2025.06.09
ワット・ビット連携の全体像と通信事業者の成長戦略
分散型社会を支える新たなインフラ構想
倉田 渉矢

ワット・ビット連携とは、再生可能エネルギー発電施設とデータセンターなどの情報通信インフラを同一地域に一体的に整備することで、電力(ワット)と通信(ビット)を統合する新たなインフラ構想である。
本稿では、エネルギーに関する専門知識がなくとも理解できるよう、この構想の誕生背景、制度的な課題、そして今後の事業機会までを体系的に整理している。発電地と需要地の空間的再編、再生可能エネルギー(以下、再エネ)の主力電源化、さらに系統運用のリアルタイム最適化を視野に入れたこの構想は、電力と通信が融合する次世代の社会インフラとして、より広域的かつ構造的な転換を伴うものである。ワット・ビット連携の全体像とそれを踏まえた戦略的な構想について考察を行う。
再び増加に転じる電力需要
東日本大震災以降、日本の電力需要は省エネ意識の高まりやその技術革新により長らく減少傾向にあった。しかし、2024年の推定実績では増加に転じ、以降も再び増加傾向が続くと予想されている[1]。 その要因としてはデータセンターや半導体工場の新増設が挙げられる。2034年には2024年比で約5.8%の電力需要増加が見込まれており、国内外からの投資拡大によってさらなる上振れも予想される。
特に今後建設が進むAI用途のデータセンターは、従来型と比較し消費電力が著しく増加するとされ、数百メガワットから1ギガワット規模に達する可能性がある。例えば、ソフトバンクが計画する国内最大級の北海道苫小牧のデータセンター[2]では、将来的に300メガワットを超える受電容量が想定されており、これは一つの中規模自治体全世帯の年間使用量に匹敵する規模である。
このような背景のもと、増加する電力需要に対して日本はどのような電源構成と政策を講じようとしているのかを見ていく。
再生可能エネルギーの主力電源化とその課題
政府は第7次エネルギー基本計画[3]において、太陽光や風力を中心とした再生可能エネルギー(以下、再エネ)の比率を現在の約20%から、2040年には40~50%程度へと引き上げ、主力電源とする方針を掲げている。これは、エネルギー安全保障や国内自給率向上、脱炭素社会の実現の観点からも重要な施策であり、再エネのさらなる普及が期待される。
発電に適した地域としては、北海道、東北、九州が有力とされている。これらの地域で再エネ発電を行い、それを東京や大阪等の需要地に送電する。これが理想的だが、以下、図1のような3つの制約がそれを難しくしている。

図1:送電に関する制約事項
①技術的制約:送配電網を使い、送電する容量には物理的な上限がある
②運用的制約:周波数の乱れによる停電や機器の故障を防ぐため、エリア単位では需給一致が必要になる
③経済的制約:送電容量の増強には莫大な投資が必要で、費用対効果が問われる
技術的制約を克服するための送電容量増強に関しては、広域連系系統増強のマスタープラン[4]において、ベースシナリオでも約6~7兆円の投資が必要と見込まれている。この整備コストは「全国調整スキーム」と呼ばれる制度のもと、電気を使用するすべての需要家が広く負担する仕組みとなっており、個人・法人を問わず、我々の月々の電気料金に転嫁される構造である。そのため、整備の是非やタイミングについては、慎重な議論と関係者間の綿密な調整が不可欠である。
また、地域内の送配電網の整備については、地域の送配電事業者が需要家の理解を得た上で、レベニューキャップ制度[5]に基づき投資の合理性を示し、国からの認可を受ける必要がある。そのため、現行制度下では積極的な投資を進めにくいという課題がある。
既存設備を増強するには新規の莫大な投資が必要となるため、既存設備の効率性を高めるとともに、新たな制度の導入によってコストを抑え、再エネの普及を推進している。
その代表的な取り組みの一つが、ノンファーム型接続[6]である。これは、電力供給が需要を上回る際に出力制御を受け入れることを条件として、平常時には送電網の空き容量を活用して電力を流せるようにする仕組みである。これにより、既存の送電インフラを最大限に活用しつつ、より多くの再生可能エネルギー発電事業者が電力系統に接続できるようになる。
また、もう一つの取り組みとして、2024年から導入された新たな託送料金制度に「発電側課金」がある。これは、これまで小売電気事業者が全額負担していた送配電設備の維持・拡充コストの一部を発電事業者にも負担してもらうことで、費用負担の公平化を図るものである。あわせて、系統を効率的に活用しながら、再エネの導入拡大に向けた送電網の増強を、効率的かつ確実に進めることを目的としている。
このように制度面での工夫により、個別の制約には一定の対応が進んでいるものの、再エネの実用化・拡大に向けては、依然として構造的に克服すべき課題が残る。代表的なものとしては、①発電所が計画通りに建設されるか、②建設後に安定的に電力を供給できるか、という二点が挙げられる。
まず、前者については、資材価格の高騰や円安の影響を受け、建設コストの上昇が深刻化している。実際に、三菱商事が2025年3月期第3四半期決算[7]で発表したように、同社が手がける洋上風力発電所の建設プロジェクトでは巨額の減損が計上され、当初計画の見直しを余儀なくされた。建設費用が想定を大きく上回れば、それは当然、発電コストにも影響を与えることになる。
次に、建設後に安定的な供給が可能かという点では、たとえ発電所が計画通りに完成しても、「想定通りの出力を安定的に確保し、一定価格で提供できるか」という課題が残る。再エネは天候等に左右されやすく、発電量のコントロールが難しい。また、電力市場自体も未成熟な側面があり、市場価格の変動による不確実性も存在する。
こうした中、発電事業者の収益変動を緩和する措置として、FIP制度(Feed-in Premium )が導入されている。これは、発電事業者が市場で販売した電力について、市場価格とあらかじめ設定された基準価格との差額をプレミアム(補助金)として支給する仕組みである。ただし、その原資の多くは需要家が支払う電気料金で賄われており、最終的にはインフレや最終製品の競争力低下といった形で消費者に影響を与える可能性がある。
ここまでを整理すると、再エネ電源のポテンシャルエリアと、データセンターなどの需要家との間には、それぞれ図2のような、構造的なジレンマが生じていると言える。

図2:電源地側と需要家側の構造的ジレンマ
・送配電事業者のジレンマ(電源地側):
送配電網を整備しなければ発電事業者も需要家も誘致できないが、発電事業者も需要家も存在しなければ、送配電網への投資回収の見込みが立たず、整備に踏み切ることができない。
・データセンター事業者等の需要家のジレンマ(需要家側):
安定供給かつ低コストの脱炭素電源は魅力的である一方で、発電所が計画通りに建設され、想定通りの出力で供給されるかが不透明であるため、先行投資に踏み切れない。
このジレンマを解消できなければ、コストを抑えながら再エネを普及させることは困難である。結果として、発電コストは上昇し、再エネ由来の電力が高くなると、需要家の電力調達コストを押し上げ、産業全体のコスト構造に影響を及ぼし、競争力低下を招くおそれがある。
この構造的なジレンマを打開し、再エネの主力電源化と地域活性化を同時に実現する。その戦略ストーリーが、「ワット・ビット連携」という新たな構想である。
ワット・ビット連携構想の登場
ワット・ビット連携という言葉は、2024年7月に首相官邸のGX2040リーダーズパネルにおいて、東京電力パワーグリッドが提唱[8]した。これは、再エネ電源の近傍にデータセンターを配置し、送配電網の整備を最小限にとどめつつ、それより安価な光ファイバー網を用いてデータのみを都市へ送るというものである。ワット(電気)は地産地消とし、ビット(情報)を都市へ届けるという発想に基づいている。

図3:ワット・ビット連携のイメージ
その後、この構想は2025年2月に政府が公表したGX2040ビジョン[9]において、AI向けデータセンターは脱炭素電力で賄う必要があるべきという方針とともに、「ワット・ビット連携」という表現も明文化された。さらに、同月のデジタル行財政改革会議[10]において、石破首相の指示のもと、ワット・ビット連携に関する官民協議会が設置され、2025年6月には方向性の取りまとめが予定されている。
このように、ワット・ビット連携は、一企業の構想にとどまらず、政府の中長期ビジョンに明示的に位置づけられ、官民が一体となって制度設計と実装に向けた議論を進める国家戦略レベルの構想へと昇華しつつある。
ワット・ビット連携を支える三つの要因
ワット・ビット連携を支える要因として、以下の三つが挙げられる。第一に、AIデータセンターには「学習用」と「推論用」の二種類が存在するが、そのうちの学習用データセンターの特性が挙げられる。AIの学習処理は膨大な電力を消費する一方で、必ずしも連続的に実行する必要はなく、一時的に停止させることも可能である。この特性は、発電量の変動が大きい再エネとの親和性が高く、例えば日中に太陽光が豊富な時間帯に集中的に稼働させるといった柔軟な運用が現実的となる。
第二に、推論用データセンターの特性が挙げられる。推論処理は学習と異なり、リアルタイム性が求められるため、超低遅延の通信性能が不可欠である。これは、自動運転や遠隔医療といった、通信遅延が致命的なリスクとなる分野において特に重要である。そのため、推論用データセンターはデバイス近傍に分散配置され、エッジで処理を完結させる必要がある。この要件が、データセンターの地域分散を後押しする要因となっている。
第三に、IOWN構想[11]およびAPN(All-Photonics Network)に代表される通信インフラの革新がある。これまで以上に超低遅延・大容量・低消費電力を実現するネットワークの実装が進むことで、従来は通信要件の制約から東京圏近郊に限定されていたデータセンターの立地が、地方へと拡大する環境が整いつつある。NTTグループではすでに一部で商用化が始まっており、実証を重ねながら、2030年代の本格展開を視野に入れている。
三方よしで見える構想の全体像
ワット・ビット連携がもたらす便益は、特定の事業者にとどまらず、関係する複数のステークホルダーに波及する。
政府にとっては、脱炭素化・地方創生・AIによる国内産業の強靭化という三位一体の政策効果が期待される。また、再エネを活用した地方の大規模設備誘致によって、災害に強い分散型社会の実現にも貢献する。
電力事業者、特に送配電網関連の事業者にとっては、系統増強にかかるコストを最小限に抑えられる点が最大のメリットである。再エネ電源と需要地が地理的に近接することで、インフラ投資負担を抑えられるだけでなく、接続可能量の拡大も期待される。さらに、ICTとの連携によって需給制御の精度が向上すれば、将来的な電力市場の安定化にも寄与する可能性がある。
通信・データセンター事業者にとっても、信頼性の高い再エネ電源の確保は、サステナブルな成長を支える基盤となる。加えて、補助金等の政策的支援が得られる可能性もあり、事業計画の安定性や実現可能性が向上する。そして、通信事業者にとっては接続拠点が増えることで新たな収益の機会となる。
通信事業者はワット・ビット連携にどう対応すべきか?
ワット・ビット連携において、通信事業者はいかなる事業機会を獲得すべきだろうか。
APNを活用した分散型データセンターの構築や、データセンター内の低消費電力化や運営効率化といった領域において事業機会を捉えることは当然の戦略であり、既に多くの事業者が検討段階にあると推察される。これらは確かに重要な取り組みではあるが、筆者は、それらが既存の事業領域の延長線上にある成長戦略にとどまっていると考える。すなわち、通信事業者が近年直面してきた「付加価値の創出」や「新たな収益源の確保」といった本質的な経営課題の解決には至らないのである。

図4:通信事業者の成長戦略
では、ワット・ビット連携によって実現される世界とはどのようなものか。そこに通信事業者の取るべき戦略のヒントがあると筆者は考える。
この概念を提唱した東京電力パワーグリッドによれば、ワット・ビット連携はMESH(Machine-learning Energy System Holistic)構想[12]の中核をなす要素の一つである。しかし、同社が最終的に目指すのは、「電力システムのインターネット化・双方向化」の実現である。すなわち、地域に分散したエネルギー源と需要家側の設備を双方向で接続し、リアルタイムの需給状況や価格情報をもとに需要家の行動を変容させる仕組みの構築である。例えば、AI学習を電力需要に余裕のある春・秋にシフトする、または再エネの供給が多い昼間にEVを充電するといった、需要家側の行動をリアルタイムに制御することで、需給バランスを最適化する未来である。
このような構想を踏まえると、通信事業者は、単に省エネ型の分散データセンターを構築するだけでは不十分であり、MESH構想が描く全体像、すなわちワット・ビット連携のその先にある「リアルタイム電力制御」の領域を見据えた戦略を取るべきであると筆者は考える。
具体的には、通信事業者が保有するAPN、5G無線通信、MEC(Multi-access Edge Computing)といった超低遅延・広帯域・エッジ処理機能を、分散電源や需要家設備と接続することで、機器単位でのリアルタイム最適制御を実現することが可能となる。
こうした取り組みにより、通信事業者は単なる回線提供者から脱却し、電力需給制御の中核を担う「制御プラットフォーマー」という新たなポジションを確立できる可能性がある。
そのためには、各種機器メーカーや制御ベンダーとの連携による実証実験の推進、接続プロトコルの整備や標準化、現実的なオペレーション基盤の構築が不可欠となる。
さらに、この戦略の延長線上には、VPP(仮想発電所)やDR(デマンドレスポンス)といった、分散型エネルギーリソースを統合・制御して電力需給を最適化する仕組みにおいて、それらを束ねて調整力として提供するアグリゲーターとしての参入も視野に入る。
豊富な顧客接点を活かし、リアルタイムに変動する電力需要に応じて、地域ごとに最適なエネルギー使用を促すサービスは、従来の通信収益モデルとは異なる、持続可能な新たな収益源となる可能性を秘めている。
スマートグリッドとの違いから読み解く、ワット・ビット連携の本質
2000年代以降、スマートグリッドという次世代送電網の概念が登場し、双方向制御や再エネの出力変動に対応するための実証実験が各地で進められてきた。確かに、現在のワット・ビット連携およびMESH構想には、スマートグリッドと共通する側面もある。しかし筆者は、これらが質的に異なる構想であると考えている。
スマートグリッドは、IoTやICTの導入を通じて、家庭や地域単位での電力の「見える化」や「効率的活用」に焦点を当ててきた。BEMS(ビル・エネルギーマネジメントシステム)やHEMS(家庭向けエネルギーマネジメントシステム)に代表されるように、需要地側のエネルギー最適化が中心的なテーマであった。
一方、ワット・ビット連携は、発電地と需要地の空間的再編、再エネの主力電源化、そして系統運用のリアルタイム最適化を視野に入れた、より広域的かつ構造的な転換を伴う構想である。
この構想を支える技術基盤として不可欠なのが、通信事業者のAPN、5G、MECといった技術である。これにより、ミリ秒単位での需給制御が可能となり、電力×通信のインターフェースを担う通信事業者の役割は、今後ますます中核的な存在となるだろう。
おわりに
これまで通信事業者やその関連企業は、電力×通信領域で各種実証を進めてきたものの、本格的な収益化には至っていない。ワット・ビット連携は、スマートグリッドの延長ではなく、誰もが戦略的に優位性を築き得る、未成熟な事業領域である。通信事業者は、APNやMECといったネットワーク資産を活かし、今こそ戦略的に参入すべきタイミングを迎えていると筆者は考える。
-
[1]
電力広域的運営推進機関(2025), “全国及び供給区域ごとの需要想定(詳細表)【Excel版】“
https://www.occto.or.jp/juyousoutei/2024/250122_juyousoutei_2025.html 参照:2025年4月18日) -
[2]
ソフトバンク株式会社 株式会社IDCフロンティア(2023), “次世代社会インフラ構想の要となる大規模な計算基盤を備えたデータセンター「Core Brain」を構築“,
https://www.softbank.jp/corp/news/press/sbkk/2023/20231107_01/ (参照:2025年4月18日) -
[3]
経済産業省(2025), “エネルギー基本計画の概要”,
https://www.meti.go.jp/press/2024/02/20250218001/20250218001-2.pdf, (参照:2025年4月18日) -
[4]
電力広域的運営推進機関(2023), “ 広域系統長期方針(広域連系系統のマスタープラン)”,
https://www.occto.or.jp/kouikikeitou/chokihoushin/files/chokihoushin_23_01_01.pdf -
[5]
電力・ガス取引監視等委員会(2023), “送配電の料金のしくみ”,
https://www.emsc.meti.go.jp/info/revenue_cap/pdf/2023030902.pdf (参照:2025年4月18日) -
[6]
資源エネルギー庁(2023), ”日本版コネクト&マネージにおけるノンファーム型接続の取組”,
https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/shoene_shinene/shin_energy/keito_wg/pdf/046_04_00.pdf(参照:2025年4月18日) -
[7]
Bloomberg(2025), “洋上風力に「逆風」、ゼロからの見直しも-三菱商は522億円減損”,
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2025-02-06/SR76LJT1UM0W00(参照:2025年4月18日) -
[8]
東京電力パワーグリッド株式会社(2024), “GX・DXの同時達成に向けた電力システムの役割と課題”,
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/gx_jikkou_kaigi/gx2040/20240723/siryou5.pdf (参照:2025年4月18日) -
[9]
内閣官房(2025), “GX2040ビジョン”,
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/gx_jikkou_kaigi/pdf/gx2040_vision_kaitei.pdf (参照:2025年4月18日) -
[10]
首相官邸(2025), “デジタル行財政改革会議”,
https://www.kantei.go.jp/jp/103/actions/202502/20digitalgyouzaisei.html (参照:2025年4月18日) -
[11]
日本電信電話株式会社(2025), “ワット・ビット連携の実現に向けて -IOWN-“,
https://www.soumu.go.jp/main_content/000998580.pdf (参照:2025年4月18日) -
[12]
東京電力パワーグリッド株式会社(2024), “MESH構想:ワット・ビット連携からの電力システムのインターネット化”,
https://www.esisyab.iis.u-tokyo.ac.jp/symposium/20240924/20240924-05.pdf (参照:2025年4月18日)