2025.06.09

SAPデータのフル活用を阻む3つの壁

事業価値を高めるデータ活用施策実現に必要な考え方とは

五十嵐 洋樹 角南 翔哉 

ビジネスのさまざまな課題を解決する手段として、今最も注目されているのはデータ活用ではないだろうか。その中でもSAPという、ステークホルダーに関わらず同一かつ信頼性の高い基幹システムから得られるデータをどれだけ活用できているかは、その会社のIT施策成熟度を測るうえでも重要な指標となる。一方でSAPのデータは、その膨大なデータ量と複雑性から活用の難易度が高い。
 
本稿ではSAPデータ活用の障壁となる課題と、その解決手段を各社の具体事例とともに記していく。

1. はじめに

SAPシステムによるユーザーメリットを創出するためには、単にSAPを導入し、マニュアル通りに利用すれば良いわけではない。導入効果を最大化するためには、最新のSAPバージョンにするだけでなく業務の効率化やユーザーエクスペリエンス(UX)の改善を同時に行う必要がある。確かな効果を出すために、導入各社はアプリケーション開発や業務プロセス改善、インフラ整備などさまざまな施策を検討しているが、これらの成否を分ける肝となる共通項がある。それが「データ活用」だ。「SAPデータ」をうまく利用できれば、データによる知見に基づいた有益な施策立案につなげられる。例えば「業務プロセス改善」を行うためには、ボトルネックとなっているタスクやプロセスを特定する必要があるが、その特定にSAPデータを用いた定量評価が有効だ。
 
なお、ここで述べる「データ活用」とは単なるデータの組み合わせからレポートを作成する(SoI:System of Insight)ことを目的とするだけではなく、SAP導入後のビジネス価値向上(SoE:System of Engagement)を目指すデータを用いた施策全般を指す(図1)。

図1:データ活用の定義

 
日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)によると2024年度には、68.0%の企業がすでに基幹系データを活用しているとされている[1]。基幹系データの活用がもはや一般的となったいま、S/4 HANA導入企業の間では基幹系データとその他のデータを組み合わせたAI活用や経営データの分析効率化・高度化など、より先進的な取り組みへの関心が高まっている。
一方、これらの関心の高さは、ERP刷新後もERP自体で解決できないシステムやデータの課題が残っているケースが多いことを示しているとも解釈できる。つまり、SAPやS/4HANA導入はゴールではなくスタート地点であることを示していると考える。SAPが提供する基盤を最大限活用し、データ活用や周辺環境整備などに取り組むことで、業務効率化や新たなビジネス価値の創出が可能となり、競争優位性を高める重要な鍵となる。
 

2. SAPデータ活用の課題

SAPのデータ活用が昨今各社で多く取り組まれていることは前段で述べてきたが、その活用が成果を生むまで推進することは容易ではない。その要因(壁)は大きく分けて3つあると考える。
 

①プロセス:データ活用の方法が思いつかない

SAPのデータは基幹データであるがゆえに、複雑な構造かつ広範囲にデータが存在する。そのため、どのデータを使って何が実現できるかイメージできず、「データを利用する」こと自体が目的化してしまう問題がよく見られる。結果的にいくつかのデータを抽出・分析してなんとなく分析した結果を「データ活用」としてしまっても、冒頭に述べた「SoE」としてのデータ活用には至らないということになる(図2)。

図2:データと活用目的の分離

 

②ツール:データを活用するIT基盤が存在しない

活用方針を定めてもデータが散在、サイロ化している場合、そのまま利用できないことが多い。データを活用するためには、SAPデータとSAP以外の機器データやドキュメントデータ(以降、Non-SAPデータ)など、形式・体裁の異なるデータを複雑に組み合わせたり、データクレンジングや欠損データの補完を行ったりが必要となる(図3)。データを各所から収集し、蓄積・加工するための適切なIT基盤が存在しないままではデータ活用を進めることはできない。

図3:SAP・Non-SAPデータの統合

 

③ガバナンス/スキル:組織の仕組みや人材のスキルが不足している

データやツールを整備し、いざ活用を始めようとした際に最終的に陥りがちなのが、組織・人材の課題だ。データはあらゆる部署にまたがって散在するため、組織を横断した取り組みやデータを所有する部署ごとにデータ管理のスキルを持った人材の配置が必要になるが、データを中心としたガバナンスや規約(=組織の仕組み)を理解し推進できる、管理者等各ロールに応じたスキルとアサイン(=人材のスキル)が検討されていないことが多い(図4)。

図4:よくある検討事項漏れ

 

3. 課題への解決案

ここからはSAPデータ活用の各課題に対しての解決案を提示する。
 

課題①に対する解決案:ありたい姿の明確化と実現手段としてのデータ活用施策検討

データ活用という手段を目的化しないためには、まずは組織が目指すべき将来像、すなわち「ありたい姿」を明確にする必要がある。このありたい姿を実現するために取り組むべき施策を複数策定し、実現方法をシステム開発や業務フロー変更などさまざまな角度から検討した上で、最後に活用すべきデータを特定する。最初から個々のデータを使って何をするかを考えることは難しい。そのため、目標・ありたい姿から、トップダウンの形で推進していくことが望ましい(図5)。

図5:データ活用のステップ

 
事例:味の素グループでは戦略的なデータ活用による経営高度化を推進しており、2030年のゴールにむけて「ありたい姿」を描き、データから得た知見で価値を創出するための基盤「ADAMS(Ajinomoto DAta Management System)」の整備を計画・推進している[2](図5)。その中で、データを活用した経営の高度化として活用ユースケースを策定し、これを基にADAMS内の活用層データマートを構成することで、課題特定から速やかに分析につなげることが期待されている。
 

課題②に対する解決案:SAPデータを中心にした統合データ活用基盤の構築

統合データ活用基盤とは、データウェアハウスだけでなく、それを構成するインフラ基盤やネットワーク・セキュリティ機能、可視化のためのBIツールなど、データ活用に必要な全般的な機能を備えたソリューション群を指す。個々のシステムごとのデータで施策の解決を図れるケースはほとんどなく、データを一つの場所に統合した上で、活用テーマごとに適切なソリューションを用いて加工・分析・可視化することで、ガバナンスや権限管理の強化が可能となる。
例えばデータの蓄積は共通のソリューションで行うが、加工・活用についてはデータをそのまま可視化するテーマ1にはソリューションAを、AI分析を行い複雑な示唆を導出するテーマ2にはソリューションBを採用するイメージだ(図6)。

図6:データ統合のイメージ

 
事例:日立ハイテクでは、国内外のデータを一元管理し「経営のデジタル化」を進めるために、SAP Datasphereというデータ活用ソリューションを用いてSAPデータのリアルタイム連携・非SAPデータの取り込みとSAPデータとの統合分析基盤を構築した[3]。これにより、経営情報について、組織をまたいでユーザー自身があるべき権限範囲でダッシュボードを確認できるようになり、迅速な意思決定を促進している。
 

課題③に対する解決案:部署横断の組織編制やそれを踏まえたガバナンス・スキルセット定義の検討

取り組むべきテーマの実現方法として、ただIT基盤や業務フローを整備するだけでなく、それらに関連する全体のステークホルダーを洗い出し、組織を横断して必要なロールやルールを策定する。これをデータ活用の取り組みを検討する際に、プロセス変革やソリューション導入と合わせてセットで検討することが必要だ(図7)。

図7:データ活用を推進する組織づくり

 
この取り組みを円滑に進めるために、例えば特命組織として部署横断のデータ活用CoE(Center of Excellence)を創設するなどトップダウン・横串で強力に施策推進していくことも有用だ。一事業部に検討や推進の役責が課せられてしまうと、部署内に閉じた取り組みになってしまったり、ナレッジやリソースの最適化が図りにくくなったりする。そのため、CoEが全体を見渡せる状態にすることで、情報の流れをスムーズにする効果が期待できる(図8)。

図8:データ活用CoEの創設

 
事例:川崎重工業では全社データ活用の取り組みとして、DX戦略本部の下にデータ活用のCoEとして「データサイエンス技術部」を設立した。ここでは全社のプロジェクト連携だけでなく、現場メンバーの教育や啓発活動も推進し、DX推進に関する社内認知度やニーズの向上を促進している[4]。
 

4. クニエの考察

3章で説明した進め方の中で最も難しいのは、「課題①に対する解決案:ありたい姿の明確化と実現手段としてのデータ活用施策検討」と考える。なぜならありたい姿導出における課題と解決案(施策)のひも付けには、SAPデータの活用方法に関する網羅的な業務プロセスと連動したユースケースがインプットとして必要であり、一定の業務・システムに対するノウハウなしでは実施が難しいためである。

図9:購買業務見積制度向上の取り組み例

 
例えば図9における「見積もり精度が低く、勘・コツに頼っているため、精度向上が必要である」というビジネス課題に対し、「SAPデータによる適正価格の特定」という施策とひも付けるには、S/4 HANAのデータモデルを把握し、その組み合わせまで理解していることが前提となる。その上で、現状の対象組織におけるデータ活用レベル(STEP)に合わせて取り組み施策を検討していく必要があるのだ。
 
ここで押さえるべきポイントとしてはデータカタログの整備やSAPが提供する事前定義された指標の利用などがある。そのほか、外部の知見を借りるなどして進めて行くと良いだろう。なお、クニエでも「SAPデータ活用アセスメントサービス」として提供しているため、関連情報を参考にされたい。
 

5. おわりに

以上、SAPデータの利活用の概況、課題やそれに対する解決案について述べてきた。昨今SAP ECC(オンプレミス型ERP)のサポートが終了する2027年にあわせて、SAPデータ活用ソリューションの見直しを検討している企業も多いだろう。その際に、ただのツールの入れ替えプロジェクトとして推進するのではなく、是非ビジネス課題の解決を目的としたデータ利活用という観点での網羅的な対応により、SAP導入の効果の最大化に取り組んでいただきたい。例えば2025年にSAPのデータ活用ソリューションである「SAP Business Data Cloud」がリリースされた [5]。SAP Business Data CloudではすべてのSAPデータと多くのNon-SAPデータを統合し、AIエージェントや分析アプリケーションを利用してあらゆる業務改善のユースケースに対し自動でデータをひも付けて活用することが期待できる。本ソリューションを含めたSAPのデータ活用を図る場合、過去ソリューションで現状使用しているレポートをそのまま移行するだけではなく、SAPにおけるデータ分析・活用事項が刷新後にどうビジネスに関わり、どう追加/変更/削除していくことがビジネス課題の解決に繋がるかを見極めて適用する必要がある。その際に、プロジェクト冒頭の企画時に本アプローチ方針を踏まえて検討してほしい。
 
本稿が今後のSAP導入効果の促進を図る方や基幹システムデータ活用の進め方について迷われている方の一助となれば幸甚である。

 

【関連情報】

SAPデータ活用アセスメントサービスについて(セミナー資料ダウンロード)
https://www.qunie.com/seminar_library/250128_00/

  1. [1] 一般社団法人日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)(2025), “企業IT動向調査(2025)”, https://juas.or.jp/cms/media/2025/04/JUAS_IT2025.pdf(参照2025年5月24日)
  2. [2] 味の素株式会社(2024),”味の素グループの変革を支えるDXの進化・取り組みについて”, https://www.ajinomoto.co.jp/company/jp/ir/event/business_briefing/main/011114/teaserItems1/01/linkList/02/link/DX_0701.pdf(参照2025年4月7日)
  3. [3] SAPジャパン株式会社(2024),“日立ハイテクが取り組む DX 推進のアプローチと、データドリブン経営を支える SAP Datasphere の活用”, https://news.sap.com/japan/2024/12/dx-eye/(参照2025年4月7日)
  4. [4] NTTデータ(2024), “川崎重工業の全社横断DXへの挑戦~本当にビジネスに効果をもたらすデータ活用とは?~”,
    https://www.nttdata.com/jp/ja/trends/data-insight/2024/0606/(参照2025年4月7日)
  5. [5] SAPジャパン株式会社(2025), “SAPジャパン、ビジネスAIを加速させるSAP®BusinessDataCloudを発表”,
    https://news.sap.com/japan/2025/03/0318_sap-business-data-cloud-databricks-turbocharge-business-ai/(参照2025年4月7日)

五十嵐 洋樹

バリューアディドサービス担当

マネージャー

※担当領域および役職は、公開日現在の情報です。

角南 翔哉

バリューアディドサービス担当

シニアコンサルタント

※担当領域および役職は、公開日現在の情報です。

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