2025.05.15

今、人事担当者に求められる“変革力”

人事システム導入プロジェクトはDX人材育成の好機

中村 俊樹 小門 俊介 

デジタルトランスフォーメーション(DX)の主目的は、新たなデジタル技術の活用による業務の高度化・効率化と、常に改善を継続する文化の定着である。人事・労務領域においても、DXの狙いはこれと変わらない。しかし、机上の理念や最新テクノロジーの導入だけではこの狙いを具体化することはできず、システム刷新が実現しても継続的な改善にはつながらないことが多い。なぜならDXにおいては実際の業務とそれを担う担当者がカギであり、改善意識の醸成が必要となるが、実は人事・労務の領域における担当者の意識改革は構造的に難しいことが多々あるからだ。本稿では、人事システムの導入によるプロセス変革を実現するためのポイントや、人事・労務DXにおいて業務担当者が担うべき重要な役割、変革を促すための取り組みなどを解説する。

1.はじめに

DXという概念はすでに世間一般に浸透しているが、改めてその定義を確認すると経済産業省の「デジタルガバナンス・コード 実践の手引き(要約版)」[1]には以下の記載がある。

  • デジタル技術やツールを導入すること自体ではなく、データやデジタル技術を使って、顧客目線で新たな価値を創出していくこと。
  • また、そのためにビジネスモデルや企業文化等の変革に取り組むことが重要となる。

給与計算を中心とし、勤怠管理や社会保険業務を内包する人事・労務の領域は、決められたゴールに向かってプロセスを効率化することが価値の創出であると考えられることが多い。しかし、人事・労務領域ではシステムを利用した単なるプロセスの変革すら進まないことが多々あり、DXで重要とされるシステムを利用し改善を継続する文化も存在しないのが実情のように思う。
 

2.人事システムの現在と人事・労務DX推進の難しさ

まず、現在の人事システムのトレンドやその特徴を確認し、人事・労務DXの重要テーマであるシステムを利用したプロセスの効率化がなぜ難しいのかを解説したい。

パッケージシステムの活用が主流

人事・労務システムに限らない話ではあるが、個社の業務の意義・目的の達成のため業務プロセスをもとにシステムをオーダーメイドで開発する旧来の手法ではなく、現在はパッケージシステムの機能を“標準”と捉え、従来の業務プロセスを見直すという導入手法が主流となっている。業務プロセスとシステムが主従の関係ではなく、業務の意義・目的を達成するためにそれぞれが影響を与え合う並列の関係となっているのだ(図1)。そのため、パッケージシステムの導入においては既存の業務プロセスへの理解のみならず、導入するシステムの持つ“標準”の考え方や特徴、制約の理解とともに、マクロやRPAといった外部の補助ツールについての知見も重要になる。

図1:システム導入の変化イメージ

 

給与計算を中心としたシステム化の完了から時間が経っている

給与計算は、会計・購買・営業といったほかの領域と比較しても早期にシステム化が行われた領域であり、個社の人事・労務システムも、初期の導入からはかなりの時間が経過しているのが一般的だ。導入当初は存在しなかった要件を追加してシステムやプロセスの改善が行われてきた一方で、本来は変わらないはずの業務の目的・意義が曖昧となり、システムやプロセスを見ても“本質的にこの業務で何が達成できればいいのか?”が分からなくなっているケースも少なくない。(図2) 。システム仕様がどのような背景で追加されたのか、業務プロセスがどういった理由で変更されたのか、システムの設計書や業務マニュアル等のドキュメントで確認できないケースでは、新たな変更が加わった際に業務の目的や意義を達成できるのか、残念ながら検証が難しいと言わざるを得ない。

図2:オーダーメイドシステムの現状

 
このように、業務の目的・意義という理念だけで人事・労務領域のプロセス改善や企業文化の変革を含めたDXを目指すことは難しい。現行プロセスの分析・新プロセスの検討はもちろん重要であり、キーマンは業務担当者にほかならないが、業務担当者に任せておいても簡単にはプロセス改善は進まない。これは業務担当者のやる気や能力の問題ではなく、往々にして業務プロセス以外の目的・意義やシステムの知見、理解が足りていないからだと筆者は考えている。次章では業務担当者のよくある理解レベルと、その状況でプロセス改善を行おうとするとどのような課題が発生するかを解説する。
 

3.よくある業務担当者の理解

これまでの筆者のプロジェクト経験をもとに、「業務の目的・意義」「業務プロセス」「システム」のそれぞれについて、業務担当者の理解レベルを表にしたのが以下だ(表1)。もちろん、会社や人ごとに理解のレベルに差はあるだろうが、読者の多くも納得いただける内容ではないだろうか。

表1:業務担当者の理解レベル

 
この状態では、人事システムの導入や刷新によって効率化やコスト削減を狙っても現行の業務プロセスありきとなり、以下のような状態に陥りやすい。

  • 現状のシステム構成を前提とした改善案・要望がメインとなり、プロセスを変えるための議論が生まれにくい
  • システムの標準機能を活用しきれず、機能の追加開発にコストがかかる
  • 新旧システムの差異が把握できていないため、新システムでの業務プロセスを理解できず定着に時間がかかる
  • 新システムの導入が完了したとしても、DXに必要な継続的な業務の改善につながらない

では、どのような取り組みが必要なのか? 次章では、筆者の人事システム導入プロジェクトでの経験の中から、担当者の理解促進のために実践してきたポイントを紹介する。
 

4.人事システム導入プロジェクトにおける実践ポイント

人事システム導入プロジェクトにおいて、システムや業務の意義・目的に対する業務担当者の理解を深めるには、プロジェクトを自分ごととしてとらえ主体的に参加してもらうことが最重要だ。この点においては、いわゆるチェンジマネジメントに近しい取り組みが必要になるが、プロジェクトの成功のみならず、DXという不断の取り組みの一部として強力に推進する価値があるといえる。
では、具体的にどのような取り組みが必要となるのか。業務担当の理解向上のためには、プロセスのみならず業務の目的・意義やシステムについて担当者が考えることが必要不可欠だ。当然ながら人事部門/システム部門のPJ推進者は、プロジェクトの中でこの考える材料・前提を繰り返し伝えていくことが重要だが、その中でも特に伝えておくべき3つを紹介したい(図3)。

図3:業務担当者の姿勢を変えるために伝えるべきポイント

 

プロジェクト/フェーズごとのゴール設定

当然と思われるかもしれないが、まず重要となるのがプロジェクトや各フェーズのゴール設定だ。プロセスベースで考えている業務担当者にとっては、システム導入の成果は業務プロセスの改善にほかならないが、システム導入の目的がシステムの維持コスト削減や老朽化対応といったテーマである場合、プロジェクトの目的と担当者の目線が交わることは難しい。しかし、システムの切り替えを行うことが決定事項である以上、業務担当者にとってメリットを感じづらいとしても「コスト削減や老朽化対応」が主目的であるという事実を伝えたうえで、「業務を別システムで行う」という担当者にとってのゴール設定を正しく伝えることがプロジェクト運営上必須となる。
また、フェーズごとの意味・ゴールと責任範囲についても、システム構築の工程に則って正しく理解してもらうことが重要だろう。システム構築の工程を理解したうえで、業務担当者の直接関与しない詳細設計や開発、テストの各フェーズでの決定事項を共有しておくことが、業務担当者が新システムを自分の使うものとして意識することにもつながり、手戻りの防止や操作習熟に繋がる。また、どのような過程でシステムが作られていくのかを理解することは、プロジェクト終了後にシステムを利用して業務を改善する際にも必要となる。
 

システムの制約とAsIs-ToBeギャップ

ゴールが見えたら、そこに向かうために把握すべき制約条件や共通理解といった前提を確認する必要がある。パッケージシステムの活用が主流の今日、担当者を巻き込む要件定義以前に、しっかりとシステムのAsIs-ToBeギャップを検証することが必要となる。パッケージシステム特有の制約事項があることは担当者にとって喜ばしいことではないが、それを回避するためのプロセス変更やシステム改修の方法を検討することこそ、担当者のシステムへの理解向上にもつながる。
 

自業務の本質的な意味

これは改めて伝える、というよりも原理原則に立ち戻ってもらうという意味合いが強いが、業務の変えてもいい部分、変えてはいけない部分を正確に把握することだ。具体的には以下のようなことを考えてもらうようにすべきだろう。

  1. 法令/社内規則/制度などの業務の根拠
  2. 自業務に関わるステークホルダー
  3. 他組織が行っている後続業務の確認と、そのために自組織が実施すべきこと

上記のような取り組みはプロジェクトの規模に応じて労力・時間がかかることは周知の事実であるが、現行プロセスの分析・新プロセスの検討が重要なことは前述の通りであり、プロジェクトの品質向上にも寄与するはずだ。
 

5.日常業務における実践ポイント

これまで人事システム導入プロジェクトでの取り組みを紹介したが、日常業務の中でもDXの土壌を整えていくことは可能である。人事システムの導入を予定していない場合に、日常業務に取り入れられる工夫も簡単に紹介しよう。

①システム部門や、外部ベンダーへ問い合わせをしやすい環境を整える

普段業務プロセスレベルで考えがちな担当者に、システムの目線を理解してもらうきっかけとなる。システム部門や外部ベンダーは、業務担当者からの問いに対し「どうすれば業務が進むか?」だけではなく、システムレベルの要因についても簡単に伝えることが肝要となる。
 

②日常業務の中での小規模な改善を奨励する

マクロやRPAなどを活用した業務の自動化、小さな手順の簡略化など、担当者自身が「自分たちの手で業務を良くできる」という実感を持つことが、意識変革の大きな原動力となる。
 

③システム部門や外部ベンダーとのコミュケーションへ業務担当者に参加してもらう

コストやシステム制約を踏まえた実現可能性について情報を得る場に参加してもらうことで、業務プロセス以外の知見を深めることにも役立つ。
 
DX実現のためには、業務担当者の継続的な改善意識と、改善を実現するためのシステム担当者・外部ベンダーとの円滑なコミュニケーションを欠かすことはできない。上記のような日常業務での取り組みこそ、DXに欠かせないものであることは改めて認識しておくべきだろう。
 

6.おわりに

システム導入プロジェクトに業務担当を巻き込むことは簡単ではない。特に、コスト削減を目的にシステムを刷新する場合など、システムの導入が業務担当者にとって直接的な報酬とならない場合はなおさらだ。であればこそ、DXの取り組みにおいて主体となる業務担当者のシステムや業務の意義に対する理解を深める場として人事システムの刷新・導入というキャリアに一度あるかないかの機会を有効に活用し、自ら変革を実現したという手ごたえを得ることは、継続的な改善のエンジンとなるはずだ。

DX最大のねらいである「新たな価値を創出していく」ためには、「システムを導入したら終わり」ではなく、担当者の知見向上と、現場からの継続的な改善の取り組みによってこそ真のDXが実現するということを留意したい。

  1. [1] 経済産業省(2024), “デジタルガバナンス・コード 実践の手引き(要約版)”, https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/investment/dx-chushoguidebook/tebiki-yoyaku.pdf(参照2025年4月4日)

中村 俊樹

人材マネジメント担当

シニアマネージャー

※担当領域および役職は、公開日現在の情報です。

小門 俊介

人材マネジメント担当

シニアコンサルタント

※担当領域および役職は、公開日現在の情報です。

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