2023.09.14

なぜ、そのデジタルマーケティングはうまくいかないのか?

失敗するデジタルマーケティングに共通の課題と成功のためのアプローチ

小倉 英一郎 

Summary

  • ・失敗するデジタルマーケティングは必ずと言っていいほど顧客理解が欠けている
  • ・顧客理解とは、自社顧客の類型と購買行動を把握することである
  • ・顧客理解では、顧客類型分析と購買行動分析を繰り返す必要がある
  • ・顧客類型の分析では、厳密さや緻密さより、特長を把握しやすい分類軸を見出すことに重きをおく
  • ・行動分析は、AIDMA(アイドマ)やAISAS(アイサス)などの購買モデルは参考程度とし、自社顧客の行動からモデルを見出すことが重要である

「失敗するデジタルマーケティング」に共通する本質的な課題

デジタルマーケティングという言葉が聞かれるようになって久しく、今ではデジタルマーケティングは企業における基本的な業務の1つとして定着しつつある。一方でデジタルマーケティングに投下した予算に見合うだけの成果を得られた企業は必ずしも多いとは言えないのが現状である。
デジタルマーケティング活動における主な失敗として次のようなものがある。

・デジタルマーケティング施策のROAS(ロアス)が常にマイナス
企画・実行をいろいろと工夫してはみても、デジタルマーケティング施策より得られる効果が販促費用を下回り赤字になってしまう。
*ROAS:Return On Advertising Spend、広告の費用対効果。「(売上÷広告費)×100(%)」で求められ、広告費を上回る売上があれば100%を超える

・ツールのミスマッチ
高機能なツールを導入したが、使っている機能はその中のごく一部に留まっており、多すぎるツールの機能を使い切れていない。使いたい機能や利用したいチャネルがあるにもかかわらず、ツールがサポートしていない。

・デジタル顧客接点のサイロ化
メールマガジンやコーポレートサイトなど複数のデジタル顧客接点が別々に運用されていたり、全く同じコンテンツが使いまわされたりしているため、デジタル顧客接点を横断的に活用したシナジーを生みだせていない。

失敗する原因についてはそれぞれ固有の理由が考えられ、それぞれ別個の打ち手が必要となるように見える。だが、うまくいっていない課題に対し、単純に裏返しの打ち手を実行してもまず課題が解決することはない。なぜなら実は、すべての失敗に共通する根本的な原因があるからだ。
前述の課題を解決するにあたっては表層の課題に捉われず、まず根底にある本質的な課題を解決し、そのうえで個々の課題への対策を実施する必要があるのだ。

では様々なデジタルマーケティングの失敗に共通する本質的な原因とは何か?それは次の一点に集約される。

「企業は自社の顧客のことを分かっていない」

自社の顧客を理解しないまま施策を企画し実施してしまうため、費用に見合う売上が上がらない。顧客の理解に基づく必要性ではなくベンダーの流麗な売り文句に惹かれてツールを導入してしまうから、ツールの機能を使い切れない。顧客がどのような目的・理由でデジタル接点を回遊するかを理解せずにコンテンツを掲載するから、顧客接点がシナジーを生み出さない。
自社の顧客について理解していないから、デジタルマーケティング活動がうまくいっているとは言い難い状況に陥るのである。

 

顧客が分かるとはどういうことか

顧客が分かるというのは、自社の顧客における次の2つの事柄が分かっている状態を指す。

  • どのような顧客がいるのか(顧客類型)
  • それぞれの顧客類型がどのように購買に至るのか(購買行動)

同じ商品でも、顧客によって購買に至る動機や経路は全く異なる。例えば目に良いサプリを買う顧客類型として「近眼に悩んでいる高齢男性」は当然想定されるが、データを分析していくと「長時間の受験勉強で目に強い負荷がかかる学生」も顧客として一定数存在することが分かる。そして分析していくと高齢男性はテレビ視聴中の通販広告から流入するが、学生は受験生向けSNSの体調管理コミュニティに投稿された口コミから流入し、数回の訪問後にはじめて注文するなど、全く異なる購買行動を取ることが分かる。

ここまで分かれば、顧客類型に合わせて具体的な施策を検討することが可能となる。前述の「長時間の受験勉強で目に強い負荷がかかる学生」向けの販促施策であれば、SNSと自社ECを用いた受験生応援型のインフルエンサーマーケティングが考えられる。例えば、まず学生向けSNSとのタイアップによる興味と需要の喚起を行い、自社ランディングページにはインフルエンサーによる受験応援メッセージを掲載することによってプリファレンスを高め、受験生向けランディングページ経由でかご落ちした顧客にはインフルエンサーの写真入りのメッセージを送ることによるリマインドを促すことで施策全体のコンバージョンレートを高める、といった販促施策である。

顧客類型に応じて施策を打つことで、対象外の顧客にまで無駄な広告を打つことがなくなり、デジタル接点を組み合わせてシナジーを創出ができるようになる。ここまで明確に活動できるようになればデジタルマーケティングツールに必要な機能も明確になり、必要以上に高機能なツールを選定してしまうこともなくなる。

顧客類型が分かり、それぞれの顧客類型の購買行動が分かる。この状態を指して顧客理解ができていると言える。そして、顧客理解があってはじめてデジタルマーケティングは成功するのである。

顧客理解の方法

顧客を理解するための方法は大きくデータ分析と行動観察の2つの手法がある。データ分析はデジタル顧客接点から収集したデータを分析して顧客理解を進める方法、行動観察は実地で顧客の行動をつぶさに見て分析することで顧客理解を進める方法である。

データ分析は統計的な分析が中心となり、顧客全体の傾向や特長を俯瞰することに向いている。データを絞り込んでドリルダウン分析を行うこともできるため、顧客類型、購買行動の分析のどちらにも適応可能である。行動観察の方が、より深い顧客理解が可能だが実施するための負荷が高く、分析対象はごく少人数の顧客の観察に留まってしまう。データ分析が広く全体を見る手法だとすれば、行動観察は深く個人を見るためのもので、基本的には顧客類型を把握した後の行動分析のための手法であり、顧客類型を把握するための手法ではない。

取り扱う商材にもよるが、デジタルマーケティングの場合はデータ分析による顧客類型、購買行動の把握を通じた顧客理解を行うことが一般的である。

 

顧客理解のためのデータ分析を成功させるポイント

まず行うのは顧客類型の作成であり、その次に作成した顧客類型の購買行動を把握していく。時間がない場合など、最初のデータ分析はほどほどに、仮説を中心とした顧客類型を作成することもあるが、仮説が外れている場合は行動を分析しても示唆を得ることができない。また、仮説が先入観となってしまうことにより、データ分析において重要な示唆を見落としてしまうこともある。ある程度データを分析して特長のある顧客集団を見つけるまでは試行錯誤を繰り返し、データ分析から見出した顧客集団に注目して分析を進めるのが好ましい。

購買行動の分析では顧客類型ごとの行動・購買データを分析し、キーとなる行動変数や心理変数を発見する。1回の分析で顧客類型と購買行動を完全に把握できることは通常はないので、これらの分析は行き来しながら繰り返し行うことになる。例えば、行動や心理に関する新たな理解に基づいて顧客類型を見返すことにより、顧客類型に関する新たな仮説が生まれることがある。
このとき、顧客類型に関する新たな理解により対象顧客数がより絞り込まれると、分析対象となるデータも絞り込まれることになり、行動・購買データからより顕著な特徴が見出せるようになる。また、顧客の行動や心理に関する理解を深めた結果、1つだと思われた顧客類型が複数の顧客類型に分かれていることに気が付くことがあるかもしれない。いずれにしても、顧客類型と購買行動を繰り返し分析することにより、顧客像の精緻化を進めていくことが重要である。

 

顧客類型化においては、MECE(ミーシー)の追求やセグメントの過剰な作りこみは避け、業務的に意味があるレベルで分析を終了させることが重要である。MECEにしやすい分類軸と、デジタルマーケティング的に意味のある分類軸は必ずしも一致しない。MECEになることを優先して分類してしまい、セグメントごとの特徴がぼやけてしまうのはよくある失敗パターンである。

また、データ分析の一般論として、特長のある分析軸の見出しによるデータの細分化はどのような少量のデータに対しても行うことができるが、これはデータ分析による顧客セグメンテーションにおいても同様であり、その気になれば顧客セグメントはどこまでも細かくしていくことができる。だが、顧客セグメントの細分化を繰り返すと、それだけ各セグメントに含まれる顧客数が少なくなり、1つの施策・広告がカバーできる顧客の数が少なくなってしまう。過剰なセグメンテーションにより施策の費用対効果が上がらないというのはよくある失敗パターンである。

行動分析においては、AIDMAやAISASといった一般的に知られている購買モデルを過信せず、顧客の購買行動を分析する中でモデルを見出すことが重要である。現在、AIDMAやAISAS以外にも様々な購買モデルが提唱されているが、特定の条件やコンテキストを前提としたものが多く、そこから外れた場合にはうまくフィットしなくなる。既存のモデルはあくまで特定・固有の状況を抽象化したものでしかない。そのような購買モデルを金科玉条として、モデルには当てはまらないが重要な顧客の行動を見落としてしまうのであれば、それは本末転倒である。既存の購買モデルを利用する場合、あくまで顧客の行動をクイックに分析・構造化していくための初期のひな形として用い、分析結果に応じて購買モデルそのものを作り変え、柔軟かつ正確に顧客の行動を捉えていくことが重要である。

おわりに

海上でやみくもに網を投げたとして、その中に大量の魚が入っている可能性は極めて低いが、いつどのあたりに魚が集まるかが分かった状態で魚がいそうな場所に網を投げるなら、その網の中には大量の魚が入っている可能性がより高い。顧客を理解するということは海中の魚の動きを把握するということであり、それが分かってからがデジタルマーケティングの本当の始まりとなる。

少々大げさな言い方になるが、自社の顧客が理解できれば、そのあとの施策はすべてうまくいくようになると言っても過言ではない。自社の顧客が誰で、どのような動機で、どのようなきっかけで、どのような検討観点で商品を選ぶのかが分かれば、あとは自社で有する顧客接点を活用し、彼らの意思決定や行動を後押しするための適切な支援を行うだけである。マーケティングオートメーションツールも、パーソナライズドコンテンツ作成ツールも、マーケティング業務対応の生成AIも顧客の支援を効果的に行うためのツールにすぎず、ツール活用に先立つ顧客理解がなければ使いこなしようがないのは論を俟たない。

本記事の読者が自社の顧客をより深く正確に理解し、デジタルマーケティングで大きな成果を得ることを願う。

小倉 英一郎

デジタルトランスフォーメーション担当

マネージャー

※担当領域および役職は、公開日現在の情報です。

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