2021.08.16

非IT企業がIT・デジタルサービスで収益力を強化する方法とは

収益貢献のための新ITサービス事業実現に向けたIT部門の役割

宮澤 聡 

あらゆる業界でDXが進行し、製造業などIT業界以外の一般企業(非IT企業)でも、AIやIoTなどの新技術を活用したデジタルビジネス創出の取り組みが活発化している。そのような企業の中で、本業の事業分野の強みを活かして開発したIT・デジタルシステムを、プラットフォームやパッケージなどのITサービスとして外部に提供し、収益化しているケースも見られる。
本稿では、収益力の強化に悩む経営層と、経営への貢献に活路を見出したいIT部門への示唆という形で、非IT企業におけるITサービス外販の実態と、成功事例から考察する有望なITサービスの見出し方、またその展開・拡大に向けてIT部門に期待される役割について、調査とその分析に基づき解説する。

経営課題解決に向けた新ITサービスの可能性

まずは、経営層やIT部門を取り巻く課題に対しての、非IT企業における新ITサービス事業展開による効果の可能性を述べる。

既存事業とシナジーを生む事業ポートフォリオ拡充の可能性

環境変化の激しい昨今において、特に専業で事業を展開している企業は、事業リスクを鑑み、デジタルを活用した新事業による事業ポートフォリオ拡充を模索している傾向が見られる。しかし、既存事業と関連性の薄い事業による多角化は経営資源の分散とみなされ、株主など投資家からの評価を得られにくいというジレンマもある[1]ため、新事業の検討や実現の難易度は高い。このような状況に対して、既存事業から派生した新ITサービスの展開は、ゼロからの投資ではなく、既存事業の強みや資産を活用して新規事業を立ち上げるという相乗効果の明確さから、市場や投資家の理解を得やすい。従って、既存事業とシナジーを生む新事業展開は実現可能性が高く、またその収益化により事業ポートフォリオを拡充するための選択肢になり得ると考えられる。

IT部門の活用に悩む経営層と経営貢献に悩むIT部門の状況打開の可能性

経営層や事業部門が、デジタル化(DX)推進や収益向上への貢献をIT部門に求める一方で、現状のIT部門は既存システム向けのリソースと専門性に重きを置いてきた組織であり、かつコスト削減を求められる[2]立場にあり、期待値への対応に苦慮するケースは珍しくない。このように、経営・事業への貢献に悩むIT部門やCIOと、その活用に悩む経営層にとって、IT部門が価値提供主体となり新ITサービスを展開し、自社の収益力強化に貢献することは、企業の経営課題の解決に大きく寄与する可能性を持つものと考えられる。

ITサービスによる収益力強化のモデルケースとその成功のカギ

次に、過去10年ほどさかのぼり「ITサービスを主たる事業としていない一般企業が、新たにITサービス事業を外販展開した事例」について、現状の事業展開の状況も含めて確認できる14社の14事業を表1に整理した。
概観として、多様な業界においてクラウド、IoT、AIや3D技術などを活用した新たなサービスが展開されており、また多くの企業において事業の継続や拡大が確認できることから、業界問わず広く商機のある取り組みだといえる。また、いずれの企業も既存の主要事業の業界や業務と関わりのある市場に対して新ITサービスを提供していることが分かる。

表1:新たにITサービス事業を展開した14企業

 

先の表1における#1の企業は、Amazon.com社である。クラウドプラットフォームサービスの草分けであり、そのシェアトップを走るAWS(Amazon Web Services)は、ITサービスを主として提供していなかった企業(同社はITを活用した小売業であるEC事業を主として展開)が新ITサービスの展開により企業全体の収益力強化を実現した成功例となる。
同社では、自社のEC事業の拡張のたびに、ストレージなどITインフラを構築するため数カ月の期間が都度必要となるという課題に直面していた。その解決策の検討において、EC事業という薄利の事業を展開する中で、安価で安定したITインフラ構築に必要なケイパビリティを自社として確立していることに気づき、またそれにより構築し得るスケーラブルなインフラ・サービスというのは、自社のみならず他社に向けても価値あるサービスとなるのでは、という仮説に至った[4]。その仮説をもとに、まずは自社向けに、そして段階的に外部のEC事業会社、また一般企業向けにクラウドプラットフォームサービス事業の展開を順次開始した。そして、2006年に独立分社化し、2019年には同社全体の7割の利益をもたらす主力事業となるほどにまで成長を遂げることができた。同社の持つEC事業とITインフラという強みを武器に、クラウドという新技術の組み合わせによるITサービスの構築と、自社内や段階的な市場展開という検証を経て、このような収益化を実現できたと考えられる。

図1:Amazon.com社のクラウドサービス事業(AWS)の展開と拡大の概要

 

AWSの事例から、各企業が新ITサービスの展開と継続、拡大に成功している要因として、大きく2つのポイントが挙げられる。

ITサービスの強み

既存事業とのシナジーにより価値創出を実現するというポイントである。既に主要事業で持つ自社の強み、ノウハウを軸にサービスが構築され、かつ競争力を発揮できる市場に投入されていることが重要だ。

段階的な展開による価値の実証

社内向け展開での実証と、対象業界を絞った外販展開から始めるなど、段階的なITサービス展開を行っているということがポイントだ。これにより、事業の有効性などの価値実証(PoV)に加えて、市場の可能性の検証を、専門子会社の設立をはじめとした投資を行う前に実施することができる。また、リスクや費用を抑制しながらも、段階的なサービス展開を通して新規事業を“お試し”し、“アップデート”することで成功確度の高いサービス展開を進めることが可能となる。

図2:新ITサービスの成功のカギ

 

有望な新ITサービスを見極めるためには

では、どのように有望なITサービスを見極めればよいのか。先の成功のカギの詳細分析に基づき、以下、大きく3つの観点に分け、a~fの6つのポイントとして、有望なITサービスを見極めるための成功要素を定義した。

1. 自社における価値実績

a. 自社向けに既に実績のあるITサービスであること
自社内であっても、ITサービスとしての可能性・有用性についての検証に加え、その結果に基づく改良などを既に実施できている状態が望ましい。その状態で展開できるということは、市場に初めて投入してゼロからフィードバックを受ける場合と比較して、そのサービス品質の有効性や成功確度の信頼性の観点で、大きく優位性があるといえる。

2. ITサービスの強み

ITサービスの強みの要素として、さらにb-dの3点に分けた。そして、aの実績を有していることは、以降のb-dのサービスの強みをある程度裏付けるという、相乗効果の関係にある。

b. 自社事業の業界・業務向けのITサービスであること
自社既存の主要事業の業界・業務と何らかの相関があり、それまでに得られたノウハウや知見を活かすことができるかという点である。汎用的なサービスではなく、ターゲット市場において価値あるサービスを提供できることが重要だ。また、畑違いの業界に新たに手を出すことにより、発生し得る各種コストや期間を圧縮できる利点もある。

c. 自社の強みが活かされたITサービスであること
同業他社でも持ち得る、業界や業務の関連性だけでは強力な差別化は図れない。そこで、何らかの自社特有の強みが活かされているかという点だ。固有の特長もサービスの価値に反映させることで、より模倣しがたいサービス価値を付与することができる。

d. レバレッジが効くITサービスであること
従来型の開発や保守運用のサービスは、人月工数ベースで役務提供と請求を行うかたちとなり、また案件により求められる専門性が異なるなど人的・システムリソースのレバレッジが効かせにくい。対して、IaaS, PaaS, SaaS型サービスのように一度プラットフォームやパッケージを開発すれば、一様に多くのクライアントにITサービスを横展開できるようになる。収益に対してコストを効率化できるメリットがあり、サービスの継続性にも寄与し得る。

またb-cの前提として、自社の業界・業務との相関があっても、あまりに社員個人や自社ルールなどに寄ったカスタマイズがされている場合は、逆に外販展開時には価値ではなく制約と捉えられるケースともなり得るため、その見極めに注意が必要である。

3. 市場における優位性

e. 競合が少ないITサービスであること
既存の強力なメインプレイヤーがいない、また類似したサービスが少ない市場を狙えるかどうか、という点である。また、この点は、サービスの有用性や希少性に寄与するという観点で、先のbとcで言及した「自社の事業・業務との相関があること」、「自社の強みが活かされたサービスであること」という2つの点とシナジーの関係にある。

f. 価格競争力があるITサービスであること
実績のない企業による高額なITサービス提供は、普及が難しい。一方、自社向けに開発したものを外販に転用するようなケースは、初期投資の一部ないしは多くが済んでおり、この場合は価格の調整力を持てるため、市場にて優位性を確保できる価格で提供できる。また、eの競合の少なさは、価格競争力に対しての相乗効果を生む。

図3:新ITサービスの成功要素

 

成功する新ITサービスの評価基準

有望なITサービスを定量的に比較、選択、または新たに検討することに向け、先の各ITサービスの成功要素に対して、相乗効果の考え方も加味し、合計で100点満点となるように採点基準を図4に設定した。この採点基準は、外販の検討対象となる既存・新規のITサービスの定量評価をする際に、展開・継続・拡大の成功確度の高い新ITサービスの見極めに活用されたい。

図4:新ITサービスの定量評価に向けた採点基準

 

図4の採点基準をもとに表1の14事業の採点を行い、その結果「拡大」「継続」「中止」の3つの事業状況に分けて状況別の平均点を算出した。
結果として先の配点基準と事業成功との相関を確認でき、定義した成功要素とその採点基準の確からしさが確認できる。ついては、有望なITサービスを検討するにあたり、図4に記載の採点基準にのっとり、少なくとも75点以上を充足するサービスの検討と組み立てを行うことが推奨される。

図5:新ITサービスの採点基準の事例による検証

 

新ITサービス展開・拡大に向けてIT部門に求められる役割

図6にて、新ITサービスの検討と展開に向けて、大きくA~Dの検討すべき要素を縦軸に、ITサービスの展開スコープのフェーズとしてⅠ~Ⅲを横軸に据え、各フェーズにて検討すべき要素ごとに、IT部門として対応すべきポイントを記載した。
総じて、ビジネス機会をにらみつつ、システムとサービスの開発を拡張的に行っていくことが基本線となる。また、他社から習う成功のパターンとして、社内のシステム・開発/運用体制は希望的観測で最大需要を見込んだリソースを当初から組むということはせずに、顕在化しているサービス需要の規模と質に合わせて従量的に投入していくことが推奨される。人・システムの体制保持には費用が掛かり、また該当のITサービスについて、市場評価の獲得に基づく市場への浸透までに時間がかかる場合もあり得るため、収入以上の支出が続き、資金が尽きることによる早期の事業撤退という事態を避けるためである。

図6:新ITサービス展開に向けたIT部門の役割

 

先の成功企業の例では、経営指示や判断により外販に至るケースが多く、また外販事業であるためIT部門の単独での取り組みというよりも、経営層と事業部の主体的な動きであったことも重要なポイントである。しかし一方で、IT部門・CIOには、経営への貢献という目的を以て外部の専門的な支援の力も借りつつ、新ITサービス提供の可能性の模索や既存ITサービス活用の検討など、経営層や主要関連事業部への能動的な機会創出や課題の提起を行っていくことが推奨される。経営層や事業部だけでは、技術的な観点やIT業界の動きの勘所が働きにくいこともあり、IT部門やCIOの専門的な知見と判断が求められるからである。そして、経営層や事業部はIT部門への丸投げで終わらないように、またIT部門は御用聞きに収まらないようにするために、既存の組織の枠組みにとらわれずに、企業としての収益強化をどのように実現していくかという会社としてのビジョンを共有しながら、関係するステークホルダー間で密に相互補完的に連携しつつ検討していくことが肝要である。

おわりに

IT部門が対応すべき課題が多岐に渡る中で、ITサービスの外販検討を行うための組織的余力はないと考えるIT部門長、CIO、また経営層も多いだろう。
しかし、事例にて紹介した企業・事業の多くは、自社向けに開発したITサービスを外販に転用するという流れを経て事業の継続や拡大に成功しており、一足飛びに外部向けサービスの立ち上げを行う必要は必ずしもないことが分かる。
従って、最初の一歩として行うべきは、限られた領域からでも、自社の業務課題に対してこれまで蓄積された業界・業務の知見と、新技術などを活用して小さな成果からでも変革を遂げることである。その結果として、自ずと同業界における普遍的な価値を持ち得るIT・デジタルサービスが創出され、市場価値の可能性に帰結するからである。
また、それを外販サービスに実際に昇華させるためには、業務部門からの要望への対応というミクロな観点に留まらないように、その先の可能性を見据えることが重要である。そのためには、業務部門への価値貢献、IT部門のプレゼンス向上、そして会社の収益力強化への貢献というミッションを認識することで、その実際の行動と成果に繋げることができるものと考える。
変化が激しく難しい状況であるからこそ、守りに入るだけでなく、IT組織としても経営・収益への貢献を目標に掲げ、攻めの姿勢を持ちつつチャレンジする文化と風土が醸成されることを期待したい。

  1. [1] 経済産業省(2020), “サステナブルな企業価値創造に向けた対話の実質化検討会中間取りまとめについて”, https://www.meti.go.jp/press/2020/08/20200828011/20200828011-3.pdf,(参照2021年8月13日)
  2. [2] 経済産業省(2020), “デジタルトランスフォーメーションの加速に向けた研究会”, https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/digital_transformation_kasoku/pdf/20201228_4.pdf,(参照2021年8月13日)
  3. [3] 経済産業省(2017), “新事業展開の促進”, https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/H29/PDF/chusho/04Hakusyo_part2_chap3_web.pdf,(参照2021年8月13日)
  4. [4] New York Magazine, “How Amazon Web Services Reinvented the Internet and Became a Cash Cow”,
    https://medium.com/new-york-magazine/how-amazon-web-services-reinvented-the-internet-and-became-a-cash-cow-45c17bcfb19f
    ,(参照2021年8月13日)

宮澤 聡

CIOサポート担当

マネージャー

※担当領域および役職は、公開日現在の情報です。

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