2021.05.26

途上国における“先端技術を使わない”社会のDX

DXを支えるIT社会基盤の整備にこそ日本の強みがある

平林 潤 

Summary

  • 社会基盤となる情報管理のIT化は、社会のDXを起こすための環境整備と考えるべき
  • 途上国におけるIT社会基盤の整備には、日本の行政システムで培った経験を必ず活かせる
  • 途上国政府がオーナーシップをもってIT社会基盤の整備を推進することが、社会のDXを連続的に起こしていくために重要

ITシステム整備が起こすDX

使用済み自動車の適正解体処理、中古部品の販売、資源としてのリサイクルなどを行う株式会社ビッグウェーブカワサキ(大分県)が、アフリカ中央部のカメルーンで使用済み自動車リサイクルビジネスの立ち上げを行っている。同国には解体処理されず放棄された自動車が山のようにあるため、それを同社の技術で適正に解体処理するだけでも金属資源の有効活用や環境保全などにつながり、その社会的なインパクトは大きい。しかし、カメルーンでは自動車の個体の所有者情報や車検履歴などの情報管理がIT化されていないため、将来的な自動車解体処理の需要予測や、所有者に対して自動車の適正な解体処理を促す仕組みづくりを行うことが困難であり、民間投資を促すことができていない。そこでビッグウェーブカワサキは、国全体に自動車リサイクルを仕組みとして根付かせるためには、国内にあるすべての自動車の情報管理のためのITシステムが不可欠だという提言をカメルーン政府に対して行っている。

この提言を自動車管理のIT化と捉えると、先進国から見れば古めかしい取り組みに映るだろう。日本の例でみると、現在国土交通省が自動車の登録や抹消、車検などに関する情報を一元管理するために使用しているITシステム、MOTAS(自動車登録検査業務電子情報処理システム)は1988年から運用されている。前身となる自動車情報管理システムの歴史はさらに以前に遡る。しかし、技術的な新規性はなくとも、自動車情報管理システムを整備することで、自動車解体処理をはじめとする自動車関連の民間ビジネスの参入を促し、新たなビジネスモデルを定着させ、歳入を増やすとともに持続可能な社会の実現に近づけるという見方をすれば、この取り組みは社会のデジタルトランスフォーメーション(DX)に他ならない。
これまでにも途上国における行政のデジタル化は、課税ベースの拡大(商取引の透明化、インフォーマルセクターの「フォーマル化」など)および汚職の撲滅に対して有効で、財政の改善に結び付くものとして、国際機関や先進国の支援もあり積極的に進められてきた。中でも歳入に直結するもの、例えば付加価値税(VAT)や関税に関連するプロセスのIT化が優先的に行われてきた。だが今後は、社会のDXを促進するため、社会基盤となる情報の管理のIT化についても積極的に整備していくべきである。社会基盤情報のデジタル化は民間ビジネスの環境整備にはつながるが、ほとんどの場合それ自体は民間ビジネスにはなり得ないため、政府にしかできない仕事である。

社会のDXでこそ発揮される日本の強み

社会のDXを支える、社会基盤となる情報のIT化に対し、国際社会はもっと着目すべきである。DXという流行り言葉のイメージもあり、先端技術を使うものばかりがDX事例として注目を浴びているが、本来DXが競うべきなのは技術の新しさではなく社会的インパクトの大きさである。ところが近年は途上国においても、民間投資のみならず開発援助までもがデジタル技術の目新しさに吸い寄せられていると筆者は感じている。デジタル技術は基本的に複製が容易で大量の人にリーチしやすいため、国際社会の中で激しい競争に晒される。世界中でGoogleやFacebookが使われているように、競争優位なデジタル技術であれば開発援助がなくとも途上国にも広がるし、そうでなければ開発援助があってもなかなか広まらない。開発援助はそのような小さな対象ではなく、社会のDXを支え民間投資によるレバレッジをきかせることにこそ主眼を置くべきだ。

日本は、行政のデジタル活用が世界に比べて遅れているといわれて久しいが、社会基盤となる情報管理のIT化については、政府系システムの長い歴史に支えられてノウハウが蓄積されている。技術的に地味ではあるが、国単位の大規模なITシステムの構築および運用は、先端的なデジタル技術の導入よりはるかに多くの困難を伴う一方で、社会的インパクトは絶大だと筆者は考える。DX分野で、日本の力を世界に活かせるのはここであろう。もちろん、技術については日本を模倣する必要は全くない。例えば、日本の行政システムの多くは、データの正統性を担保する方法として「サーバー・クライアント方式」で台帳管理を行っており、特に大規模システムとなるとコストが甚大だが、ブロックチェーンを活用すれば同じ機能を安価に実現できる可能性が極めて高い。このような、社会のDXとは異なるレベルの「小さなDX」は個別技術で実現されていくべきだが、日本としてそこに固執する必要はない。

社会基盤となる情報のIT化のための投資については、途上国政府自身が開発金融機関などの融資を活用しながら進めることが重要だ。自国の歳入を増やすとともに、自国で持続可能な社会を実現するDXを引き起こすためのIT投資であることから、政府がオーナーシップをもってかじ取りを行わなくてはならない。借りたお金で自国の社会や経済の発展を目指すことで、開発を国の重点的な取り組みとして積極的に推進することにつなげられる。世界銀行などの国際開発金融機関やJICAなどのドナーは、途上国の電子政府化を応援しているものの、融資という点では交通インフラやエネルギーインフラのような大規模なものを得意としており、そのような規模にならないIT投資の場合は融資が難しいケースもある。その際は地域や国レベルの開発金融機関を頼るのが有効であろう。先端技術を用いた「小さなDX」により、導入コストが桁違いに圧縮できる可能性は大きい。先進国の政府系ITシステムの相場のような先入観は捨て去り、金額が小さくても途上国政府が融資を受けて進められる枠組みを設けるべきだ。

DXを生みだす基盤の整備

先進国で確立されたデジタル技術を途上国に横展開することは、言語や慣習などの壁はありうるとしても、技術的には容易であることが多い。一方で、社会基盤となる情報がIT化されていないために横展開ができないということはままある。その意味でも、社会基盤となる情報管理のITシステム化は、途上国で社会のDXを連続的に起こすためには先端技術以上に不可欠なものなのではないだろうか。

平林 潤

途上国ビジネス支援担当

ディレクター

※担当領域および役職は、公開日現在の情報です。

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