2023.01.05

人事×メタバース

【前編】メタバース導入がビジネス活動と社員向けサービスに与える影響

岩佐 真人 

3次元仮想空間“メタバース”を利用したビジネスやコミュニケーションは、近年一般向けのサービス、企業内での活用ともに急速に広がり、ネットワークにアクセスできる人であれば誰でも体験できるようになってきている。メタバース上でビジネス・コミュニケーションが確立すれば、リモートワーク、ダイバーシティの加速につながり、同時翻訳・通訳の技術も重なれば、世界はより狭くなる。となれば、グローバルにおけるESGの流れともリンクし、メタバースの活用がますます広がることは間違いない。
メタバース上で繰り広げられるビジネスやコミュニケーションの背後には、“人”の活動があることは明らかであり、“人”の活動である以上は、人事にもインパクトをもたらす。当然一部にはAIによるNPC(Non-Player Character)によるものも含まれるが。
本稿では、メタバース上でビジネスやコミュニケーションを行うことが人事に与える影響と事前検討事項を前編・後編にわたって考察していきたい。前編では、ビジネス活動における影響と社員向けサービスにおける影響について解説する。

メタバースにより想定される人事への影響範囲

メタバースが人事領域に及ぼす影響範囲は、社外向けのビジネス活動と、社内(社員)向けサービスおよびタレントマネジメントに大別される。下図1は想定されるその影響範囲を示したものである。

図1:メタバースにより想定される人事への影響範囲

 

それでは、領域ごとに、メタバースの活用方法や考慮すべき事項について解説していきたい。

ビジネス活動における影響

労務 × メタバース

新型コロナ感染症の蔓延に伴い、大企業の約69%がリモートワークを導入しているが[1]、テレワーク下の労務管理は出勤・退勤・休憩の正確な時間・中抜け時間の把握が難しい。上長への勤務開始・終了連絡によって労働時間を管理する事例もあるが、客観性を保つには社員・上長の意識改革が必要であり、また、新たなIT導入が必要となる可能性もあるため、人事は正確な労働時間の把握に課題を抱えている。

メタバース上でのビジネス活動は、こうした課題の解決につながる。例えば、出勤・退勤・休憩時間など正確な勤務状態の把握が可能になり、人事は効率的な勤怠管理・モチベーション管理を実現できるようになる。
一方で人事は取得・保存する社員のデータが多くなると、その管理・セキュリティリスク対策が困難になり、社員にとっては自身の詳細な勤務実態が情報として会社に取得されることでプライバシーが損なわれる可能性もでてくる。

こうしたことから、人事の適切な情報管理はこれまで以上に重要になる。社員個人に紐づくような情報をどこまで取得するのか、プライバシーを保護しながらその必要性を社員にいかに伝えるのかを考えることが必要になる。また取得したデータをいつまで、どのように保存するのか、目的に応じてどのように活用するのかを予め決めておくべきであろう。

安全衛生 × メタバース

労働災害による死亡者数は、1988年は2,500件[2]を超えていたが、2015年以降は1,000件未満[3]となり、長期的には減少している。とはいえ昨今は厳しい世相を反映してか、経済性を優先する余り心身の安全性が損なわれる事案も耳にする。このような状況下で安全衛生管理を充実させるために新しいテクノロジーを活用したいと考える方も多いのではないか。
安全衛生の領域ではデジタルツイン的に社員データを活用した健康維持施策にも期待が寄せられているが、今回はメタバースを活用した避難訓練の事例を紹介したい。

例えば、2009年より「中学生消火隊」の合同訓練をおこなっていた足立区の中学校では、コロナ禍で集合形式による訓練実施ができていなかった。そこで、東日本電信電話株式会社と仮想空間「DOOR™」上に「学校」だけでなく「震災後の街並み」をイメージするエリアを作成し、仮想空間上での訓練実施により防災意識を高めることを目指している。[4]

また、森ビル株式会社ではVR技術で火災時の訓練用のシミュレーターの作成を始めている。これにより、現実世界で体験することが難しい臨場感のある初動訓練を、いつでも、どこからでも、何度でも、仮想空間において実施することが可能としている。[5]

避難訓練は事前準備や当日の誘導等、人事にとって重要でありながらも負荷の高い業務だが、コロナ禍で実施が困難、あるいは以前とは異なる配慮が必要な業務となっている。メタバースを活用し、負荷をかけずに社員の安全に寄与する施策は検討に値するだろう。

社員向けサービスにおける影響

社内コミュニケーション × メタバース

リモートワークの普及に伴い、社内コミュニケーションをオンライン上で行う必要性が増している。しかし現在普及しているツールでは、従来オフライン環境で行っていたような雑談など業務と直接関係のないコミュニケーションを実現することは難しい。ステータス確認(出勤の有無、リアルタイムの業務)やコミュニケーションの取り方(相手への声掛けのタイミング、多対多の議論)にオンラインならではの課題があるからだ。
業務とは関係のないコミュニケーションであっても、アイデアや課題解決につながったり、会社と社員、社員と社員が相互理解を深めるのに役立っている側面があり、無視できない課題と言える。

メタバース上では、オフライン環境と相似した環境で社内コミュニケーションを実現させることが可能である。活用例としては以下のようなものがある。

  • 全社総会や社内イベントの実施(豊富なバリエーションでの資料説明、イベントブース設置等)
  • 仮想オフィスでの業務(仮想ビル空間での業務、会議等)

これらは前述の課題を克服しながらも、コミュニケ―ション本来の目的である「社員同士の連携強化」「交流によるビジネス価値創造」を実現している。

ただしこれら施策には、「ITリテラシー格差の表面化」や「メタバース対応機材の導入費用発生」、メタバース上とはいえオン・オフの切り替えの難しさは残るため「オンラインコミュニケーションならではのストレス増加」等のマイナスの影響も内在する。投資対効果を見極めつつ、社内コミュニケーションのルール作りやIT教育といったガバナンス構築を考慮して施策の導入を検討したい。

人事申請 × メタバース

旧来の人事申請には大きく2つの課題があった。1つは申請書類の多さや煩雑さに伴うヒューマンエラー。もう1つは担当者不在の場合に発生する問い合わせ対応・決裁の遅滞である。

前者については電子申請化による入力規制や工数削減により業務負荷が減少しつつあるが、後者についてもメタバースの活用によって申請者・承認者間のコミュニケーションがより円滑になり、効率化・遅延防止につながることが期待される。
例えば申請事項について質問する際に、メタバース下であればチャットボットやメール問い合わせとは異なり、回答者の出勤・休憩・退勤といったステータスを確認しながらコミュニケーションをとることができる。

一方で人事申請のメタバース活用においては既存の申請システムとメタバースの連携やコンプライアンス策定といった課題があり、人事部と情報システム関連部署の協働とそれに伴う業務負荷増加が懸念される。また、メタバースの活用自体が申請業務の工数を削減するものではないため、導入にあたっては人事申請上の課題は何かを整理し、慎重に検討したい。

報酬・福利厚生 × メタバース

ジョブ型雇用や複線型キャリア、ギグ/パラレルワーカーという労働形態の多様化に伴い、各形態に沿った報酬体系や、リモートワーク時代の働き方に即した福利厚生が必要となっている。同様に、一人ひとりに合った報酬体系・福利厚生を選択できることが、エンゲージメント向上、個人・会社の業績向上に繋がっている。

そのような中で、メタバースと親和性が高いNFT(非代替性トークン)・仮想通貨をトータルリワードの一つとして扱う政府・企業も出てきた。NFTは、代替不可能で固有の価値を持つデジタルトークンとしてゲームや音楽、アート作品、各種証明書などで技術が活用され、メタバース空間上でもよく利用される。それらの利用は、デジタル関連に従事している社員や、先進的技術・生活様式を好む社員の要望に応えることになりエンゲージメント向上に繋がる可能性はある。米国金融サービス企業の調査では、36%の社員が給与の一部または全額を仮想通貨で希望し、42%がNFTを成果報酬として受け取ることを希望しているという結果もある。[3]

海外の活用事例としては、2021年にニューヨーク市長やNFLプロスポーツ選手が、報酬を仮想通貨で受け取っているものがある。また、日本政府も2022年にデジタル化競争で優れた地方自治体にNFTを授与している。民間企業では新卒入社者へのNFTアート贈呈でコミュニケーションを図ることや、給与の一部をビットコインなどの仮想通貨で受け取ることができる制度を導入している企業もある。
企業・人事担当者は、NFTや仮想通貨を報酬・福利厚生の選択肢として取り入れることを検討すべきであるが、施行には法務・税務面での注意が必要である。日本では、給与の電子マネー支払いが現状法的に制限されていることや、仮想通貨をはじめとして価格変動による税務対応が課題となるため、NFT・仮想通貨の導入は、これらの論点を慎重に検討しながら進める必要がある。

次回:メタバース導入がタレントマネジメントに与える影響

今回は、メタバースの導入がビジネス活動や人事の社員向けサービスに与える影響について紹介した。次回は、タレントマネジメントにおける影響を解説する。

  1. [1] 東京商工リサーチ(2021年), “第14回「新型コロナウイルスに関するアンケート」調査”, https://lp.tsr-net.co.jp/rs/483-BVX-552/images/20210318_TSRsurvey_CoronaVirus.pdf(参照日2022年12月9日)
  2. [2] 厚生労働省(1988), “業種別・都道府県別死亡災害発生状況”, https://anzeninfo.mhlw.go.jp/user/anzen/tok/1988/tok_0101.html(参照日2022年12月9日)
  3. [3] 厚生労働省(2005~2021年), “労働災害発生状況”, https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/anzeneisei11/rousai-hassei/(参照日2022年12月9日)
  4. [4] 東日本電信電話株式会社(2021年), “仮想空間(DOOR™)を活用した 足立区中学生消火隊の合同訓練について”, https://www.ntt-east.co.jp/tokyo/info/detail/1277979_2608.html(参照2022年12月9日)
  5. [5] 森ビル株式会社(2021年), “「火災時初動訓練VRシミュレーター」を独自開発”, https://www.mori.co.jp/company/press/release/2021/09/20210901153000004223.html(参照2022年12月9日)
  6. [6] Social Finance, Inc.(2022年), “SoFi_at_Work_s_2022_The_Future_of_Workplace_AW22_640302.pdf”, https://www.sofi.com/sofi-at-work/workplace-2022/(参照2022年12月9日)

岩佐 真人

人材マネジメント担当

マネージングディレクター

共著:百瀬 俊一郎、萩野 亮、原口 夏美、野口 直道、小林 紗代子、富岡 俊行、内河 浩希、伊藤 寛将
※担当領域および役職は、公開日現在の情報です。

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