2023.10.10

メタバースが「教育」にもたらす効果とは

不登校対策、追体験、技術継承…「メタバースの今後」を展望する

小西 宏明 

Summary

  • メタバースは今後普及期に入るとの予想もあるなか、教育分野に関しては国の補助金等の後押しもあり、特に不登校対策での活用が進んでいる。
  • メタバースおよびXRと教育を掛け合わせた施策の持ち味として、プロテウス効果(自己開示を促す効果)によるコミュニケーション促進、アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)解消に向けた他人の痛みの追体験などがある[1]。
  • 学校教育だけでなく産業分野でも今後、メタバース/XR、AIの進展(言語の壁の解消)により、安全教育や技術継承への活用が大いに進むと予想される。

はじめに

メタバースは現在黎明期に位置付けられている。これまで学校教育におけるメタバースやXRの活用は、主に地理的制約条件を取り払うための手段であった。具体的には離島や過疎地など、教員の確保が困難な分野の指導を遠隔地から行う取り組みで、既に複数の教育機関で進んでいる。そして近年では地理的制約の解消のみならず、“メタバースならでは”の特性を生かした活用方法の模索が進んでいる。
そこで本稿では、「教育」という観点から見たメタバースの効果や、今後想定される用途や実現課題など、筆者の展望を紹介する。

1.不登校対策など、教育分野での活用が進むメタバース

新たな動向として、不登校児童への支援が大いに注目されている。愛知県大府市の事例では、メタバースを構築し、直接のコミュニケーションが難しい児童生徒に対して、気軽に相談できる場を設けるほか、メタバース空間内に交流スペースを設置し、児童生徒が興味を持てるような体験教室等のイベント開催を計画している[2]。 この事例は愛知県が国のデジタル田園都市国家構想に事業計画を提案し、令和5年度の事業の一つとして採択されたものだ。(事業費16414千円)

また、文部科学省の「令和4年度 次世代の学校・教育現場を見据えた先端技術・教育データの利活用推進事業」では、富士ソフトの「バーチャル教育空間(教育メタバース)を活用した不登校支援」をテーマとした実証事業が採択された。本実証事業では、東京都小金井市教育委員会等の協力のもと、市内すべての小中学校おいて、不登校児童や生徒へ教育メタバースによる仮想空間を提供し、対面でも遠隔でも教育を受けることのできる場所を選択できる環境と体制を整え、不登校対策における教育メタバースの効果検証と課題の抽出、新たな可能性の検討等がなされた [3]。

2.“メタバースならでは”の持ち味

前述の通り、近年不登校児童や生徒へのメタバース空間の提供によるコミュニケーション促進が図られているが、メタバースの特徴が教育の側面においてもたらす効果とは一体何だろうか。
ここでは、教育分野におけるメタバース特有の期待効果を2つご紹介する。

「プロテウス効果」によるコミュニケーションの深度化
1つは、近年着目されている「プロテウス効果」だ。プロテウス効果とは、ユーザーの振舞いだけではなく、メタバース上のアバターの外見が与える印象が、認知機能や知覚能力にも影響を及ぼすとされる効果である[4]。アバターの性別が握力に影響を与えることを示唆する研究もある[5]。

また、ある研究では、本当の顔を出さないことで自己開示度が向上し、コミュニケーションが深度化することを示唆している[6]。 このことが、不登校児童の教育などにおいて様々なバックグラウンドを持つ生徒の潜在能力を引き出すことに役立つ可能性がある。

「他人の痛み」の追体験が可能
さらにメタバースの持ち味が特に活きる分野として、他人の痛みの追体験を行う体験型学習がある。
ジェンダーや世代間のギャップ、多文化共生や経済格差など、現代社会に存在する様々な課題の解決に欠かせないと世界的に注目されているのが、「アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)」の解消である。アンコンシャス・バイアスとは、固定的な性別役割分担意識や無意識の思い込みであり、以下のような事例がある。([7]より一部事例を抜粋して引用)

  • 性別、世代、学歴などで、相手を見ることがある
  • 「性別」で任せる仕事や、役割を決めていることがある
  • 男性から育児や介護休暇の申請があると、「奥さんは?」と咄嗟に思う

こうした、私たちが知らず知らずのうちに抱いている偏見を解消するうえで、「他者の靴を履いてみる」というアプローチが注目されている。例えば、「立場入れ替わり」実験を実施し、会社の社長と平社員の入れ替わりなど、自分と異なる立場の生活や仕事を体感し、自身が持つ無意識の偏見への気付きを促す事例などがある[8]。

「他人の靴を履く(put yourself in someone's shoes)」は英語で使われる定型表現で、他人の身になってその人の痛みを想像することを指すが、実際の世界で他人の状況を体験するのは難しい。しかしバーチャルな世界を自由に構築できるメタバースであれば再現が可能だ。一例としてはブラインドサッカーが挙げられる。実際に目隠しをしてプレーをすると受傷するリスクもあるブラインドサッカーも、VRを活用してメタバース上で実施することで、安全に「他人の靴を履く」体験をすることができる[9]。

このように、他人の痛みを追体験することにおいて、メタバースの活用が有効であると考えられる。

3.産業分野の教育で注目される用途とメタバース普及のカギ

メタバース活用の模索が進んでいるのは学校教育に限らず、産業分野における「安全教育」や「技術継承」においても注目されている。ここでは今後の産業分野でのメタバース活用可能性や普及のカギなどについて、筆者の見解を述べる。

安全教育や暗黙知の技術継承への活用
「安全」は多くの現場労働において言うまでもなくトッププライオリティに位置づけられている。しかし、環境が最適化されて現場が安全になればなるほど異常時の経験を積めず、有事の際の対応ができなくなるというジレンマがある。これは、製造業、建設業、運輸業などあらゆる業界で共通して生じている課題である。

例えば、これまで安全面において整備されていない環境下で様々な経験を積んできたベテラン層であれば、危険な局面を“肌感”で察知して危険を回避するとともに、有事の際には過去の経験則などをもとに適切な判断・対処ができる。他方で、若手は通常のオペレーションを外れない限りは危険なインシデントの起きないような現場しか経験できず、実際の現場でインシデント対応の訓練をすることもできない。

しかしメタバースであれば、バーチャル空間で危険な状況の経験・インシデント対応の訓練が可能だ。これにより若手においても危険に対する“肌感”を培えるほか、実際の現場での突発的なインシデントにも冷静かつ適切な対処ができる可能性が高まる。このように、現場労働における安全教育をはじめとする暗黙知の技術継承においても、メタバースの有用性が注目されている。

「言語の壁」、「通信の壁」の解消が普及のカギ
安全教育やノウハウ伝承にメタバースやVR技術が有効なことは想像に難くないが、導入には課題もある。例えば製造業では海外拠点への教育を重要な課題の一つとしており、これにメタバースの活用を検討するものの、特に英語以外の文化圏での「言語の壁」や、「通信速度」の2点がメタバース活用の阻害要因となるケースもある。

しかし言語の壁に関しては、AIの加速度的な進化により、近い将来解消されるだろう。例えば2022年に登場したZoomの有料アドイン機能では、多言語への同時通訳(字幕表示)が可能となっており、かなり自然な翻訳を実現している[10]。こうした機能を他のツールが獲得していくのは時間の問題であり、2020年代のうちには、ほぼ完全に言語の壁がなくなるであろうことは想像に難くない。通信速度に関しても5G、6Gの普及に伴い、解消されていくと予想され、これからは産業分野で国を跨ぐ安全教育やノウハウ伝承にメタバースおよびVRが大いに普及するものと予想される。

おわりに

本稿では、メタバースの実用化が進む中、学校および産業分野における「メタバース×教育」の観点での活用可能性について述べてきた。2023年9月には「区役所メタバース」の実証実験も開始されるなど、産官学問わずメタバース活用への取り組みが進んでいる[11]。世界中の多くの人々が日常で当たり前のようにメタバースを活用する時代は、もうそこまで来ているのかもしれない。

  1. [1] Stanford University, Stanford(2007), “The Proteus Effect: The Effect of Transformed Self-Representation on Behavior”, https://stanfordvr.com/mm/2007/yee-proteus-effect.pdf(参照日2023年8月4日)
  2. [2] 大府市(2023), “デジタルを活用して地域課題の解決を!!デジタル田園都市国家構想に大府市が提案した4事業が採択”, https://www.city.obu.aichi.jp/shisei/koho/pressrelease/1003447/1026844/1026900.html(参照日2023年8月4日)
  3. [3] 富士ソフト(2022), “富士ソフト、バーチャル教育空間「FAMcampus」を提供開始
    先生や仲間の存在が学習意欲向上へ”, https://www.fsi.co.jp/company/news/20220330.html(参照日2023年8月4日)
  4. [4] 日本バーチャルリアリティ学会論文誌 Vol.25, No.1(2020), “ドラゴンアバタを用いたプロテウス効果の生起による高所に対する恐怖の抑制”, https://www.jstage.jst.go.jp/article/tvrsj/25/1/25_2/_pdf/-char/ja(参照日2023年8月4日)
  5. [5] 高知工科大学(平成30年度学士学位論文梗概)(2018), “仮想現実におけるアバターが握力に及ぼす影響”, https://www.kochi-tech.ac.jp/library/ron/pdf/2018/03/13/a1190381.pdf(参照日2023年10月2日)
  6. [6] 情報処理学会(IPSJ)インタラクション(2022), “身体的アバタを介した自己開示と互恵性ー「思わず話してた」ー”, http://www.interaction-ipsj.org/proceedings/2022/data/pdf/INT22003.pdf(参照日2023年8月4日)
  7. [7] 内閣府男女共同参画局(2021), “共同参画 特集1 アンコンシャス・バイアスへの気づきは、ひとりひとりがイキイキと活躍する社会への第一歩”, https://www.gender.go.jp/public/kyodosankaku/2021/202105/pdf/202105.pdf(参照日2023年10月2日)
  8. [8] NHKクローズアップ現代(2021), “他者の靴を履いてみる~無意識の偏見を克服するヒント~”,
    https://www.nhk.or.jp/gendai/articles/4569/
    (参照日2023年8月4日)
  9. [9] 毎日新聞(2019), “ブラインドサッカー 児童200人、VR体験 品川/東京”, https://mainichi.jp/articles/20191219/ddl/k13/100/015000c(参照日2023年8月4日)
  10. [10] PC Watch(2022), “Zoom、「翻訳された字幕」機能がアドオンに。有料ユーザーなら月5ドルで利用可能”, https://pc.watch.impress.co.jp/docs/news/1434658.html(参照日2023年8月4日)
  11. [11] 東日本電信電話(2023), “江戸川区の相談対応業務のDXを支援 「メタバース区役所」の実証実験を開始”, https://www.ntt-east.co.jp/tokyo/info/detail/1284986_2608.html(参照日2023年9月27日)

小西 宏明

デジタルトランスフォーメーション担当

シニアコンサルタント

※担当領域および役職は、公開日現在の情報です。

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