2025.06.17

D2Cの成果が思うように伸びない本当の理由とは?

自社EC・自社アプリ、Webサービス・・・成果につなげるD2Cの“再構築”

米田 友樹 

2020年以降、消費者の購買行動が急速にオンラインへ移行したことを受けて、企業は販売チャネルの強化や再構成を進めるようになった。とりわけ、消費者へ直接商品やサービスを提供する「D2C(Direct to Consumer)」モデルは注目を集め、その導入は急速に広まっている。しかしながら、D2Cを導入したすべての企業が同じように成果を上げられているわけではない。実際、多くの企業ではUI・UXの改善や行動データの収集・分析など、いわゆる“定石”とされる取り組みに着手はしている。それにもかかわらず、伸びるサービスと停滞するサービスが生まれるのはなぜか。
本稿では、D2Cをより成長させるために必要な観点を整理し、そのポイントを解説していく。

1. D2Cが抱える構造的課題と再設計の必要性

D2Cとは、企業が中間業者を介さずに、ECやアプリ、SNSなどを通じて消費者に直接商品やサービスを届けるビジネスモデルである。これは、単に販売チャネルを増やすことを目的とするのではなく、「どのような価値を、誰に、どのように届けるか」を企業自身が設計し、その意図を体験として伝えていく点に本質がある。最大の利点は、自社で顧客に関するファーストパーティーデータを取得し、それを基に継続的なサービス改善ができることである。消費者の購買行動がオンラインへと移行する中で、D2Cの導入は急速に進み、世界市場では2032年に5,913億米ドル[1]、国内では2025年に3兆円規模に達する[2]とも推計されている。
 
こうした背景から、D2Cは多くの企業にとって注力すべき領域とされているが、参入して運用を続けるなかで以下のような課題に直面するケースが少なくない。

  • ECサイトのUI/UXを改善しても、購入率や継続利用が想定より伸びない
  • SNSを活用した施策は短期的な関心は集められるが、継続的な利用につながらない
  • 顧客対応の現場がオペレーションに追われ、得られたデータを活用して改善する余力がない

これらの課題は、個別には「デザインの問題」「プロモーションの問題」「リソースの問題」などとして扱われがちである。しかし本質的には、顧客に届けたい体験と、それを支える組織や運用のあり方が一貫して設計されていないという構造的な問題に起因していることが多い。
 
D2Cはもはや、立ち上げること自体が競争優位になる時代ではない。重要なのは、継続的に“選ばれ続ける理由”を提供し、顧客との関係性を深めながら、サービスを進化させていくことである。そのためには、目の前の課題に個別対応するだけでなく、D2Cという取り組み全体を見直し、再構築する視点が不可欠である。
 

2. D2Cでつまずく3つの典型パターン

D2Cが期待通りに成果を上げられない場合、その背景には、Company(自社)、Customer(顧客)、Competitor(競合)それぞれの観点からくる構造的な課題があることが多い。以下に、その典型的な3つのパターンを整理する。

①Company:“目的のズレ”による連携不全とサイロ化

D2Cでは、Web、SNS、アプリ、店舗など複数のチャネルを横断して体験を設計・提供する必要があるため、部門間の連携と目的のすり合わせが欠かせない。それにもかかわらず、導入初期に「体験価値」や「チャネルの役割」が曖昧なまま進められるケースも少なくない。その結果、部門ごとに異なるKPIや評価軸が設定され、組織全体としての方向性や一貫性が失われてしまう。
 
典型的な例としては、

  • 経営層は新規事業目線で売り上げの最大化を重視
  • マーケティング部門は顧客獲得単価(CPA)を追う
  • 現場担当者は顧客満足度やサイト滞在時間といった体験指標を重視

といったように、各部門が異なる“目的”で動いており、施策の優先順位が揃わない状況が生じる。
 
例えば、顧客満足度の改善を目的とした「UX改善の必要性」が現場担当者からあがっていたとしても、短期的な売り上げへの影響が明確に示せない場合、その重要性が過小評価されがちである。意思決定が先送りされるうちに、顧客の不満が蓄積、離脱が進行し、気づいたころには失われた信頼を取り戻すために多くのコストがかかる事態に陥る。このように、部門ごとの目的やKPIがずれて連携が機能しない“サイロ化”が進むと、設計された体験は意図通りに再現されず、本来届けたかった価値が顧客に伝わらない。D2Cの持続的な成長には、目的とKPIを共通認識にしたうえで、整合性のある運用体制を構築していくことが求められる。
 

②Customer:顧客体験における“2つの断絶”

D2Cでは、Webサイトやアプリ、SNSなど複数のチャネルを通じて顧客と接点を持ち、一貫した体験を設計・提供することが求められる。しかし実際には、チャネルやタッチポイントをまたぐ中で、顧客との間に“見えない断絶”が生じているケースが少なくない。このD2Cにおける顧客体験の分断は、主に以下の2つの「断絶」として整理できる。
 
●意味の断絶:伝えたい“意味”がチャネルごとにぶれ、顧客に届かない
企業が伝えたい価値や世界観の“意味”がチャネルごとに食い違い、顧客に本質が伝わらない状態。その結果、D2Cに込めた想いや姿勢に一貫性がなくなり、顧客の共感を得ることが難しくなる。
例:あるチャネルではサービスの背景や想いを丁寧に語っているのに、別のチャネルでは現実的な「セール」や「割引クーポン」といった訴求ばかりが届く。こうした伝え方のズレにより、顧客は「結局このサービスは何を大事にしているのか」と混乱し、共感を失ってしまう。
 
●流れの断絶:体験の“流れ”が切れ、世界観に没入できなくなる
顧客体験を貫く語り口や演出の“流れ”が、チャネルやタイミングをまたぐ中で途切れてしまい、体験の物語性が損なわれる状態。その結果、世界観のトーンや連続性が失われ、顧客は没入し続けることができなくなる。
例:顧客はSNSでサービスに込められた想いに共感し、期待を持ってECサイトを訪れたにもかかわらず、そこでは、“想い”には一切触れられず、機能や価格ばかりが前面に出てくる。そのギャップにより、顧客は「さっきの世界観はどこへ行ったのか」と興ざめし、体験から引き戻されてしまう。
 
こうした断絶が生じると、顧客との関係性は分断され、企業に対する信頼や共感の蓄積も途絶えてしまう。特にD2Cのような多様な接点を前提としたモデルにおいては、一貫性の欠如は即座に離脱へとつながる。
 
顧客体験の競争力は、チャネルの数や表現手法の多様さではなく、「どの接点でも矛盾なく意図が伝わり、“ひとつの世界観”として体験がつながっているかどうか」にかかっている。そして、その一貫性を実現するには、表層の演出や言葉づかいにとどまらず、“語るべき意味”や“伝え方の流れ”を裏側から支える設計、たとえば、ジャーニー設計やチャネルごとの役割定義などが欠かせない。体験の裏にあるこうした設計の連続性こそが、“意味”と“流れ”の断絶を防ぎ、D2Cにおける共感を生む顧客体験を成り立たせている。
 

③Competitor:顧客への過度な迎合による独自性の消失

近年、顧客の声やデータをもとに、サービスを“最適化”していくアプローチは、今やあらゆる業種で一般的になっている。しかし、その“最適化”が過度に進むと、企業本来の意図や独自性が削がれてしまうリスクも生まれる。
例えば、

  • 顧客の離脱率が高かった文言やデザインを変更するうちに、挑戦的な企画や表現が排除されていく
  • 顧客に受け入れられやすい無難な構成に収束し、「このサービスでなければならない」理由が見えなくなる

このような“過度な迎合”は、結果として「誰のために、どんな価値を、どう届けるか」というD2Cの根本的な問いの解像度を下げ、表層的な満足を追うだけの体験に陥らせてしまう。さらにこの傾向は、クラウド型のD2CプラットフォームやSaaSの普及によって、誰もが短期間で“それらしい”UIやサービスを構築できる環境が整ったことにも原因がある。テンプレートの多用や既製機能への依存は、設計の深度や独自性を発揮しにくくし、「どこかで見たことのあるサービス」が量産される一因ともなっている。
 
D2Cを成功に導くカギは、チャネル整備でもキャンペーン設計でもない。Company・Customer・Competitorの3つの軸が、ひとつの目的に向かって整合し、本質的な体験価値が矛盾なく届けられている状態にこそ、その本質がある。表面的な課題に反応して個別施策を積み上げても、構造そのものが分断されていれば、いずれ限界が訪れる。D2Cが持続的に成長するには、3Cに共通する構造的な課題を捉え、根本から設計を見直すことが求められる(図1)。

図1:D2Cでつまずく3つの典型パターン

 

3. D2Cを持続的に成長させるための構造設計と改善サイクル

前章で述べたように、D2Cが期待通りの成果をあげられない背景には、Company内部の運用の断絶、Customerとの期待のギャップ、Competitorとの差別化の不在といった、3Cそれぞれに構造的な問題がある。これらは一見すると別々の課題に見えるが、実際には「なぜこのサービスを提供するのか(目的)」「どのような価値をとどけるのか(体験)」「どう実行するのか(実行)」という活動の一連の流れが、設計段階から分断されていることに起因している。
 
本来、D2Cの取り組みではPurpose(目的)→Experience(体験)→Action(実行)という流れが、組織内外のすべての活動を貫いていなければならない。しかし現場では、次のような分断が頻発している。

  • Company(社内運用):現場のKPIや業務判断がPurposeとつながらず、施策ごとに判断基準が揺らぐ
  • Customer(顧客視点):設計された体験が顧客の感情や行動とずれており、期待値とのギャップを生む
  • Competitor(競合との対比):Purposeとずれた打ち手を繰り返し、独自性が失われる

こうしたズレを放置したままでは、施策は場当たり的なものにとどまり、サービスとしての整合性や再現性を損なう。だからこそ、D2Cを再構築するには、Purpose→Experience→Actionの流れに基づいて全体の活動を設計しなおし、持続可能な改善サイクルとして組織に定着させていく必要がある。
 

Purpose:活動全体を貫く判断基準を定める

まず、あらゆる施策・判断・設計の出発点になるのが「Purpose=なぜこのサービスを提供するのか」という問いである。ここでいうPurposeは、単なるスローガンや理想ではなく、「どんな価値を顧客に届けたいのか」、そして「なぜそれを自社が提供するべきなのか」という問いに対する答えを、社内で共有された“判断の軸”として明確に定義するものである。
 
Purposeが曖昧なままでは、各部門で異なるKPIが設定され、評価基準がバラバラになる。結果として、同じD2Cの取り組みでありながら、運営部門・開発部門・カスタマーサポート部門などが別の方向を向いて動くことになる。Purposeは、そうした分断を超えて判断と優先順位を統一するための「軸」として機能しなければならない。
 

Experience:顧客と従業員、双方の体験を構造的に設計する

Purposeが定まれば、次は「どんな価値をどう体験として届けるか」を設計する。ここで重要なのは、体験のデザインを顧客の感情や行動の変化といった表層的な部分だけでなく、それを裏で支える業務や判断プロセスとセットで設計することである。多くの現場では、顧客体験と業務運用が個別に設計されてしまうため、以下のような“体験と運用のズレ”が生じている。

  • 顧客の期待が高まるタイミングで、社内業務が逼迫し、対応遅延や品質低下を招いている
  • マーケティング施策が先行し、現場体制が整う前に期待値だけが先走ってしまっている

こうしたズレが積み重なれば、従業員体験が損なわれ、やがて顧客体験にも悪影響を及ぼす。体験は「点」ではなく「線」として捉え、顧客体験の流れに寄り添いながら、それを支える業務の設計・運用を一貫させていくことが重要だ。そのうえで、顧客と従業員の体験が相互に支え合う構造になっているかを、KPIなどの管理指標においても可視化・調整していく必要がある。
 

Action:施策をサイクルとして設計し、実行と改善のサイクルを作る

最後に、体験設計を実際の施策として形にする「Action」のフェーズでは、打ち手を単発の取り組みで終わらせず、効果を見極め、改善しながら継続的に運用していく“改善サイクル”として設計することが重要となる。
 
このフェーズを機能させるための具体的なステップは以下のとおり。
 
1. 実行可能な単位に分解する
誰が・何を・どのタイミングで行うかを具体化し、現場で無理なく実行できる形に落とし込む。
例:初回購入者の不安を軽減するため、購入から3日以内にカスタマーサポート部門が使い方ガイドを配信する
 
2. 体験と運用のギャップを検証する
KPIや定性フィードバックをもとに、顧客体験と実際の運用にズレがないかを確認する。
売上が伸びていても、問い合わせ件数や対応リードタイムが悪化していれば、体験価値の向上と業務負荷の均衡が崩れている可能性がある。
 
3. 仕組みとして継続させる
仮説→実行→検証の流れを一度きりで終わらせず、ナレッジを蓄積し、改善の種を明確化・共有していく。
チーム内で定期的に接点や業務プロセスを見直す機会を設け、組織にサイクルとして根付かせることが必要である。
 
このように、D2Cを持続的に成長させるためのカギは、「何のために行うのか(Purpose)」「どんな価値を届けたいのか(Experience)」「それをどう動かすか(Action)」という流れに沿って、バラバラだった施策や業務を一貫した構造へと再設計することにある。この構造的アプローチは、3C(Customer・Company・Competitor)それぞれに生じていた断絶を乗り越え、戦略・体験・業務をひとつながりの仕組みとして再構築するための実践的フレームとして機能する(図2)。

図2:成果につながるD2C再構築の3つのステップ

 

4. おわりに

D2Cとは、「誰のために」「何を」「どう届けるか」という問いを軸に、分断されがちな顧客体験と業務の流れをつなぎ直し、“選ばれる価値”として届けていく取り組みである。もし今、D2Cの成長に限界を感じているなら、目的とサービスの方向性、顧客の感情とその指標、そして体験と業務が、一貫してつながっているかを今一度見つめ直してほしい。
 
本稿がその再構築のきっかけとなり、“選ばれ続けるD2C”への次の一手を見出す一助になれば幸いである。

  1. [1] Data Horizzon Research(2025), ” Direct to Consumer E-commerce Market Size, Share, Growth, Trends, Statistics, Analysis Report, By Product Type, By Region, And Segment Forecasts, 2025- 2033”, https://datahorizzonresearch.com/direct-to-consumer-e-commerce-market-2489 (参照2025年5月28日)
  2. [2] ECのミカタ(2020), “デジタルD2C市場は2025年に3兆円規模へ”, https://ecnomikata.com/ecnews/27562/ (参照2025年5月28日)

米田 友樹

マーケティング戦略/営業改革担当

マネージャー

※担当領域および役職は、公開日現在の情報です。

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