2021.07.01

グローバルERP導入の前さばきとしてのグローバル業務標準化

ERP導入を検討する際に、はじめに実施すべきブループリントフェーズ

宿谷 俊夫 

Summary

  • 日本の製造業の海外拠点は規模が小さいことも多く、拠点固有のERPを利用しながら、独自のオペレーションを回している
  • 欧米企業は、グローバルで一体となったビジネス構造の構築を目指すことが多く、海外拠点個別の活動よりも、グローバル全体で業務やERPを定めてビジネスを進展していく傾向が強い
  • ビジネスの考え方や戦略の違いにより、グローバルでのガバナンスのとり方、グローバルERPの姿は異なる。グローバルERP導入を成功させるためには、導入前の「ブループリントフェーズ」実施による「グローバル業務標準化」が重要である

コンサルティング現場から見た日本企業における海外拠点の現実

我々は、日本の製造業の海外拠点群(複数の海外主要工場や主要販社)現地を訪問し、当該拠点の実情を深耕しつつグローバル視点で改革を行うビジネスコンサルティングを実施している。それら拠点でよく目にするのが、「海外拠点独自でERPを導入し、苦労して使いながら業務を回している」という実態だ。なぜ、日本企業の海外拠点ではERP活用がうまくいかないのか。事例を紹介していきたい。

まずは、比較的大規模な日本企業の米国工場を中心とした米・欧の複数拠点の事例を挙げる。
当該企業では、日本本社からのガバナンスが効かず、海外複数拠点のビジネスの実情がどうなっているのかわからないという状況が続いていた。特にM&Aで欧米系の企業を獲得した日本企業では、このように本社から拠点の実情がわからないことはよくあることだ。
この米国工場は、既にERPを導入し、効率化されたオペレーションを実現しているモデル拠点となりうるとされていたが、現実は違った。この拠点では、自前の予算で拠点向けのERPを導入したのだが、導入時のメンバーはIT系、業務系問わず既にほぼ退職してしまっており、ERPを使ったオペレーションを理解しているメンバーは少数となっていた。そのため、ERPがあるにも関わらず、受発注や在庫などの業務データや経営管理データをExcelで管理・運用しており、本来必要のない作業によって業務が煩雑になっていた。

次に、中規模の東南アジアの工場でも、同様のことが起きていた。ERP導入時のメンバーの退職により、現場のERP機能やオペレーションに関する理解度が低く、Excelでの非効率な業務が常態化していた。
さらに小規模の海外拠点では、予算もなく、人件費も安いためERPなどは導入せず(またはできず)、Excelや紙でオペレーションを回している、という場合がほとんどだった。

欧米企業のグローバルERP戦略

欧米企業のグローバルERP導入プロジェクトでは、“Integration”(グローバルレベルでの統合)を導入の目的の一つとして挙げる場合が見受けられる。もちろん、多くの日本企業と同様に効率化や高度化、グローバルの経営管理などについても目的の中には含まれているのだが、“Integration”が含まれている日本企業のプロジェクトは少ないだろう。

“Integration”の実現とは、海外の拠点の大小に限らず全て同じシステムを使うこと、これにより「グローバルに標準化された業務プロセス」を導入すること、さらには米国などの本社から各海外拠点を統制すること、と定義できるだろう。これは、特に米国企業において、国内の拠点だけでも多様な民族や文化を持つ人々の集団であることから、それを統治していくためには共通の「言語」である業務やシステム、コードといったものが大変重要だ、という考え方に基づいている。
また、グローバルへのERP展開後は、システムの維持運用、ユーザーへの新業務や新システムの習熟度向上、教育などは、ほとんどの場合において本社が管轄しグローバルに対応する。そうすることで、海外拠点特有のJob Hoppingが多発したとしても対応できる。さらに、費用負担についても、各拠点のユーザー数によって費用を案分することで、小規模拠点でもグローバル標準のERPを使ってオペレーションを回していくことができる。
プロジェクト体制については、IT部門がリードすることはあまりなく、ビジネス側の人材が通常の職制(評価、被評価の関係)をそのままプロジェクトに持ち込む形式で、ビジネス人材主体でプロジェクトを回していく(場合によっては統合テストなどを実行する場合もある)ことが多い。この形式はメンバーの現業への負荷を高めることにもなってしまうのだが、プロジェクト活動も評価されるため、メンバーのモチベーションや主体性を維持する副次的効果もあり、何よりも、システム稼働半年以上前から多くのユーザーに新しい業務やシステムへの理解が浸透することが最大の効果である。

とはいえ、ここで述べた欧米企業の手法は、既に15年以上前から標準化されており、前述のような近年の日本企業の姿と比較すると、日本企業はこのまま各拠点個別でのERP導入を含む各種改革、改善活動を実施していくことでよいのだろうか、と懸念を抱いてしまう。

製造業における日本企業と欧米企業の違い

なぜ、このような違いが日本企業と欧米企業とで出てくるのだろうか。
もちろん例外はあるのだが、一般的に日本企業は国や地域ごとの地産地消型のビジネス構造になっていることが理由として挙げられる。つまり、ASEANなどの地域や国に製造機能と販売機能がセット進出し、当該国または近隣諸国から原材料を供給され、そこで販売する、という構造なのだ。海外の工業団地では、当該企業から見ればサプライヤーにあたる日本企業と、顧客にあたる日本企業とが隣り合って工場を建てるようなこともある。
このようなビジネス構造であれば、ERPなどを活用し当該企業のグループ/グローバル拠点に情報共有する必要性は比較的薄く、いわゆる個別最適な業務やERPでも困らない、という考えに至るのは理解できる。

その反面、欧米企業では本国など比較的安定した国に主力工場があり、海外拠点はほぼ販社で構成される「グローバルサプライチェーンマネジメント(GSCM)」型になっていることが多い。
その理由としては、技術流出を含むカントリーリスクを考慮し、重要なレシピやBOM(Bill Of Materials:部品表)の情報を持つ大規模な工場は安定かつ信頼しうる国に置き、海外販社には技術的、知的財産的に比較的対等な資産を持つ現地企業と合弁を組むことでリスクを低減しつつ、可能な限り資産を持たないというビジネス環境を構築する。つまり、カントリーリスクが発現した際には、比較的容易に撤退できるようリスクヘッジするという戦略または考え方を持っているからだと説明できる。

このような戦略や考え方に基づくと、GSCM型ビジネスにおいては、海外販社から本国工場への受発注や在庫引当などのデータを頻繁にやりとりすることが必要になり、そのためにはグローバルで標準化された1インスタンスのERPの導入が必須になってくる(当該企業のビジネスにもよるが、グローバルで一つのインスタンスの場合も、事業ごとの場合もあり、ビジネスに合ったインスタンス像を検討することは必要である)。そしてその前提としての「グローバル業務標準化」が必須となる。
さらに、このようなグローバルERPを導入するには、品目などのグローバルでのコード統一、使い慣れた既存システムからの脱却、これまであまりシステム化が進んでいなかった拠点における(ユーザー数での費用配賦はあれど)コスト増の甘受、そして、それらに伴う各拠点の抵抗感の払拭など多くの課題がある。これを可能にするのがガバナンスの強さ、ということになる。

欧米企業の多くは上位下達が常態であり、トップが示した方向性に各海外拠点が従う。しかし、トップダウンの指示がなかなか浸透しない、または現場が強い日本企業では、本来経営層が実施するべき方向性の説明や説得などもIT部門が実施することも多く、なかなか前述のような方向性を決定、周知することは難しく、難しいがゆえに断念することも多い。
そのため、筆者の経験としては、欧米企業でのグローバルERP導入プロジェクトのほうが円滑に進みやすいと感じている。

ビジネス構造と表裏一体なアプリケーションアーキテクチャの策定

では、日本企業において、もし経営層からグローバルにERPを導入せよ、というお題をもらった場合、または、今の海外拠点個別のERPの在り方に疑問を持ち、何らかの活動を行うことを決意した場合、どうしたらよいのだろうか。
アプローチとして、まずトップダウンで当該企業の戦略を分析し、ボトムアップで国内外の業務プロセスやシステムの現状、さらにはユーザーの改革への抵抗感などを分析し、将来の標準化されたグローバルビジネスの姿とアプリケーションアーキテクチャを策定していくフェーズ、「ブループリントフェーズ」を持つことが重要である。ベンダー選定や要件定義はその後だ。このフェーズを通じて、当該企業のビジネスのやり方や構造、海外拠点の在り方などと整合をとったグローバルベースでのシステムのグランドデザイン(アプリケーションアーキテクチャと呼ぶ)を定め、その大きな絵のなかで、本社や国内外拠点のERP化を論じていく。
このようなアプリケーションアーキテクチャがないまま、各法人が自らの予算の中で企画書を上げ、ベンダーを選び、当該拠点のERPとして導入したために、冒頭の事例のような結果になってしまったことは自明の理である。

しかし、一部の企業では、自社に導入するERPと自社のビジネス構造は表裏一体であるという認識がそれほど強くなく、ERP=IT部門の役割という考えのもと、ビジネス側がIT部門にシステム導入を担当してほしいと考えることは往々にしてある。その場合、IT部門が前述のブループリントフェーズにおいて、ビジネスを分析し、それに合致したアプリケーションアーキテクチャを策定するといった「ビジネス側に食い込んだ」活動をすることになるが、業務分掌上、困難である場合が多い。そのような場合には、外部のコンサルタントを活用することもグローバルERP導入における有効な一つの手段であると考える。

グローバル業務標準化

ブループリントフェーズの非常に重要な構成要素は「グローバル業務標準化」である。

まずは、ERP導入というシステムの視点からその必要性を述べる。IT部門は、拠点や事業などの個別業務要件が多ければ多いほどERP導入の費用が高くなる、ということを理解している。ただでさえERP導入にはコストがかかるのに、本当に必要かどうかもわからない個別要件に対応していくことは、ベンダーの費用だけでなく、できあがったシステム機能を検証するユーザー側にも多大な負担がかかる。そのため、IT部門は可能な限り個別要件を少なくするよう働きかける一方で、ビジネス側は業務プロセスの変更を回避するために個別要件を保持しようと働きかけることが多い。
従来、このような個別要件の妥当性は、業務要件としてビジネス側からIT部門にその必要性と重要性が説明され、IT部門はそれを受け入れることしかできないのが常であったように思われる。しかしながら、グローバル業務標準化では、最初のブループリントフェーズの中で、コンサルタントなどの外部人員がリードしつつ、IT部門参加のうえ、ビジネス側と個別業務要件や各種業務課題についてヒアリングや議論を行う。そうすることで、合理性・妥当性の乏しい個別要件を、双方の合意のもと識別することができる。
そして、必要に応じてベストプラクティスや最新技術などを埋め込み、標準業務プロセスのドラフトを作成する。最後に、最終化したドラフトをビジネス側に提示し、経営層の承認を得る、というステップを踏む。これら一連の活動にIT部門のメンバーが深く関わることで、IT部門の業務知識が深まり、ERP導入のフェーズでは、一定の業務知識を持つシステムのプロとして参画することができる。ここにも、大きなメリットがあるのではないかと考えている。

次に、業務の視点から簡潔に解説する。グローバルに標準化された業務プロセスとは、全ての海外拠点について「統一された」業務プロセスということではない。地域や事業、商品などの特性により業務プロセスが異なることは当然であり、それらを「統一する」ということは、ERP導入の費用抑制という側面はあったとしても、地域などに適合した合理的な業務の仕方を覆すことになってしまう。海外拠点の現場のオペレーションを、企業の戦略や将来のビジネス構造に合致しうるグローバル標準業務プロセスへと変革していく過程で、妥当性の低い個別業務を排除していくという視点を重視することが、グローバル業務標準化の要であると我々は考える。

おわりに

本稿では、グローバル標準業務プロセスやそれを実装したグローバルERPについて述べ、グローバルへのERP導入の考え方や欧米企業が既に取り組んでいる手法と日本企業の現実との相違点などを解説した。
現在でも、日本企業と議論をする際、こういった考え方はまだ早計である、または、ガバナンスをとることが難しいため不可能だ、などと消極的な意見を耳にすることもある。
しかし、例えば、当該企業のASEANビジネスが重要な位置づけにあり、ASEANリージョン標準業務プロセスを策定する場合、ASEAN統括会社があれば、グローバル全体へガバナンスを効かせることは難しいとしても、少なくともASEANリージョンに限定したガバナンスを効かせる術は検討できる。また、当該企業の一事業のみグローバル化が発展している場合は、事業向け標準業務プロセスを策定することもあるだろう。その場合は、事業本部長がグローバルに事業を統括する責任を負っているだろうから、その事業単位でガバナンスをとるなど、ガバナンスを効かせる範囲を絞って検討を進めることもできる。
企業の特徴を踏まえたガバナンスのとりかたも含めて、各社のグローバル標準業務プロセスの策定について考えていくことも我々の役割とし、これからも支援を続けていきたい。

宿谷 俊夫

グローバルITマネジメント担当

マネージングディレクター

※担当領域および役職は、公開日現在の情報です。

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