2025.06.06

大企業の優位性を新規事業へと昇華させる「アセットベース思考」

【第3回】アセットを活かした事業開発のアプローチ、4つのステップ

栁澤 孝洋 

本連載の最終回では、これまでに紹介してきたアセットベース思考を踏まえた事業開発アプローチの一例を解説する。本稿の内容はあくまでも一つの「手法」に過ぎないが、そのエッセンスをくみ取り、現場での実践や議論のきっかけとしていただきたい。

アセットベース思考を踏まえた事業開発のフレームワーク

アセットベース思考による事業アイデア創出にあたっては、以下の4要素を掛け合わせて構想を行うフレームワークが有効である(図1)。

  1. 自社のアセット(経営資源・組織能力)
  2. 顧客・市場の課題(ペイン・代替・競合)
  3. ビジネスモデル
  4. マクロ環境(政治・経済・社会・技術)

図1:アセットベース思考による事業開発のフレームワーク

 
 
事業開発に携わる方にはなじみのある視点だが、本フレームワークの特徴は「自社アセット」と「ビジネスモデル」を軸足としておく点にある。特に、アセットによって取り得る“ビジネスモデルの型”を活用することで、具体的なアイデア創出の精度とスピードが向上する。

事業アイデア創出の4ステップ

アセットベースの思考に基づく事業アイデア創出は、以下の4ステップで構成される。

(1)前提の設定(図2)
アイデアの検討開始にあたり、最初に設定すべき前提条件を明確にすることが不可欠である。これを曖昧なまま進めると、後工程での手戻りや判断のブレが生じやすくなる。例えば、既存顧客に向けた新たな事業を検討するのか、新しい顧客をターゲットに検討するのか、前提があればこの初期段階で明確にすることで、無駄な手戻りや不要な検討稼働が軽減できる。ぜひ、以下の観点から整理してほしい。

  • 顧客視点:ターゲットは既存顧客か、新規顧客か
  • アセット視点:特定のアセットを深掘るのか、幅広く探索するのか
  • ビジネスモデル視点:検討にあたって前提とするモデルがあるか
  • マクロ環境視点:法制度・技術など、前提とする外部要因はあるか

図2:前提の設定

 
 
(2)アセットの洗い出し
アセットの種類とバリューチェーンの機能単位で自社の経営資源を棚卸し、特徴的なアセットを抽出する(図3)。ここでは、経営資源の単体だけでなく、その組み合わせによって形成される「組織能力」として捉えることが肝要である(図4)。

図3:アセットの洗い出し

 

図4:経営資源と組織能力の関係

 
 
例として、携帯キャリアの「店舗アセット」を考えてみると、他業種の対面販売店舗と比較して「対面でデジタルサービスを販売する能力」というユニークな組織能力が見えてくる。このように、提供している商材やアセットの特徴に注目することで、本質的な強みが浮かび上がってくる。(図5)

図5:アセットの特徴の抽出

 
 
(3)アセットの選定(図6)
洗い出したアセット群から、事業構想の起点とすべきアセットを選定する。ここでは、以下2軸を参考に評価する。

  1. 競争優位性(強みになり得るか)
  2. 活用のしやすさ(既存オペレーションやリソースとの親和性)

ただし、ここで過度に時間をかけて評価・分析しすぎないことが重要である。まずは仮のアセットを基にアイデア出しを行い、必要に応じてアセットの再選定を行う柔軟なプロセス設計が望ましい。なぜなら、アセットは顧客課題の解決と結びついてこそ価値あるアセットと見なされるからである。言い換えるなら、顧客課題の解決に寄与しないアセットは価値がないからである。

図6:アセットの評価観点例

 
 
(4)アイデア創出(図7)
アイデア創出は、以下の2段階で構成される。

前半:自社アセットとビジネスモデルの“型”を掛け合わせてビジネステーマを構想
後半:前半で得られたテーマに対し、顧客・マクロ環境の視点を重ねて具体的なビジネスアイデアへと発展させる。

図7:アイデア創出

 
 
ビジネスモデルの型としては、例えば以下のようなものがある(図8)。

  • 垂直拡張(川上/川下への参入)
  • 水平拡張(類似市場への展開)
  • 集約モデル
  • 外販化

図8:ビジネスモデルの型(参入パターン)

 
 
製造業が「顧客ニーズに基づく商品企画力」というアセットを有している場合、川下(D2Cモデル)への垂直拡張や、川上(再生素材製造)への事業参入といったビジネステーマの導出が可能となる(図9)。

図9:“参入パターン X アセット” によるビジネステーマアイデアの抽出

 

事業視点と顧客視点のバランス

顧客視点を重視するあまり、自社が保有するアセットを活用した戦略的検討が十分になされないケースは少なくない。一方で、アセット起点に偏重することで顧客視点が欠落するような状況も避けるべきである。本稿で紹介したプロセスでは、アセット起点からスタートする構成を採用しているが、顧客起点で出発し、その後にアセットとの接続を図るアプローチも十分に有効だ。
アセット起点の検討は、一度しっかりと行えば頻繁に更新が必要となるものではなく、戦略的な「引き出し」として蓄積・活用することが可能である。理想的には、日頃からそのストック情報を意識的に頭の中で整理し、常に引き出せる状態にしておくことが望ましい。そして、日々の業務や市場観察を通じて得られるマクロ環境の変化や顧客課題の気づきと、自社のアセット、ビジネスモデル、ビジネステーマとを照合し、交差点が見いだせたとき、そこから新たなビジネスアイデアが生まれる。ぜひ、このプロセスを実践し、機動的な事業開発につなげてほしい。

大切なのは、事業視点(アセットベース)と顧客視点の双方を統合した全体設計を行うこと。どちらか一方に偏ることなく、両視点を往復しながら、競争優位性と市場適合性の両立を図ることが、アセットベース思考による事業開発の本質である。

おわりに

アセットベース思考は、大企業が持つ構造的な優位性を新規事業へと昇華させるための実践的なアプローチである。新規事業の難しさは、ゼロからイチを生み出すことにある。しかし、ゼロからではなく、「既に持っているもの」を生かせられれば、そのハードルは大きく下がる。
自社に蓄積されたアセットに新たな意味づけを与え、文脈を再構築することで、未来を切り拓く道筋が見えてくることを期待したい。

本稿が、読者の皆さまにとって、自社アセットの可能性に気づき、次なる成長への起点を見いだす一助となれば幸いである。

栁澤 孝洋

新規事業戦略担当

マネージングディレクター

※担当領域および役職は、公開日現在の情報です。

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