2020.11.26

SDGs17ゴールの達成に向けた事業開発

【第4回】新たな競争戦略としてのSDGs

欧米先進企業のダイナミック・ケイパビリティの視点から

杉本 陽子 

Summary

  • SDGsは国際的なルール作りの情報源であり、企業はグローバル市場からの撤退や、サプライチェーンから除外されるリスクを回避するためにも、自社にとってSDGsの各ゴールが何を意味するかを検討する必要がある
  • SDGsを参考に自社の経営資源で何ができるかを検討することは、新たなビジネス創造、拡大が見込まれる途上国・新興国市場開拓の機会となる
  • 欧米先進企業はデジタル戦略と同様に、早期の段階でSDGsを競争戦略と捉え動いており、日本企業も欧米先進企業の動きを注視しながら、戦略を描く必要がある

SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)という言葉を知らない方はほとんどいないだろう。2015年の国連サミットで採択され、2016年から2030年で達成するために国際的に合意された目標である。前身のMDGs(Millennium Development Goals:ミレニアム開発目標)は、2001年により良い21世紀を目指すために発効された。SDGsはMDGsの未達成課題や、新たな課題に対応するために定められた。両者の大きな違いの一つは、MDGsは取り組み主体が国連や政府だったのに対し、SDGsは企業も主体として捉えられている点である。その一背景として、多国籍企業の活動が深刻な環境問題、貧富の差、人権侵害などを生んだという声もあり、企業がNGOらに批判されたことがある。社会に認められない企業は存続が危ぶまれる。そして、このまま環境悪化などが進めば持続的に事業を続けられない。そう理解した欧米企業は、国や国際機関に先駆けて新秩序形成のために動き出し、それにより競争力も構築してきた[1]。実際に英ユニリーバや米デュポン・ド・ヌムールなどは、SDGs策定プロセスにも積極的に関与した。つまり、早期の段階で欧米の先進企業はSDGsを競争戦略として捉えていたのである。

本稿では企業がSDGsに取り組む意義について、SDGsによって生まれるリスクとチャンスについて説明した後、SDGsによる競争戦略を、欧米先進企業の事例をもとに考えていきたい。

SDGsによって生まれるリスク

SDGsはグローバル社会の新ルール形成に向けた情報源であり、企業はSDGsを意識することでリスク回避ができる。前述のとおり、SDGsは企業にも国際社会の規範に沿った行動、変革をするように求めるものであり、国際機関、国、企業・NPO・NGOなどが主導し、新たなガバナンス作りが始まっている[2]。ルールは、法規制や条約など強制力の高いものから、規格、認証、業界イニシアチブなど任意参加のものまでさまざまである。

例えば、強制力のあるルール例として、自動車排出ガス規制がある。米国のZEV規制[3]、EUの排ガス規制[4]は90年代から施行され、基準は年々厳しくなっている。最近では中国でも2019年にNEV規制[5]が開始された。このように各地域で排出ガス規制が定められ、基準を満たさない自動車は域内で市場参入ができない、また撤退せざるを得ない恐れがある。日本企業への影響として、例えばZEV規制が2018年以降強化されたことで、トヨタ自動車とマツダがEVの共同開発を開始した。

また、自主的なルールの例としてRSPO(Roundtable on Sustainable Palm Oil:持続可能なパーム油のための円卓会議)認証がある。パーム油は農業・食品製造・化学工業など多くの企業で原材料として使われているが、アブラヤシ栽培のための急速な農園の拡大や不適切な農園経営による環境問題、劣悪な労働環境などが問題視されていた。RSPOは持続可能なパーム油の生産、流通を認証するための制度運営を行う非営利団体として立ち上がった[6]。企業は RSPO認証付きのパーム油を調達することで、レピュテーションリスクを回避できる。注視すべきは、RSPOは、ユニリーバによって国際NGOの世界自然保護基金(WWF)などと協同で立ち上げられたことだ。同社は過去にパーム油問題でNGOから受けた強い批判をもとに調達基準を整備し、業界標準を目指して認証制度を作り上げた。このような自主的な制度作りは他分野でも進んでいるが、日本企業の参画は欧米企業に比べると少ないようだ。

自主性を促すレベルのルールも、将来的に標準化へ進み、強い規制となることもあるため注視しておく必要がある。対応できない企業はグローバルサプライチェーンから外されるリスクも想定され、これは中小企業も例外ではなく、今後の動きを見据え自社はどうあるべきかを検討する必要があるだろう。

SDGsの視点がもたらす新たなビジネス創造

また、SDGsが掲げる未解決の課題に企業が取り組むことで、新たな事業機会やイノベーションが生まれる可能性もある。企業は利益追求に加え、社会課題解決に向けた革新的技術・サービスの創発が期待されている。特に途上国・新興国では現地課題を解決するスタートアップも多く生まれている。

SDGsを参考に、現状の世界の課題から将来のあるべき姿を分析し、自社の経営資源で何ができるかを考えると、取り組むべきビジネステーマが見えてくるかもしれない。大企業だけでなく、中堅・中小企業でも、国際協力機構(JICA)や国際機関の資金・制度などを活用して途上国へ進出する事例が多くある。例えば、日本の衛生製品メーカーサラヤは2012年にJICA 制度を活用し、感染症予防に効くアルコール手指消毒剤をウガンダで生産・販売するプロジェクトを開始した[7]。今や同社の製品は現地の生活に深く根付いている。

また、現地スタートアップへの投資や協業を行うという方法もある。例えば、関西電力やダイキン工業はアフリカで未電化地域向け電力サービスを提供する日本のスタートアップWASSHAと協働し、現地の課題解決と販路拡大を目指している[8]。途上国・新興国ビジネスは、文化・言語も全く異なり容易ではないが、人口が今後ますます増加する国々への事業展開は企業にとって有望な市場開拓の機会となる。

余談ではあるが、筆者が英国のビジネススクールに在学していた際、教授や同級生から「ビジネスで誰の何の課題を解決したいのか?」を聞かれるのはもちろん、「その結果、社会にどんな影響を与えるか?」と問われるのが常であった。特に新興国出身の学生は、社会的価値のある事業をしていきたいと語っていた。印象的だったのは、「社会課題を解決する」のは当たり前で、さらにその過程で生まれる「何か新しいアイデアや技術」にワクワクしていたことだ。アフリカ出身の友人は、制度やインフラなどが整っていない自国の現状を嘆きながらも、デジタル技術の躍進などによって自分たちで状況を変えていくのが楽しみだと語っていた。将来の経営者である世界の若者たちは、社会課題をチャンスと捉えており、今後「社会課題を解決するビジネス」はより当たり前になってくると強く感じた。

ダイナミック・ケイパビリティと企業のデジタル戦略

次に、「企業の競争戦略」という視点でSDGsを考えてみたい。前述の通り、欧米先進企業は競争優位を得る一つの戦略としてSDGsに即した事業開発を行ってきた。近年競争優位を構築できる企業の傾向を示す「ダイナミック・ケイパビリティ(DC)論」が注目されている。米経営学者デイヴィッド・ティースによって提唱され、急速な環境変化に対応し、社内外の資源・能力を統合、構築、再構成しながら持続的な競争優位を作り上げる企業の能力を指す[9]。同理論は、企業の競争優位は企業固有の資源で決まるという理論に反し、社内外の資源を有効活用できる組織能力こそが重要だと主張する。この能力は、以下三つの活動で構成される。

①Sensing(感知):新たな機会を認識し評価する活動
②Seizing(捕捉):資源の獲得などを行い、機会をビジネスとして実現する活動
③Transforming(変革):組織の文化、慣習などを変革する活動

これら三つの活動をうまく駆使できる企業は持続的に成長し続けられるという研究成果が発表されている。

筆者は5年ほど前、人工知能(AI)・IoTという言葉が話題になり始めた頃、企業のAIを使ったビジネスモデル変革の調査、新規ビジネスモデル策定支援に従事していた。その際に印象的だったことは、あらゆる産業の主に欧米企業が、AIやIoTがブームとなる以前から、世界の変化を見据えてデジタル戦略を作り、動いていたということだ。

例えば独シーメンスは、2000年代には既にスマート工場実現に向けてソフトウェア企業になることを宣言した。2007年から多額の資金を投じて多くのソフトウェア企業を買収し、ドイツ政府や企業からなるインダストリー4.0[10]グループに参画し、目的達成に向け「仲間づくり」を行うことで、製造業の変革を実行している。世界市場で同社と覇権を争う米ゼネラル・エレクトリック(以下GE)も同様にソフトウェア企業へと変革し、製造業のサービス化による新たなビジネスモデルを打ち出している。デジタルへの変革は製造業だけでなく、例えば農業でも、米モンサント(2018年6月、バイエルによる買収・吸収が完了し、モンサントの企業名は消滅)、デュポン・ド・ヌムールが精密農業を推進する戦略で、デジタルの覇権争いを始めていた。モビリティ、医療、住宅分野などでも同様である。筆者がDC論を学んだ際に、欧米企業は激しい国際市場で勝ち続けるためにこの能力を発揮し、自社資源のみに頼らない組織力で戦う戦略なのだと腑に落ちた。

図1:シーメンスのデジタル戦略におけるダイナミック・ケイパビリティ

 

SDGsとダイナミック・ケイパビリティ

さらに注目したいのが、SGDsの文脈でも、欧米企業が先手を打って動いている点である。例えばデジタル変革に積極的だったGEは、2005年に「エコマジネーション」を掲げ、環境などに配慮した社会的価値の高い事業の促進を宣言した。その際、環境NGOなどの協力を取り付け、政府・市民からの同社の取り組み・製品に対する賛同を獲得し、米市場内で環境問題に関する新ルールを自ら構築した。例えば、欧米主要企業とNGOでCO2排出権の枠組み導入を図ったほか、CEO自らがオバマ政権下の経済諮問機関議長に就任している[11]。結果として環境ビジネス市場の拡大と同時に自社売り上げの増加を実現し、業界内で競争優位を築いたのである。

図2:GEのSDGs戦略におけるダイナミック・ケイパビリティ

 

別の企業例として、ユニリーバは前述のRSPOで認証基準を作りながら、基準に合う森林の確保を進め、他社が認証パーム油を調達しづらい状況を作り自社のブランド価値を高め、競争優位を築いた[12]。また、同社はインドにて1998年から低所得者層を対象に石鹸を販売する事業で社会課題解決を目指し、他社が容易に入れない市場で競争優位をいち早く築いている。途上国の課題解決型ビジネスは日本企業も多く行っているが、欧米企業がより早く動いてきた印象がある。

筆者は、これら企業のSDGs戦略をDC論の切り口で俯瞰した際、5年前に見たデジタル戦略と似た様態を感じている。SDGs戦略が特別なのではなく、これまで自社が勝つために実践してきたことと、本質的には変わらない。もちろん、社会的意義を追究していることに違いはないが、自社が優位に立つための欧米企業のしたたかな戦略が垣間見える。

おわりに

筆者がイギリスに滞在していた際、世界中の学生に聞いた日本企業の印象は、「高品質で信頼できる」、「最先端でかっこいい」、「顧客と良好な関係を築いている」、「工場での教育が素晴らしい」など非常にポジティブなものだった。高い技術力や人材育成力は日本のSDGs戦略として生かせる点だ。日本企業は昔から「三方良し」の精神で、社会のために事業を行うのが当然という考え方を持っていると筆者は考える。しかし、紹介した欧米企業のようにSDGsを戦略的に捉え、新たな潮流を生み出すビジネスモデルを画策する企業は、どれだけいるだろうか。欧米先進企業の動向を注視しながら、自分たちの戦略を描けているだろうか。最後に今一度、これらの問いかけを残したい。

  1. [1] スチュアート・L・ハート(2008), 「未来をつくる資本主義」, 英治出版
  2. [2] 日本貿易振興機構(JETRO)貿易制度課(2018), “企業のサステナビリティ戦略に影響を与えるビジネス・ルール形成”, https://www.jetro.go.jp/ext_images/_Reports/02/2018/656c1cfdc85fb159/rp201806.pdf, (参照2020年11月2日)
  3. [3] Zero Emission Vehicle。カリフォルニア州内で自動車を販売する自動車メーカーに対して販売台数の一定比率に関し排出ガスを一切出さない自動車とするよう義務付ける制度。
  4. [4] EUでは2021年から乗用車のCO2排出量を95g/kmにするという規制が始まる。
  5. [5] New Energy Vehicle。中国国内で3万台以上生産・輸入を行うメーカーに対し、一定比率の新エネルギー車(電気自動車、プラグインハイブリッド、燃料電池車)の販売(または輸入)を義務化する制度。
  6. [6] WWFジャパン(2020), “RSPOについて”, https://www.wwf.or.jp/activities/basicinfo/3520.html, (参照2020年11月2日)
  7. [7] 国際連合広報センター(2013), “アフリカで事業を行っている日本企業 シリーズ②:サラヤ株式会社”, https://www.unic.or.jp/news_press/features_backgrounders/4295/, (参照2020年11月8日)
  8. [8] 関西電力(2019), “アフリカ未電化地域向け電力サービスに関するWASSHA株式会社との業務提携について”, https://www.kepco.co.jp/corporate/pr/2019/0806_1j.html,(参照2020年11月8日)
    ダイキン(2020), “空調未成熟市場でエアコンのサブスクを事業とする合弁会社を設立”, https://www.daikin.co.jp/press/2020/20200616/, (参照2020年11月8日)
  9. [9] Teece, D.J., Pisano, G. and Shuen, A.(1997), “Dynamic capabilities and strategic management', Strategic Management Journal”, 18(7), pp. 509-533.
  10. [10] IT技術(人工知能やIoT)を取り入れた製造業の改革を目指す「第四次産業革命」を意味し、ドイツ政府や産業界の主導で推進する国家戦略プロジェクト。
  11. [11] General Electrics(2008), “エコマジネーションレポート要約版 ecomagination is GE”, https://www.ge.com/jp/sites/www.ge.com.jp/files/2008_ecomagination_report_jp.pdf, (参照2020年11月2日)
  12. [12] 望月治成(2017), “社会課題からビジネス機会を創出する CSV事業戦略”, https://arayz.com/columns/vol61-feature/3/, (参照2020年11月2日)

杉本 陽子

途上国ビジネス支援担当

シニアコンサルタント

※担当領域および役職は、公開日現在の情報です。

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