2022.04.05

これからのSAPグローバルテンプレート構築と展開

SAP標準機能を最大限に活用し短期間・低リスク・低コストを達成するために

ERPラピッドデリバリー担当 

自動車業界をはじめとするグローバライゼーションが浸透している業界では、海外展開と現地化はすでに定着し、本社の役割も単純な海外拠点数拡大から、グローバルでの業務標準化や収益管理方法の統一にシフトしている。
一方で、本社視点による高度かつ複雑なテンプレート開発・展開は、システムの柔軟性を低め、現地要件との調整難航による導入期間の長期化やコスト増加を招くことが多い。
こうしたなか、SAP®グローバルテンプレートの構築と海外拠点への展開を短期間、低リスク、低コストで達成するためには、SAPかんばんや倉庫管理(EWM)、輸送管理(TM)といったロジスティクス領域に関わるSAP標準機能を最大限活用することがさらに重要になると考えている。
本稿では、そのために押さえるべきポイントを提示していきたい。

※SAP、記載されているすべてのSAP製品およびサービス名はドイツにあるSAP SEやその他世界各国における登録商標または商標です。

SAPグローバルテンプレートの構築・展開における課題

短期間、低リスク、低コストでSAPグローバルテンプレートを構築し展開するためには、海外拠点側に本社からの押しつけと捉えられないよう配慮して現地要件の調整をスムーズに進め、システムの柔軟性も担保することが肝要である。
グローバルでの業務標準化や収益管理方法の統一を図るため、本社主導でSAPグローバルテンプレートの構築を進めると、実質的に本社業務の改善結果を海外拠点に展開することになりがちである。しかし、本社視点でのハイレベルな財務・原価管理やマスタ管理の要件は、展開先の現在の業務レベルや国民性、文化の差異を踏まえていないケースがある。海外拠点にはそれが煩雑な業務の押しつけと捉えられ、テンプレート展開への抵抗を生みかねない。
一方で本社側のガバナンスが弱いと、現地要件の調整に時間がかかる上に、結果的に要求を抑えられず追加開発プログラム(以下、アドオン)が必要となることも多い。それは当然、コストとして跳ね返ってくる。また展開後の問題としても、アドオン前提のテンプレートでは、ビジネス環境の変化にあたりプログラム修正が必要となるリスクが高い。こうしたシステムの柔軟性の低さもコスト増大要因となる。

アドオンを極力排したテンプレートの構築

システムの柔軟性を担保する上で重要なのは「アドオンの最小化」である。
SAP導入における「アドオンの最小化」はもはや言い古された感があるが、この20年ほど常に言われ続けていることから、その達成の難しさを示しているとも言えるだろう。
アドオンを最小化しSAPの標準機能を極力活用するメリットとして、SAPのバージョンアップ時の検証・改修工数低減ばかりが挙げられがちである。しかし、ビジネス環境の変化にシステムのプロセスを対応させる際、SAP標準機能を使用していればパラメータやマスタの変更で対応でき、ソースコード修正が不要、というシステムの柔軟性向上も見逃せないメリットである。そして、SAPグローバルテンプレート構築においては、各国のビジネス要件・環境の差異や変化への柔軟な対応が不可欠となるため、「アドオンの最小化」の重要性はさらに増すと言える。

では、SAPグローバルテンプレート構築において「アドオンの最小化」を達成するためには何が必要か?それには3つのポイントがあると考える。

1. SAP標準機能の正しく、深い理解

筆者が経験したこれまでのSAPのバージョンアップなどにおいて「なぜこのアドオンが必要だったのか?」「これならSAP標準機能で対応できるはず」と感じたことが多々ある。その主な原因として、SAP標準機能の理解不足がある。広範な領域をカバーするSAPの標準機能を全て理解することは困難だが、自社の要件にとって必要な機能をある程度見極め、正しく理解するための方法はある。それは、プロジェクト立ち上げ期における実機を使ったデモの活用である。
SAP社の提供するトレーニングの受講も一つの手ではある。特定のモジュールの標準機能を全体的に把握する上では有用であり、正しく理解する、という目的には適うだろう。だが、トレーニングでは各社の個別要件の具体的な話はできない。各社個別の話をするためには、SAP導入コンサルタントのチームに実機デモを行ってもらい、画面を見ながら具体的に確認することが必要だろう。このフェーズでのデモであれば、すぐに動かし、見せられるテンプレートをSAP導入コンサルティング会社で持っていることがある。これを活用すれば、自社内にデモ用の環境を用意する必要はなく、速やかにデモを開始できる。また、その後のフェーズにおいても、要件の発生段階で、まずはSAP標準機能で対応できないかを検討し、必要に応じて実機での確認を行うべきだろう。こうしたプロセスを踏むことで、SAP標準機能の正しく、深い理解が進むはずである。

2. 業務要件の正しく、深い理解

SAP標準機能を活用するためには、業務要件も正しく、深く理解する必要がある。特に、海外拠点の要件は正確に押さえることが難しい。システムで対応できない業務プロセスが稼働後に発覚するといったリスクを回避するためには、ヒアリングによる業務プロセスの確認だけでなく、それぞれの取引における一連の実データを確認するなど、ファクトベースで業務プロセスを把握・整理する必要もあるだろう。そのためには、こうした方法論と経験を持ち、ビジネスや業務プロセスの目的や現状、課題をクリアにした上で議論できるSAP導入コンサルタントの活用が有効だろう。

3. 丁寧なコミュニケーションと合意形成

1と2を満たした上で最も重要なのが、業務部署との丁寧なコミュニケーションを経た、納得性の高い合意形成である。導入チームと業務部署との関係が疎遠であると、以下のような行き違いが発生しかねない。まず導入チームとしては、業務部署からの業務要件の背景や事情を掴み切れないことから腹落ちできず、要件を受け入れられない、ということになる。一方、業務部署としては、SAP標準機能自体やそれを使うべき理由を説明される機会がないままに進んでしまうと、単に今までと操作が異なるために使いづらく、受け入れられない、ということになる。そしてこの行き違いの解消のハードルが高くなった結果として、アドオン開発に流れてしまう。
こうした事態を避けるためにも、実機を使ったデモを活用してコミュニケーションを活性化し、導入チームは業務部署の業務要件とその背景、事情を理解し、業務部署にもSAP標準機能とそれを使うことのメリットを理解しておいてもらうことが有効だろう。

それでも、なおアドオンが必要となる場合がある。SAPグローバルテンプレートの構築においては、それが本社視点でのハイレベルな要件(例えば財務・原価管理やマスタ管理など)の場合は注意が必要である。海外拠点への展開に向けた成功のポイントは後述するが、現在の業務レベルや国民性、文化の差異も踏まえた上で、SAPグローバルテンプレートとして本当に重要な要件なのか判断することが必要である。

SAP標準機能を最大限活用するために

SAP標準機能を最大限活用するために、ここではそのメリットが広く認知されていないSAPかんばんと、倉庫管理(EWM)、輸送管理(TM)の各モジュールを紹介したい。

SAPかんばんは、自動車業界の主な特徴である以下の4点に向けたSAP S/4HANAの機能である。

  • フォーキャスト(内示)に基づいた多品種多数回納入
  • 長期的製品ライフサイクル
  • 巨大なサプライチェーンの実現のために要求される高い納入品質
  • 低価格化への対応としての業務プロセス効率化

日本での導入事例は少ないが、通常、複数の画面での操作が必要な処理をSAPかんばんでは一つの画面で済ませることができるなど、シンプルな操作性により業務工数を大幅に削減できる大きなメリットがある。

たとえば、ある自動車部品メーカーでのSAPグローバルテンプレートの構築で以下のような事例がある。
そのプロジェクトでは、徹底したアドオンの排除とSAP標準機能の活用が図られた。しかしプロトタイプ作成フェーズで、現場ユーザーから、従来一つの画面で対応できた操作が、SAP標準画面では複数の画面での操作が必要となったことから、時間がかかりすぎるとの声が上がった。簡便な画面をアドオンするという手はあるが、画面のアドオンは難易度が高く、バージョンアップ時に影響も出やすいため、最も避けるべきものとされている。こうした状況で、プロジェクト自体の中止にもなりかねない事態となった。
そこでSAPかんばんの活用が検討された。その結果、操作が必要な画面数の削減が可能となったことで現場ユーザーの合意を得られ、プロジェクトの危機を乗り越えることができた。また、その汎用性の高さから、マスタ設定を変更するだけで展開先拠点のほとんどすべての業務に対応することができた上に、ユーザーが操作する画面を最小限にできたことで、UATおよびトレーニングを短期間で実施できたのである。

次は、倉庫管理(EWM)と輸送管理(TM)モジュールである。これらの領域でSAP標準機能を使わずに対応する場合、既存業務プロセスを実現するだけでも在庫管理(MM)モジュールと周辺システムとの連携の他、場合によっては画面更新系のプログラム開発も発生し、大規模な開発になるリスクが高い。倉庫・輸送管理費用が高騰し、効率化とコスト削減が重要な課題となっている昨今、SAP標準機能を活用してビジネス環境の変化に柔軟に対応できるようにしておきたい。

倉庫管理(EWM)では、製品が倉庫に入庫されて在庫となり、引き当て後に梱包され出庫するまでの倉庫内の製品ライフサイクルをシステム管理し最適化することができる。また、既存業務プロセスの実現にとどまらず、倉庫内リソース調整や設備管理など、さまざまな倉庫内作業の管理に対応しているため、より高度な倉庫業務を実現できる。たとえば、ある大手食品メーカーの販売会社において、以下を可能とした事例がある。

  • 自動ピッキングによるサービス時間の大幅短縮
  • 顧客要件による荷姿変更を自動化し、複雑なマニュアルハンドリングを削減
  • 品目要件による倉庫内の在庫配置を適正化してピッキングロジックに反映、倉庫内作業を大幅に自動化
  • 倉庫内の細分化されたタスクの実行時間記録による倉庫内業務の定量分析を実現

輸送管理(TM)では、精緻な輸送と輸送費の管理を行うことができる。例えば、運送業者との契約に基づく輸送費管理や、輸送ルートおよびスケジュール、コンテナ積載などの自動計画、輸送会社と連携した輸送計画および実行管理による輸送リソースの積載率向上と輸送費削減が実現できる。
以前のSAP ERPでは、輸送管理の領域においては基本的な要件であってもアドオンが必要だったが、最新の輸送管理(TM)モジュールでは基本的な要件はもちろん、さらに高度な要件にも標準機能で対応できるようになっている。

どちらの機能も、SAP S/4 HANAとマスタデータやトランザクションデータを共有もしくは緊密に統合されており、相互にリアルタイムな連携が行われる。

 

SAPかんばん、倉庫管理(EWM)、輸送管理(TM)とその他のSAPモジュールの関連図

 

SAPグローバルテンプレートの展開を成功させるために

海外拠点への展開にあたっては、アドオンの最小化を実現し、SAP標準機能を最大限活用したSAPグローバルテンプレートに加え、以下の3つのポイントが重要であると考えている。

(1)本社側のテンプレート展開への強いポリシーと、それに基づくガバナンスの発揮

海外拠点の要望にいちいち個別対応していては、コストをかけて構築したSAPグローバルテンプレートの価値が薄れてしまう。前述のSAPかんばんの事例にもあるとおり、安易な対応方法に流れず、粘り強く対応方法を検討することが必要である。一方で「押し付けられ感」を持たれないよう、ことあるごとに本社のポリシーを繰り返し説明し、腹落ちしてもらうことが必要である。

(2)明確な意思決定プロセスを経た合意形成

海外拠点の要件については、誤解や認識齟齬が生じやすい上に、対応可否の意思決定プロセスがあいまいであることが多い。また海外拠点の現地メンバーだけでの意思決定は、本社側との軋轢が生じるリスクがあり望ましくない。まず、要件をファクトベースで押さえた上で意思決定プロセスをスタートし、本社と海外拠点との間で誤解や齟齬のないように進め、双方にとって納得性の高い合意形成が必要である。

(3)海外拠点の現地法的要件や国民性に根付いたプロセスに対する理解・知見

この点では、各国に拠点・パートナーシップベンダーを持ち、そうした経験・知見を豊富に持つSAP導入コンサルタントの活用が有効である。本社側の適切なガバナンスが伴えば、同一チームにより近隣地域・複数拠点の同時平行導入も可能だ。

これらのポイントを確実に押さえることで、短期間・低リスク・低コストでのSAPグローバルテンプレート展開の成功に近づくことができるだろう。

おわりに

製造業のロジスティクス領域を取り巻くビジネス環境は、この数年特に変化が激しく、またコスト上昇にも見舞われている。そのため、SAPグローバルテンプレートの構築・展開においては、現状のプロセスの実現だけでなく、管理レベルの高度化を目指し、ビジネス環境の変化に柔軟に対応できることがこれまで以上に求められている。その要求に応えるためには、SAPかんばんのように、そのメリットがこれまであまり知られていなかった機能や、機能拡充が図られてアドオンが不要となりつつある倉庫管理(EWM)、輸送管理(TM)といった領域まで含め、SAP標準機能を最大限に活用することがまず必要である。加えて、本稿で提示したポイントを押さえながら丁寧に、着実にプロジェクトを進めていくことが重要だと筆者は常々考えている。
こうしたプロジェクトを立ち上げようとされる部門、チーム、担当者の方々にとって、本稿がその一助になれば幸いである。

ERPラピッドデリバリー担当

製造業向けテンプレートを用いたERPの短期・低コスト導入から、SaaSやクラウド、モバイル、ビッグデータなどの最新の情報技術を活用した最先端の情報システム構築、グローバル展開プロジェクトまで支援。豊富なITコンサルティングのノウハウと高いスキルに加え、強力なグローバルネットワークと幅広い分野における高い技術力を活用し、企業の情報システムのあらゆる側面を幅広くサポートする。

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