年「マーケットプレイス」型のビジネスモデルが広く導入されている。従来は自社で商品を仕入れ、販売リスクを負う典型的な小売りモデルを採用していたが、現在ではアパレルブランドやデパ地下の食品テナントなどに対し、自社の集客力や販売インフラを提供する形で、スペースのプラットフォーム化を進めている。このように、店舗というアセットは、業態や業種を問わず、顧客との接点を活用した多様な事業創出の出発点となり得る。重要なのは、そのアセットが持つ機能と組織能力をどのように再定義し、活用するかである。

図3:店舗アセットを活かした事業開発

 

「強いアセット」の呪縛

第1回でも述べたように、多くの企業が抱く誤解の一つに、「アセットは業界で突出していなければ価値がない」というものがある。しかし実際には、業界内では平凡に見えるアセットでも、他業界に対しては希少な競争力となるケースが多い。

たとえば、国内航空会社では各社の教育レベルに大差はないかもしれないが、小売りやサービス提供企業などの接客を有する他の業界からするとそれが秀でた「接客教育ノウハウ」になっており、他業界に提供すれば、十分に価値がある可能性がある。実際に日本航空では、JAL社員講師による法人向け接遇関連の研修サービス(JALビジネスキャリアサポート)を外部企業に提供している。

ここで強調したいのは、アセットを活かした事業開発は、特定の「勝ち組企業」だけのものではないということである。無印良品を生んだ西友は、当時、決して業界トップではなかった。それでも、他業界や新興企業に比べれば優位な店舗のアセットを活かしつつ、生活者の声を反映させることで高品質な商品をリーズナブルな価格で提供するプライベートブランドとして無印良品を生み、大きく成長させることができた。

おわりに

本稿では、アセットを活用した事業開発という視点から、アセットの定義とアセットを活かした事業を紹介した。ベンチャー流の思考や手法に学びつつ、自社が持つ経営資源や組織能力に再び光を当てることで、大企業の持続可能で独自性ある事業創出の可能性は広がる。

次回は、アセットベース思考をどのように実践的な事業構想へと展開していくか、そのアプローチについてフレームワークを用いて解説していく。

栁澤 孝洋

新規事業戦略担当

マネージングディレクター

※担当領域および役職は、公開日現在の情報です。

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