2025.06.24
不確実性の高まるグローバルサプライチェーンにおける変化対応の急所
計画・実行レベルでの即応と、戦略レベルでのデザインの重要性
池田 麟太郎

2025年1月から開始した第二次トランプ政権は、積極的な関税政策に乗り出しており、世界各国から米国への輸入品に対して追加の関税を課す方針を打ち出している。特に2025年4月2日に公表された「相互関税」は、世界各国に衝撃を与え、2025年6月19日現在は中国を除いて90日間停止されており、停止期限の延長も議論されている状況であるが、4月には一時S&P500株が10%下落するなど、リーマンショックに匹敵すると言われる影響を与えた。
関税の影響は、グローバルサプライチェーンを有する企業にとっては対岸の火事ではない。現時点では90日間停止されている相互関税が再開されるとなれば、米国を主な市場としている製品はもちろん、サプライチェーンに米国が関与する製品の価格への影響は計り知れない。
このような難局を乗り切るためには、サプライチェーン上の影響を迅速に把握し、必要な対策を検討するための土台が必要になる。本稿では、世界的なサプライチェーンの混乱が頻発する背景に迫りつつ、その対応策を計画・実行レベルの取り組みと、戦略レベルの取り組みに分けて紹介する。
グローバリゼーションにより不確実性はより伝播しやすく
2025年6月現在において、トランプ政権による相互関税はもとより、新型コロナウイルスによる世界的な供給網寸断、ロシア・ウクライナ情勢など、サプライチェーンを取り巻く外部環境の変化はますます激しくなっている。
もちろん、過去人類の歴史を遡った際にも、疫病や戦争など、甚大な被害をもたらす事柄は数多く発生してきている。その意味では、不確実性そのものは過去も現在も存在はしていたと言える。
しかし、グローバリゼーションによって世界の市場は一体化の一途をたどり、それに伴いサプライチェーンも長大化・広域化・複雑化・高速化を余儀なくされている。不確実性が昨今取り沙汰されているのは、不確実性そのものの顕在化頻度の上昇よりも、サプライチェーンの長大化・広域化・複雑化・高速化によって、遠方で発生した不確実な出来事が世界規模で伝播するようになったが故の事態である。
なお、KOF Swiss Economic Instituteが発表しているKOF Globalisation Indexによれば、1970年以降、グローバル化は進展する一方であることがわかる。これに基づけば、グローバル化に応じて、サプライチェーンの長大化・広域化・複雑化・高速化は今後も継続すると考えられる。[1]
グローバルサプライチェーンの傾向
長大化 : 製品が完成するまでに要するサプライチェーンプロセスが増加した
広域化 : サプライチェーンに関わるステークホルダーの所在地が広域にわたるようになった
複雑化 : サプライチェーンに関わるステークホルダーが増加し、ネットワークの接続数が増加した
高速化 : 技術の進展により、情報・物理の両面において伝達・輸送の速度が向上した
激甚化するサプライチェーンの変化へは、計画・実行レベルでの現実への即応と、戦略レベルでのサプライチェーンデザインの見直しで対応
長大化・広域化・複雑化・高速化したサプライチェーンにおいては、サプライチェーンの状況は目まぐるしく変化する。こうした変化に適切に、そして迅速に対応していかなければ、企業運営上の効率性を損じ、販売機会の損失や、生産稼働率の低下、在庫の滞留など、企業運営上ネガティブな影響を及ぼす可能性が高い。
そのため企業は、不確実性によるサプライチェーンへの影響の大きさに応じて、①計画・実行レベルでの現実への即応と、②戦略レベルでのサプライチェーンデザインの見直しを行うことが肝要である。
①小~中規模の影響:サプライチェーン計画、サプライチェーン実行レベルでの現実への即応
SNSのバズによる急激な需要変動や、台風による工場の一時操業停止など、サプライチェーン上の変化によって受ける影響が小~中規模の場合、変化の発生後に、現場のサプライチェーン計画立案担当者が、変化の情報を収集し、影響を見極め、実行現場と相談しながら修正計画を立案することが主であった。
しかし、複雑化・高速化したサプライチェーンにおいては、変化の発生源も増加し、その変化に対応するための時間的猶予も減少している。即ち、計画立案担当者が適切な判断を下し、現実に即応していく難易度は向上しているのである。
このような状況下において、変化に対応するための迅速な判断・意思決定を下すためには、AIを活用した判断・意思決定をサポートするエージェントが非常に有効である。対話型AIシステムeCoinoのように、変化を検知し、そのデータをもとに担当者がAI Agentと対話を行いながら、複数のシナリオをシミュレーションしつつ、計画の修正を行うツールは、変化への即応を強力に後押しする。[2]
AI Agentの利点は、過去に下した意思決定の結果を、将来のシナリオシミュレーションに活用することができる点である。従来、こうした変化に対応するためのノウハウは、担当者の経験と勘に基づいて行われることが多く、その言語化や継承もまた難しい課題であった。迅速な意思決定をサポートしつつ、その再現性を高めるという点において、AI Agentは真の力を発揮する。
②大規模の影響:戦略レベルでのサプライチェーンの見直し
一方で、昨今のトランプ関税や、新型コロナウイルスによる世界的な供給網寸断など、サプライチェーンの前提を大きく揺り動かすような変化に対しては、サプライチェーンの計画や実行段階における工夫のみで影響を吸収し切ることは困難である。従来、このような大規模な変化が発生した際には、経営企画部や事業企画部がその影響を分析するために情報収集を行い、サプライチェーンのBCP計画を考案し、場合によっては実行を担ってきた。
しかし、長大化・広域化・複雑化したサプライチェーンにおいては、こうした大規模な影響を与えうる変化が頻発しており、そのたびに一から対策を考案していては、変化への対応としては出遅れ感があり、実行に移す段階では既に半ば後の祭りとなってしまっているケースも存在する。
このような状況下において、戦略的な判断・意思決定を下すためには、戦略レベルでのサプライチェーンをデジタルツイン化した、サプライチェーンデザインの考え方が肝要である。AIMMSやCoupaのように、デジタル上にサプライチェーンネットワークを表現し、大規模な変化が起こったときに自社の資源や取引先に起こり得る影響をシミュレーションすることで、変化による影響が顕在化した際にも、迅速に意思決定を下すことができる。
サプライチェーンネットワークのデジタルツイン化は、データ収集の難易度と、必要性の認知度が低かったことから、多くの企業でなかなか進められてこなかった領域である。しかし、サプライチェーンに大規模な影響を与える変化が頻発する昨今においては、一度デジタルツイン化を進めておくことで、将来の大規模な影響を迅速にシミュレーションできるようにデジタル基盤を整えておくことが、サプライチェーン観点での競争力の維持には不可欠となりつつある。[3]
変化への対応が当たり前に求められる今、変化対応のハードルを下げることが肝要
不確実性が顕在化しやすく、またその影響を受けやすくなったサプライチェーン。グローバル化が進展する現在においては、この傾向は継続すると考えられる。だからこそ、変化への対応を高負荷な対応事項として捉え、毎回重い腰を上げなければならない状況から、変化への対応を定常業務化していけるよう、そのハードルを下げることが求められている。
計画・実行レベルにおいては、変化の検知とその後の計画修正をサポートするAI Agent、戦略レベルにおいてはサプライチェーンデザインのデジタルツイン化による簡易な影響シミュレーションが、こうした変化対応における煩雑な業務を軽減し、判断や意思決定に時間を割くことを支援する。
ぜひ本稿を参考に、不確実性の高まるグローバルサプライチェーンにおいて、いかに変化に対応するかを考え、その実現に向けた取り組みを実践していってほしい。
-
[1]
KOF Swiss Economic Institute(2024), “KOF Globalisation Index”,
https://kof.ethz.ch/en/forecasts-and-indicators/indicators/kof-globalisation-index.html (参照2025年6月19日) -
[2]
クラスメソッド株式会社(2025), “想定外のズレをすぐに取り戻す!対話型AIシステム eCoino”,
https://zenn.dev/nayus/articles/45d29a213c4213 (参照2025年6月19日) -
[3]
株式会社クニエ(2023), “「サプライチェーンネットワーク・リデザイン」サービス提供開始”,
https://www.qunie.com/release/20230208/(参照2025年6月19日)
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