2023.03.16

Data Driven Retail

小売・流通におけるデータを起点とした継続的なビジネス改善手法

阪本 健一郎 栗原 直樹 

一般に消費者と呼ばれるエンドユーザーを、当社では、サービスやモノを消費する「消費者」ではなく、消費したうえで生活する「生活者」と呼んでいる。生活者の価値観は今日、従来の「大量生産・大量消費」のモノを前提としたところから、社会の中での正しさや、商品にまつわるストーリーといった、コトを重要視する方向へと向かっており、それに伴い消費行動に変化が生まれている。この変化は購買するモノ・コトからそれに紐づく情報、タイミングなどに繋がり、必然的にサプライチェーン全体に影響を及ぼす。特に生活者の購買行動に直接影響を受ける小売・流通企業は、それらの変化に応じた変革を迅速に実現していく必要がある。
企業がデータに基づいて戦略を定め変化に対応していく手法の一つとしてデータドリブン経営が注目されている。しかし、ほとんどの小売・流通企業では、データ活用のノウハウがないことやリソース不足により、これを実現できていない。本稿では、こうした現状の打開に向け、データの中から消費行動の変化を捉える”価値あるデータ”を特定し、それを使って企業変革に繋がるビジネス改善活動の循環を作る、Data Driven Retail(DDR)というアプローチを提言している。小売・流通業に起きている変化と業界の特徴を概観した上で、なぜDDRが有用なのかを解説する。

生活者の変化に直接向き合う小売り・流通企業

生活者の価値観は「大量生産・大量消費」に代表される個人便益志向から、自身の消費行動が環境や生産工程に関わる地域や人々にどのように影響するかを考える環境配慮志向へと変化している。具体的には、廃材を利用したリサイクル商品や毛皮などを利用しない衣類のようなエシカル商品、より環境負荷の低い地産地消の商品を志向するような変化である。近年のパンデミックによる生活様式の変化から自宅時間が増えたことで、他者の目を意識した見栄え重視の商品よりも日常生活を充実させるような商品へのニーズが高まる動きも目立っている。また、コロナ禍で余儀なくされた外出自粛を契機にECを利用した自宅にいながらの消費行動も増加している。
これら生活者の行動変化に対して、メーカー等とは異なり、小売・流通企業には常に生活者と直接向き合い、消費行動の変化の波を最前線で受け止め、様々な角度から対応していくことが宿命づけられている。例えばメーカーであれば生活者の変化に際して“新しい製品“を開発することで対応するが、小売・流通企業の場合は、”商品の品揃え“を変えるだけでなく店舗や陳列棚のレイアウトや営業時間、物の受け渡し方など、際限のない変更が必要になる。

図1:消費行動の変化に対する小売、メーカーの対応

 

小売・流通企業に集まる大量データ

小売・流通企業には他の業種とは異なる次のような特徴がある。

小売・流通企業の特徴
・不特定多数の生活者を相手にしている
・生活者へ提供する商品やサービスの種類が多い
・店舗やECサイト等、多くの顧客接点を持つ

コンビニエンスストアチェーンのセブン‐イレブン・ジャパンを例にとると、全国では約2万店舗が営業しており、1店舗の24時間の来客数は数百人から数千人に及び[1]、SKU数は2000~3000種といわれている。各店舗は更に、季節性商品の入れ替わりや、商品以外の多種多様なサービスに対応している。

こうした事業活動を通じて、多くの生活者の消費行動が小売・流通企業にデータとして蓄積される。消費財メーカー等の他業種ではこれらのデータを収集することは出来ないため、購買データを保有していることが小売・流通企業の強みになっている一方で、データ量が多い故に活用の難易度が高いという側面もある。

図2:コンビニエンスストアチェーンに蓄積される大量データ

 

変化対応のためデータドリブン経営

価値観の変化に伴う生活者の購買行動の変容は先般のパンデミック時のように、ある日突然現れるわけではなく、日々気づかないような微細で断続的な変化が積み重なって現れてくるものがほとんどである。この微細な変化を捉え、先駆けて企業変革に繋げていくことが必要となっている。
そうした変化は小売・流通企業が保持するデータの中に既に多く残されている。これらのデータに基づき、変化に企業変革で即応するデータドリブン経営が今まさに小売・流通企業には求められている。

小売・流通のデータ活用によるビジネス改善手法DDR

昨今デジタル化を背景に、より安価に様々なデータが保持・入手出来る環境が整ってきている。しかし、多くの小売・流通企業では大量データの活用ノウハウやリソースの不足により、蓄積したデータを十分に活用できていない実態がある。
この課題の解決に向けて、小売・流通業が保持している大量のデータを有効活用し改善活動につなげ、データドリブン経営を実現するアプローチをData Driven Retail(DDR)と定義している。
具体的には、まず企業として実現したいこと・提供したい価値(コアバリュー)に立ち戻り、コアバリューが実現されている裏付けとなる消費行動を整理することから始める。次に、この消費行動の変化が現れたデータを特定し、これを“価値あるデータ”=ドライバデータと定義する。このドライバデータ、すなわち生活者の行動変化をタイムリーに捉え、変化のもとになった要因を特定し、変革に繋がるビジネス改善を継続的に実行する循環を作るのだ。それが消費行動が変化していく中でもコアバリューを実現し続けることにつながる。
例えば、ホームファッションを取り扱うN社はその購買データの中から、セット購入率が下がったことを捕捉し、その要因として価格が生活者の期待よりも高いためセット商品の購入に至っていないことを突き止めた。この場合、下落したセット購入率がドライバデータであり、対応策として物流効率改善に取り組むことでコストを抑え、価格低減と品揃え強化を実現、コアバリューである「トータルコーディネートされた価値の提供」を維持することができている。

図3:コアバリューとドライバデータの関係性

 

コアバリューとドライバデータの例
ホームファッションN社
コアバリュー  :低価格と豊富な品揃えによるトータルコーディネートされた価値の提供
ビジネス改善活動:コスト低減のための、高い物流効率の実現、品揃え強化
ドライバデータ :セット購入率、類似品購入率など

アパレルF社
コアバリュー  :トレンドに左右されない高品質高機能な商品開発
ビジネス改善活動:価格優位性のある調達コストの実現
ドライバデータ :定番品消化率、リピート購入率など

おわりに

消費活動の結果であるデータには、コアバリューを提供し続けるために必要な微細な変化が含まれている。それが、データがヒト・モノ・カネに続く企業にとっての第4の資産といわれる所以でもあるが、その変化を確実に捉えていくことには困難を伴う。この困難を乗り越え、本質的なデータドリブン経営を実現するアプローチとしてDDRが小売・流通企業の変革の一助になれば幸甚である。

  1. [1] 株式会社セブン-イレブン・ジャパン,”数字で見るセブン-イレブン・ジャパン”,https://www.sej.co.jp/recruit/about/numbers/(参照2023年3月10日)

阪本 健一郎

SPA担当

マネージャー

※担当領域および役職は、公開日現在の情報です。

栗原 直樹

SPA担当

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※担当領域および役職は、公開日現在の情報です。

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