2024.01.31

日本版 War for Talent 2.0 新たな局面を迎えた人材獲得競争

【第1回】FTEからの脱却、要員計画で必要な視点

岩佐 真人 

2023年4月、政府は2026年春に卒業を予定する学生の就職・採用活動において、専門性の高い人材の採用活動開始を、これまでの定めの6月1日より前倒しできるようルール改定すると発表した。
少子高齢化による労働人口減少に加え、日々進化する技術や環境変化への対応など、企業は人材確保にいとまがなく、人材争奪戦の新たな局面を迎えたと言える。
本連載では、“War for Talent”を勝ち抜くために企業が採用戦略・施策・プロセスの再構築を行う際の要諦について4回に分けて解説する。

現代人材獲得競争の背景と舞台

1997年にマッキンゼー・アンド・カンパニーが出版した本のタイトルでもある“War for Talent” は主に経営幹部やハイパフォーマー層を対象として人材獲得・育成競争に勝つための法則をまとめたものだが、日本では新卒採用を中心に、広く優秀な人材を対象として語られている。同年、日本では企業の採用活動は「就職協定」から「倫理憲章」へと移行し、就職氷河期と呼ばれる時代の中で、採用者数を抑制しつつも、グローバル化時代に勝ち残るために必要となる優秀な人材の獲得競争が始まったと言える。

図1:大卒求人倍率

出典:リクルートワークス研究所「大卒求人倍率調査」を基にクニエ作成[1]

その後、インターネットの活用が進んだことで、企業は自社Webサイトや就職関連サイトを活用し、自社の特色を示すことを重視するようになった。学生側からすれば、広く企業情報とその企業の良さを知ることができるようになり、企業側からすれば、検索キーワードなどを工夫することで、学生の目に触れやすくなっている。デジタルマーケティングの要素が人材獲得においても重要になったと言えるだろう。

そんな中、2023年4月、政府は経団連と日本商工会議所に対し、専門性の高い人材の採用活動開始を、これまで定めていた6月1日より前倒しできるようルール改定すると発表した。

FTEからの脱却、要員計画で必要な視点

新たな人材獲得競争の局面を迎え、事業戦略に合致する人材を各組織へ供給するには、採用・育成・配置において、人材の量と質の両面を意識する必要がある。今回のルール改定に対する期待・効果はさておき、注目したいのは、新ルールを採用する企業は対象となる学生に求める専門能力や学業成果水準などをあらかじめ開示する必要があるという点である。開示基準がどのようなものになるかは企業独自の判断としても、企業は新たに獲得する人材を明確に定め、採用計画を立てる必要性が高まったと言える。

これまで新卒の一括採用は、各事業部門から上がってきた不足人員数を基に、学歴や適性検査等で学力を測り、面接によって個性・親和性を見るなどして、採用合否を判断してきた。これは配属後に、OJTを中心にある意味長い目で社員を育成するやり方にはマッチしていたと言える。しかし、事業環境が目まぐるしく変化し、スキルの陳腐化が激しく、加えて働き方の多様性含め社員個々人への対応が求められる昨今では、これまでの視点だけでは事業部門が求める人材を供給するのは難しく、要員計画段階から新たな視点を加え、求める人材像を定義していく必要がある。

1. 求める人材像の定義
では、求める人材像をどのように定義していけばよいのだろうか。求める人材像を定義する上での要件を例示したい(図2)。

図2:人材要件の構成例

 
図2で示した要件を整備することで、各社の採用プロセスと、面接や試験の内容・精度・分析度合いにもよるが、ある程度、求める人材像を見極めることができる。ここであえて“ある程度”と表現したのは、世の中も事業も社員自身も変わりゆく中で、将来含めてすべての要件と求めるレベルを詳細にわたって定義することは事実上不可能だからだ。だからこそ継続的な人材育成やエンゲージメント、ウェルビーイング等の施策が必要になる。

2. 要員計画で必要な視点
図2の要件は当然ながら部門や役職、職務によって異なる。したがって、各部門から採用含めた要員計画をヒアリングし、情報収集する際に、人材要件にひも付けるための条件も併せて確認する必要がある。
こういった取り組みをすでに進めている企業がある一方で、多くの企業がFTE(Full-Time Equivalent:フルタイム当量)ベースの要員計画にとどまり、人事部が全社基準的な人材要件に沿って採用した社員を、一定期間の研修の後、各事業部のニーズも聞きながら配属先を決定する、という企業はまだまだ多くある。結果、事業部門、新卒社員の双方でアンマッチ感が発生し、せっかく採用した新卒社員が辞めていくことも少なくない。
さらに言えば、FTEベースの要員計画がアナログ運用されており、非効率、負荷の高いままとなっている企業もある。

3. FTEからの脱却:要員計画の発展ステップ
FTEベースから、どのように発展していくのか、一般的な考え方を下図に示す。

図3:要員計画の発展段階

 

まずは、FTEベースの要員計画でも、効率的にPDCAを回せるように、人材情報基盤となるシステムの整備は不可欠と言える。また、部門から集約した要員数が適正なのか、そのものさしを事前に定義しておかなければ、要員計画の確からしさを判断できない。事業部門であれば今後の事業計画、間接部門であれば、過去の伝票数や、現在の社員数など、業務量算定の基礎となる数字を基に積み上げることでものさしができあがるが、働き方改革、システム導入による業務改善なども考慮する必要はあるだろう。
システムさえ整ってしまえば、次のSTEP2組織のミッション達成に必要な人材観点での要員計画や、STEP3の人材の経験やスキル、適性等に踏み込んだ要員計画に発展させるのは難しくない。
ただし、あらかじめ組織ミッションや、人材要件を定義することが前提となり、部門から要員計画を集める際には、その粒度も検討が必要だ。

おわりに

第1回では、FTEベースの要員計画をまずはしっかり整備すること、その先で組織・人材の視点で精緻化していく流れについて概説した。
人的資本経営の考えの下、事業戦略と連動した人材の育成を進め、事業における人材の需要に対し供給を図る、人材SCMともいうべき要員計画は非常に重要な取り組みだ。だからこそこれを可視化し、効率的、かつ高度化された、採用・異動・育成の人材供給パイプラインを構築する、人材SCMのDXに取り組んでみてはいかがだろうか。

  1. [1] リクルートワークス研究所, “大卒求人倍率調査”, https://www.works-i.com/surveys/adoption/graduate.html(参照日2024年1月9日)

岩佐 真人

人材マネジメント担当

パートナー

※担当領域および役職は、公開日現在の情報です。

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