2020.06.02

COVID-19が明らかにしたサプライチェーン途絶リスク

【後編】“サプライチェーンリスクマネジメント(SCRM)”実現上の阻害要因

多田 和弘 

Summary

  • サプライチェーンリスクマネジメント(SCRM)がうまく機能しない要因は、サプライチェーンが日々変化すること、サプライチェーンを見直す意思決定の困難性、サプライチェーンの全容把握に関わる困難性など
  • これら阻害要因を解消しSCRMの実効性を高めるには、サプライチェーンをリアルタイム管理するDXツール導入、意思決定に関わる組織機能とルールの整備、サプライチェーン情報の企業間連携の促進などの対策が有効
  • パンデミックを契機に、「ビジネス合理性とリスク対応力が高次にバランスしたSCM」がAfterコロナのスタンダードに

※当コンテンツは、MONOist 2020年4月6日に公開された「コロナショックが明らかにした「サプライチェーンリスクマネジメント」の重要性」を再構成したものです。

はじめに

【前編】“サプライチェーンリスクマネジメント(SCRM)”のエッセンスでは、自社製品を顧客に提供するためのサプライチェーン上で発生するリスクを事前に予測し、それらのビジネスインパクト評価に応じた対策を計画的に実施する枠組み“サプライチェーンリスクマネジメント(SCRM)”について概説するとともに、これら方法論は決して目新しいものではないにもかかわらず、未だ十分に機能していない現状について言及した。そこで後編では、SCRMの実効性を阻害していると考えられる要因と、それらに対する対応の方向性について提案する。

SCRMを阻害する3要因

SCRMは、リスク事象が発災した際の一時的な取り組みではなく、継続的なマネジメント活動である。従って、実現を阻害する要因のうち、特に重視すべきは「1.サプライチェーン可視化の困難性」「2.サプライチェーンリスクの流動性」および「3.サプライチェーンの硬直性」だと考えられる。以下それぞれについて詳述する。

要因1:サプライチェーン可視化の困難性

サプライチェーン全体の“強度”はその最も弱い部分に依存する。そのため、サプライチェーンリスクを管理する上で、サプライチェーンを構造する要素(拠点と経路)は、抜け漏れなく抽出される必要がある。前稿で述べたSCRMのSTEP1「サプライチェーン可視化」は、E2E(End to End)視点でサプライチェーン構成要素を漏れなく可視化する段階である。その全容の把握にはサプライヤーや販売会社、物流業者、流通業者などの協力が不可欠となるが、こうした極めて広範な業務領域・組織・地域にまたがる情報を、利害を異とする外部ステークホルダーの収集に依存することが、SCRM推進上の制約になることが多い。

ここでの対応策は、情報の利用目的と意義をステークホルダーと共有し、継続的な情報提供の協力関係を、時間をかけて構築していくことだ。例えばトヨタ自動車では、東日本大震災に際してサプライヤーの被災状況把握に3週間を要してしまい、迅速な対応を取ることができなかった。これを教訓に、平常時にサプライヤー調査を数年来継続し、現在では10次サプライヤーの情報までを把握、その結果をクラウドシステムで可視化している。またその情報を用いたリスク対策を実施しており、単一拠点生産や、特殊仕様などの「リスク部品」の切り替えを推進し、その9割を削減したという。

要因2:サプライチェーンリスクの流動性

サプライチェーンの構造を支える拠点や経路は、製造業のサプライチェーンに関わる業務活動(調達・生産・物流業務など)の遂行を通じて、少しずつその姿を変えていく。そしてそれらに付随するリスクやその発生確率、事業インパクトなどもそれに応じて変動する。企業はこうした変化を可能な限りタイムリーにとらえ、自社のSCRMの枠組みに随時反映していく必要がある(STEP4「サプライチェーンリスク監視」)。しかしサプライチェーンやリスクの変動に関わる情報収集~整理に関わる業務は日常業務とは分断されている上、アドホックな業務による負担も大きく、このステップをきちんと実行できている企業は少ない。その結果、サプライチェーンの実態との誤差が積み重なり、いざリスクが顕在化した時には策定したBCPやBCMが役に立たないということが発生している。

この問題を最も理想的に解決する方法は、デジタルツールを活用し、サプライチェーンとリスクの状況をリアルタイムに把握できる情報基盤を整備することだ。近年、サプライチェーン上の計画立案~実行を支援するSCP(サプライチェーン計画ツール)やERP(基幹業務システム)に加え、サプライチェーン設計業務を支援するデジタルツールが注目を浴びている。これらの中には、実際のサプライチェーンを仮想モデル化(デジタルツイン)し、地理空間情報と重ねて可視化できるだけでなく、地理情報およびサプライチェーン構造に関連付けられたリスク状況の評価まで実施できるものがある(図1)。

図1:「デジタルツイン」を活用した定常的リスク監視の実施

出典:LLamasoft社より提供

 

こうしたツールを、前述のSCPやERPを含む情報基盤に組み込み、SCPの計画情報やERPの各種拠点マスター情報や実績情報を連携させることで、日々のサプライチェーン業務に連動して流動するサプライチェーンリスクの正確かつタイムリーな把握が可能になる。さらに、サプライヤーや物流業者との情報連携をこの基盤上で実現すれば、さらに高い情報精度・鮮度を実現できるようになる。

今回のパンデミックは、地震や火災でサプライチェーンを構成する拠点や設備など「モノ」が影響を受けたのではなく、その機能を支える「ヒト」そのものを直撃した災害といえる。その結果、世界的に人材の移動が制限され、各拠点でのオンサイトの活動が行えなくなったことで、サプライチェーン途絶影響調査が十分に行えず、適切な事後対応に失敗した企業が多かった。With/Afterコロナの環境下では、今回同様の状況がまたいつ何時発生するか想定できない。仮想空間上で常時リスク管理が行える枠組みを整備しておくことは、こうした状況に備える意味を持つ。

要因3:サプライチェーンの硬直性

企業は競合との競争という“眼前の危機”に常に直面している。既に順調に機能しているサプライチェーンを大きく見直すことは、事業それ自体の“不確実(リスク)要素”となることから、サプライチェーン途絶リスクを過少評価し、抜本的なリスク対策を実行できないことがある。こうした状況を「サプライチェーンの硬直性」と呼ぶ。

例えば先で述べたSCRMのSTEP3「リスク対策決定」において、重大なビジネスインパクトを伴うリスクの発生が想定される場合(例:生産~在庫拠点が大地震の発災が予測されるエリアに立地している状態)においては、リスク軽減策(例:制震ダンパー導入や家屋の耐震補強)だけでなく、より抜本的なリスク回避策(例:生産ラインの移転)を含めて検討すべきであるが、成功裏に稼働しているサプライチェーンの中核要素を大幅に改変するという意思決定を、各事業の現場で判断することは容易ではない。

しかし今回のCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)に係る中国を中心としたサプライチェーンの寸断は、世界中の多くの企業がサプライチェーンの中核機能を中国に集中させるリスクに気づいていながら、その硬直性から抜本的な打ち手に至ることができなかった典型といえる。こうした硬直性を打ち破るには、標準化された評価基準に沿って各事業のサプライチェーンリスク評価を実施し、リスクの多寡に応じて、その意思決定を適切なマネジメント階層で行える全社的な意思決定の枠組み(組織機能・役割分担・各種基準~様式等)の整備が必要だ(図2)。

図2:リスク対策意思決定に関わる全社機能分担(例)

 

さらにこうした意思決定に際して、前段で述べたサプライチェーンデジタルツイン上で、複数のリスク対策シナリオによる費用対効果比較をシミュレーションすることにより、高精度かつ納得性の高い打ち手の選定につなげることが可能になる。

おわりに

これまでサプライチェーンの優位性は、「経営戦略との整合性」「デリバリー競争力」「コスト優位性」「柔軟性(フレキシビリティ)」などの軸で評価されてきた。しかし、世界的なサプライチェーン途絶を招いたCOVID-19のパンデミックに際して、多くの企業がサプライチェーンマネジメントにリスクマネジメントを埋め込む必要性を痛感したはずである。これを受けて、Afterコロナのサプライチェーンは、前述の評価軸に加え、リスク対応力という観点でもその有効性を評価されるようになるだろう。本稿の内容を参考に、各企業におけるリスクに対するサプライチェーンの強靭性を高めるための地道な取り組みが促進されることを期待したい。

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多田 和弘

SCM/S&OP担当

マネージャー

※担当領域および役職は、公開日現在の情報です。

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