2022.10.31

次世代消費社会モデルの実現に向けて

生活者・小売の力で社会を変革するために

水島 謙作 

産業革命以降、大量生産・大量消費の仕組みで社会は大きく発展してきた。人々の生活は豊かになり一定の経済発展が実現している。一方で社会が抱えるロスは膨らみ、商品だけでなく、資源・労働力・時間・エネルギーなど、さまざまなロスが世界共通の課題になっている。
小売の現状を見ると、ECを始めとする販売チャネルの多様化や社会価値の変化により、生活者の価値観・購買行動が変わってきている。世界中から良いものを、より安く、より多く、より多くの場所に送ることで満たされていた生活者価値が変化しているのだ。それに伴い、CO2排出量の増加や生産のロスなど、新たな社会課題が経営に与えるインパクトが増大している。
今こそ大量生産・大量消費を支えてきた仕組みを変革し、次世代消費社会の実現に向けて、バリューチェーン全体にわたる変革に取り組むべきである。
本稿では、バリューチェーンと生活者を繋ぐ鍵である小売に期待される役割について、生活者価値の変化にフォーカスしつつ概説する。

社会的価値観の変化

サービスやモノを消費する「消費者」を、消費したうえで生活する「生活者」と呼ぶ考え方がある。社会環境が大きく変化したことで、かつての大量生産、大量消費の時代に生活者が求めていた価値から、自分たちの消費行動が環境や生産に関わる地域や人々にどのような影響をもたらすのかを考える志向へと変化し、この流れは増大・加速している。
消費財製造業も小売業へモノを届け、それで終わりではなく、製品が生活者の家庭に届き、どのように使われているのかまで考えることが重要になっているのだ。

より良き消費社会へ

消費社会における未来像として、「必要なものが、必要な時に、必要なだけ届けられる “ムダがない仕組み”」というものがある。
廃棄をできる限り少なくしていくという観点では、製造業には使用後までを考慮した商品設計が求められるようになり、大きな社会課題のひとつである食品などの廃棄ロスに対しては、食品メーカーだけでなく、小売、生活者が一丸となって取り組む流れができ始めている。メーカーにおける資材削減を目的にした商品設計はもちろんのこと、5R(リデュース、リユース、リサイクル、リフューズ、リペア)の内の、「リフューズ:廃棄の元になるものをなるべく買わない・使わない」という考えに基づき、飲料は缶やペットボトルではなく、マイタンブラー、マイボトルの使用を前提とした量り売りやリターナブル容器に変える取り組みが、今後、一層増えることも考えられる。
こうした流れの背景には、生活者が社会の一員として、より良い社会作りへの参加欲求を満たすための「正しさ」を求めているという価値の変化がある。品質と価格、買いやすさ、選ぶことの楽しさという従来の消費の価値に、「正しさ」という観点が新しい価値として加わったのだ。

生活する人の価値を反映する取り組み

従来、製造から小売に至る工程で意識されていたのは、Quality:品質、Cost:価格、Delivery:納期や商品へのアクセスのしやすさ、Variety:品揃えで、これらをまとめてQCDVと言われていたが、近年、Rightfulness:正しさを加えたQCDVRが意識されるようになっている。そのモノがどこから来たのか、どのように運ばれて来たのか、そういったことも含めたコトの部分で、これは正しいモノであるということを証明しなければいけない時代になってきている。原材料採取のプロセスにおいて人権が尊重されていないモノは生活者から選択されないようになり、フェアトレードや売上金の一部が環境保全にあてられるといったような、「正しさ」がそのモノの価値の一部と考えられるようになっている。つまり、QCDVに加えて、「正しさ」を感じられるようなストーリーが、新たに購買の動機付けとなってくると考えられる。
小売・流通業に影響を与える、グローバルな3つの大きな社会変化がある。一つ目は経済圏のブロック化で、これはロシア・ウクライナ問題に端を発する経済制裁で顕在化したような、民主主義国と専制主義国とで経済圏が分かれブロック化する構図をいう。二つ目はバリューチェーン再構築で、感染症パンデミックや自然災害で途絶したバリューチェーンを、変化に耐えうる、追跡可能なネットワークに再構築する動きである。3つ目がSDGs志向で、既に多くの企業が対応を強化している通り、サステナビリティが生活者価値になっている。これらは、小売・流通業の視点で見ると仕入れ方、運び方・持ち方、売り方が同時に変わっていくことに繋がる変化であり、これらをタイムリーにビジネスに反映することが求められる。

次世代の消費社会モデルを作る

前章では、価値観の変化として、SDGsに代表される社会課題への適正な対応や、「正しさ」の価値観が一致する経済圏でバリューチェーンを構成することの重要性に触れたが、そのような生活者のニーズを反映したより良い商品を、より早く市場へ届けるには、企業活動から生まれるQCDVRの価値をデータで正しくとらえ、データに基づきより早く意思決定していくことが不可欠である。

筆者がコンサルティングを行う中で、小売・流通業において企業が大切にする価値を市場に届けるためのアプローチをData Driven Retail(DDR)というコンセプトでまとめている。DDRは、企業が大切にしている価値(コアバリュー)と、その価値が現れてくるデータ(ドライバ)を定義し、テクノロジーを用いてドライバを適切かつ継続的に維持・管理することで、コアバリューを実現し続けることを志向している。

現在、消費財/小売・流通業界において進んでいるDDRの取り組みをいくつかご紹介する。

図1:消費社会の未来像

 

情報連携とAIによる需給予測

廃棄物削減と適正な供給を行うため、サプライヤー・メーカー・卸・小売など、バリューチェーン全体を横通しした情報共有の仕組みのプラットフォーム化と、AIによる需要予測を活用した生産数・発注数の最適化の取り組み。

商品開発プロセスの改善

生活者ニーズを反映した短期間での商品づくりを目指し、小売と消費財製造業連携でのデータの収集・活用・分析や、商品開発プロセスを短期化するためのデジタル化、製造におけるスマートファクトリー化など、新たなプロセスや組織・仕組みづくり。

調達機能の高度化

世界的にサプライチェーンが乱れ、さまざまな原材料が高騰し、消費財業界においても小麦、米などが手に入りづらい問題への対応として始まった、安定調達を目的とした、輸入元の分散化や、リスクシミュレーションなど自社内の商社機能を強化する取り組み。

物流の効率化

物流の2024年問題に向けた積載率効率化・共同配送の取り組み。物流情報の共通プラットフォーム化を図り、競合他社含め業界横断でさまざまなデータの共有や自動化を進め、共同化による高付加価値化・効率化を進める動きが顕著。
また、ECによる個人への小口配送が増えたことによる物流ひっ迫の改善に向けた、オーダーごとの配送から週単位での配送への切り替えや、個別配送から建物やエリアへの配送など新しい運び方の検討。

企業横断型のサプライチェーンマネジメント

従来型のサプライチェーンマネジメントは、川上・川下と流れていく中で企業が分断され各個別最適を実現するしかないという課題を抱えていた。特に消費財/小売・流通業界においては技術的な限界により、膨大なトランザクションデータ量の管理は不可能であった。近年のテクノロジーの進化により、技術的な限界は取り払われつつある。川上・川下をつなぐデータハブの構築、データ的にサプライチェーン全体を見渡すことのできる取り組み。

グリーン商品企画

2025年カーボンニュートラルに向け、各社CO2削減目標がある。経済経産省から出されているベンチマーク値に加え、自社で算定をより精緻化し、商品企画プロセスに取り込むことで、CO2削減に積極的に取り組む動き。

販売チャネル多様化・サービタイゼーション

ECの拡大に加え、消費財製造業による独自のD2C(Direct to Consumer)モデルの構築や、商品の売り切りモデルから「使用・消費」シーンまでを取り込んだサービスモデルへの転換など、新たなビジネスモデル構築の取り組み。

ファンとのエンゲージメントを志向したECサイト

ECは伸長しているが、“ECはどこで買っても差がない”というジレンマに陥っている。生活者に自ら“このECサイトで買うこと”を選択してもらい、生活者をファンとしてエンゲージメントを強化し続けるようなECサイト構築の検討。

おわりに

小売業のミッションは商品・サービスを適切な品質、価格、納期で品揃えし、生活者と商品の出会いの場を提供することである。換言すれば、小売業は生活者価値を映し出す鏡である。そして小売業が提供価値を変えることで、生活者価値の変化を加速させることも可能かもしれない。
環境破壊や資源枯渇の進行はかつてなく速く、現在、未来の社会に与える影響は甚大である。小売業がリードをとって、消費のあり方そのものを、より「正しい」ものに変えていく、すなわち、社会変革の立役者になることが期待されている。本稿がそのようなビジョンを持つ企業の一助になれば幸甚である。

水島 謙作

SPA担当

パートナー

※担当領域および役職は、公開日現在の情報です。

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