2025.07.16
ワット・ビット連携構想の現在地
地方分散データセンターは実現するか
倉田 渉矢

AI活用の拡大に伴い、演算処理の基盤としてのデータセンターへのニーズが顕在化しつつある。国内市場は2027年に4兆円を超え、2022年比で約2倍になると予想されている。その一方で、電力インフラの制約や、東阪への立地集中といった課題が浮き彫りになってきた。これに対し、政府は「ワット・ビット連携構想」という国家戦略を提示した。しかしこの壮大なビジョンの内実には、「地方分散」と「新たな集積地形成」という、性質の異なる二つの戦略が混在していることをご存知だろうか。
本稿では、6月に公表された「ワット・ビット連携官民懇談会取りまとめ1.0」を深掘りし、構想の現在地と、通信事業者が果たすべき戦略的役割を読み解く。
はじめに:国家戦略としての「ワット・ビット連携」
AIデータセンターへの需要が世界的に急拡大する中、日本においても、2024年以降電力需要は増加に転じ、2034年には2024年比で約5.8%の需要増加が予測されている[1]。同時に、再生可能エネルギーの主力電源化を掲げる政府方針のもと、出力の変動性や発電地と消費地のミスマッチといった供給側の課題も顕在化している。こうした中で、AIをはじめとするデータセンター需要の拡大が重なり、電力需給の調整は一層複雑さを増している。この構造的な変化に対しては、もはや電力業界だけでは対応しきれず、他産業との連携が不可欠なフェーズに入っている。
この文脈の中で注目されているのが、「ワット・ビット連携構想」である。これは、電力(ワット)と通信(ビット)という本来は異なるインフラ領域が連携し、エネルギーの安定供給と地域経済の活性化を同時に実現しようとする試みであり、日本政府もこれを国家的な政策課題として位置づけている。
この詳細については、6月9日に「ワット・ビット連携の全体像と通信事業者の成長戦略-分散型社会を支える新たなインフラ構想」として筆者がまとめたものがあるので、そちらを参照頂ければ幸いである。
本稿では、2025年6月に政府より公表された「ワット・ビット連携官民懇談会 取りまとめ1.0」[2]を起点として、本構想の現状と課題を多角的に検討する。
とりわけ、しばしば混同されがちな「地方分散型データセンターの実現」と「新たなデータセンター集積地の形成」という二つの異なる戦略について、それぞれの狙いや構造的特徴、実装上の論点を明確に整理する。さらに、本構想を社会実装へと進めるうえでのハードルを明らかにしつつ、通信事業者として求められる戦略的対応について、筆者の見解を提示する。
「取りまとめ1.0」が示す三つの柱:短期・中長期・構造転換
2025年6月に政府より公表された「ワット・ビット連携官民懇談会 取りまとめ1.0」は、電力・通信・データセンターの関係者による議論を経て策定されたものであり、主要な論点は以下の三つの柱に整理されている。
①足元のデータセンター需要への対応(短期的な取り組み)
第一の柱は、現在顕在化しているデータセンター需要にどう対応するかという短期的課題への対処である。具体的には、既存の電力インフラを活用しつつ、電力系統に余力のある地域へのデータセンター誘致を自治体と連携して進める方針が示された。東阪に過度に集中しているデータセンター立地を、電力インフラの観点から“受け入れ余地”のあるエリアへ誘導するために、「ウェルカムゾーンマップ」の活用が想定されている[3]。
加えて、超低遅延・大容量・低消費電力を実現する次世代光通信技術である、オールフォトニクスネットワーク(APN)を活用したデータセンターの運用高度化や省エネ化に関する実証にも言及があり、民間の研究開発を後押しする財政支援が明記されている。APNのような高速・低遅延ネットワーク技術により、たとえ郊外に設置されたデータセンターであっても、都市部と遜色ない処理応答性を確保することが目指されている。
さらに、GX(グリーントランスフォーメーション)および地域共生の観点も重視されている。経済産業省は、2029年度以降に新設されるデータセンターへの省エネ義務化を表明しており[4]、省エネ対応は今後の必須要件となる。また、地域住民による反対運動の顕在化を踏まえ、地域共生モデルも提言されている。これには、データセンターの排熱を地域暖房や温水プール、農業用ハウスなどで活用するような欧州で見られる先行事例も参考になる。日本においてもGX政策の一環として、こうした地域便益の提供が求められる局面が増えていくだろう。
②新たなデータセンター集積拠点の形成(中長期戦略)
第二の柱は、中長期的な観点からの新たなデータセンター集積拠点の形成である。これは、従来の首都圏一極集中の是正を目指し、戦略的に第3・第4の集積エリアを創出しようとする取り組みである。既に九州や北海道といった地域が候補として挙げられており、インフラ(電力・通信)を先行して整備したうえで事業者を誘致する「先行投資型モデル」が構想されている。
この集積地構想は、AI学習用途などに対応したギガワット級ハイパースケールデータセンターの立地を前提としており、“集中型”での戦略展開が想定されている。したがって、後述する地方分散型データセンターとは本質的に異なるアプローチである点を、戦略的に明確化しておく必要がある。
③データセンターの地方分散・高度化の推進(構造転換)
第三の柱は、データセンターの地方分散設置と、それを支えるインフラの高度化の推進である。地方分散型の設計を実現するためには、従来のような集中処理モデルではなく、ワークロード(負荷)を動的に分散させる「ワークロードシフト」技術の導入が不可欠であり、これに関しても政府主導での技術実証と財政支援が計画されている。[5]この分野では、MEC(マルチアクセス・エッジ・コンピューティング)や分散処理基盤との組み合わせにより、地方型インフラとしての実効性を高めることが期待される。
以下は、上記三つの柱の政府ロードマップの骨格を踏まえつつも、より現実的かつ実務的な観点からスケジュールを筆者により再構成したものである。

図1:ワット・ビット連携ロードマップ
ワット・ビット連携の中核:ノード価格によるワークロードシフト
再構成したロードマップの中でも、最も重要なマイルストーンとなるのが、図1の2030年頃に示している次期中央給電指令システム(次期中給システム)の社会実装である。この新システムは、地域単位での需給調整からさらに踏み込み、全国レベルでの電力需給を統合的に最適化することを目指すものである。現在、国内には10か所の中央給電指令所が設置され、それぞれが特定エリアの需給バランスを管理している。これに対し、次期中給システムでは全国の需給状況を一元的に把握し、空間的・時間的にきめ細かな制御が可能となる。この全国連携は、従来の「エリア最適化」から「全体最適化」への構造的転換を意味し、電力ネットワークの根幹を再定義するものといえる[6]。
その中核を成すのが、ノード価格という動的な価格シグナルである。ノード価格とは、発電量や需要、系統混雑状況など複数の要素を反映し、地域単位で算出される変動型の市場価格である。これは電力市場におけるインセンティブ設計の鍵を握る指標であり、再生可能エネルギー事業者や電力小売、データセンターといった需要家の意思決定に直接的な影響を与える。とりわけ重要なのが、ノード価格がデータセンターのワークロードシフトのトリガーとして機能する点である。たとえば、ある地域で再生可能エネルギーの発電が集中し、供給が過多になれば、当該エリアのノード価格は急落する。この価格情報をもとに、データセンターは演算処理をその地域へと移動させることで、電力コストの最適化と再エネの有効活用を両立できる。

図2:ワークロードシフトのイメージ
このような「価格に応じた空間的ワークロードシフト」は、これまで困難とされてきたエネルギーとICTのリアルタイム統合の実現モデルである。電力の需給情報とICTリソースが制度面・技術面の両方から連携し、動的に再配置されるという点で、「ワット」と「ビット」の協調がようやく具現化されつつある。こうしたモデルの本格展開は2030年代以降と見られているが、そのインパクトは極めて大きい。ワット・ビット連携構想の本質は、まさにこのノード価格を媒介としたインフラ協調にある。今後の制度設計や技術開発においても、中核的テーマとなっていくことは間違いない。筆者は、APNを活用したデータセンター運用高度化やワークロードシフト技術の実証、そして次期中給システムの社会実装を通じて、ようやく2030年代初頭以降に本構想の本格実現が見込まれると考えている。
地方分散型データセンターの真価と、その「必要性」への問い
ワット・ビット連携構想の主要要素の一つが、「データセンターの地方分散」であることは間違いない。この構想の実現には、以下の二つの条件が前提となる。
- ワークロードシフト技術の実装
- GPU価格の低下による経済合理性の確保
ワークロードシフトとは、前述の通り演算処理を拠点間で動的・リアルタイムに移動させる技術である。特に自動運転や遠隔手術など、AIのリアルタイム推論が求められるユースケースでは、処理の中断や遅延が致命的となるため、安定的かつ安価な電力が供給される地域への演算処理の柔軟な移動が不可欠となる。これは、再エネの不安定性を補完する冗長的な計算インフラとしても機能する。
総務省も「ワット・ビット連携実証イメージ」[7]の中でこの技術実証イメージを提示しており、2MW未満の小規模コンテナ型データセンターを複数配置し、APNで接続する構成が現実的と考えられる。とくに2MW未満の容量であれば、特別高圧設備を要する大規模施設と比較して、導入コストや工期の面で大きな優位性があると、東京電力パワーグリッドがワーキンググループの中で述べている。
第二の条件であるGPUの価格低下(コモディティ化)は、ハードウェアの自由配置を可能にし、拠点分散の経済的障壁を下げる要因となる。現状では高価なGPUを集中配置する方が効率的だが、価格が下がれば分散設置が現実味を帯び、レジリエンスや可用性の向上にもつながる。これら二つの条件が整ってはじめて、地方分散型データセンターの実現が現実のものとなる。
データセンターの地方分散は必要なのか
しかしここで、構想そのものへの本質的な問いが浮上する。それは「全国各地にデータセンターの分散設置は必要なのか?」 という問いである。一般的に、地方分散推進の根拠として挙げられるのは、自動運転や遠隔医療といった超低遅延ユースケースへの対応である。たとえば、自動運転では10〜100ms、遠隔手術では往復100ms以内という厳しい遅延要件が提示されており、これを満たすにはデバイスに近い拠点への処理配置が求められるとされてきた。
しかし、現状の通信インフラやMECの進展を踏まえると、この主張には再考の余地がある。5GとMECの組み合わせにより、基地局近傍での処理分散が可能となり、数ms単位まで遅延を低減する技術はすでに確立されつつある。つまり、中核都市や県単位のデータセンターにMECを組み合わせる形で、十分に超低遅延ニーズに応える現実解が存在しているのだ。
筆者のもとにも、地方分散型データセンターの検討について問い合わせがあるが、現時点では構想が先行しすぎており、粒度の高すぎる分散はむしろ過剰投資となりかねない。現実的には、都道府県や経済圏単位で“適度に分散”させる設計こそが、技術的にも経済的にも妥当な選択といえる。
地方分散型データセンターは通信事業者がリードすべき領域
地方分散型データセンター構想は、現時点ではデータセンター事業者にとって、経済合理性が成立しにくい施策である。人員の分散配置、GPU運用の非効率性、顧客ニーズとの不整合といった実務面の制約が大きく、民間企業が単独で推進するには限界がある。
しかし、ここにこそ通信事業者の戦略的な機会が存在すると筆者は考える。通信事業者は全国に広がる基地局網をすでに有しており、地方インフラの基盤を担う立場にある。また、保守体制も全国規模で展開しており、分散拠点の維持管理も比較的容易に対応できる。この既存アセットを活かし、分散型演算拠点としての主導権を握ることは、通信事業者にとってきわめて合理的な判断である。その際には、再エネ事業者やCATV、自治体、交通インフラ事業者など地域プレイヤーとの連携によるエコシステムを形成出来れば、リスクも分散しながら、分散型データインフラのオーケストレーターとしての地位を築くことが可能と考える。
実際、すでにこうした動きは現実のものとなりつつある。ソフトバンクはNVIDIAと連携し「AI-RAN」構想を推進し[8]、基地局にAI演算機能を統合する新たな分散演算モデルを模索している。またKDDIも、ローソン店舗活用の構想を示唆している。通信事業者が分散インフラの担い手として関与することは、単なる通信網の提供にとどまらず、地域社会の仕組みそのものを設計する立場へと進化することを意味する。それは、脱炭素の推進や地域経済の活性化、さらには次世代サービスの土台づくりにおいて、戦略的に主導権を握ることを可能にする。
さらに、短期的なデータセンター需要への対応においても、通信事業者は重要な役割を果たせる。たとえば、排熱を地域暖房や農業、養殖などに活用する「熱の地産地消」モデルは、欧州を中心に取り組みが進んでおり、日本においてもGX文脈の中で具体化が進みつつある。この領域においても、通信事業者は、防災拠点支援や地域熱利用といった周辺サービスを提供可能なアセットを有しており、GXと地域共生の両立を実現する価値共創の中核を担うポジションにあると筆者は考える。
新たな集積地形成と九州の先行性:集中型戦略の現実解
ワット・ビット連携構想のもう一つの柱が、「新たなデータセンター集積地の形成」である。これは、地方分散型のデータセンターとは性質が異なり、ギガワット級のハイパースケールデータセンターを一極に集中させることで、AI学習などの大規模演算処理に対応しようとする“集中型”の戦略である。地方分散が地域分散・冗長性・小規模化を重視するのに対し、本戦略は、AI学習などの大規模演算を効率的に行いながら、再エネの集中的な活用も図るという点で、アプローチが根本的に異なる。
候補地としては九州と北海道が挙げられるが、筆者は現時点においては九州のほうが先行して整備が進む可能性が高いと見ている。その背景には、いくつかの現実的な要因がある。
・再エネの需給ギャップの顕在化:九州は全国でもトップクラスの太陽光発電導入量を誇り、すでに出力制御が常態化している。再生可能エネルギーの有効活用先として、安定した大口需要であるデータセンターの誘致が急務となっている。
・電源供給力のさらなる強化:再エネに加え、九州電力が次世代革新炉の建設を視野に入れるなど、将来的な電源強化も計画されており、長期的な電力安定性が見込まれる。
・通信インフラの整備状況:複数の事業者がデータをやり取りする接続ポイントである、IX(インターネットエクスチェンジ)や海底ケーブルを陸上の通信ネットワークに接続するための拠点である陸揚局など、データセンター立地に不可欠な通信インフラが、東阪圏以外では九州で特に整っている。
・IT人材の厚み:IT関連人材の集積度においても、北海道と比べて九州の方が層が厚く、運用・保守の面での実行可能性が高い。
もちろん、北海道にも冷涼な気候や豊富な風力資源といった独自の強みがあるが、実装スピードやインフラ整備の効率性という観点では、現時点では九州が一歩リードしている。これらの条件を踏まえると、筆者は2030年代前半には九州型の集積モデルが先行して実現し、GX・地方創生・デジタル基盤が融合した国家的ショーケースとなる可能性が高いと見ている。
おわりに
本稿では、「ワット・ビット連携官民懇談会取りまとめ1.0」で示された三つの柱を手がかりに、ワット・ビット連携構想の現在地を整理した。その中核には、ノード価格を軸とした電力とICTのリアルタイム協調があり、これが2030年代における社会基盤の根幹となる可能性を示した。
また、構想内で語られる「地方分散型」と「集積型」という二つの戦略について、それぞれの目的と成立条件を明確に整理した。地方分散型においては、過度な分散ではなく、経済圏単位での“適度な分散”が現実解であり、通信事業者が既存アセットを活かして主導する領域であることを論じた。
一方、ギガワット級のハイパースケールDCを前提とする集積型戦略では、九州が先行する可能性を指摘し、GX・地方創生・デジタル基盤が融合する国家的ショーケースとしての展開が期待されることを示した。
そして今、求められているのは、分散と集中を地域特性や用途に応じて最適に組み合わせるアーキテクチャの設計力である。その設計を担い、電力・通信・地域をつなぐ戦略的ポジションを築くうえで、通信事業者の担う役割は大きいと筆者は考える。
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[1]
電力広域的運営推進機関(2025), “全国及び供給区域ごとの需要想定(詳細表)【Excel版】“,
https://www.occto.or.jp/juyousoutei/2024/250122_juyousoutei_2025.html(参照:2025年7月3日) -
[2]
総務省 経済産業省(2025),”ワット・ビット連携官民懇談会取りまとめ1.0”,
https://www.soumu.go.jp/main_content/001014454.pdf (参照:2025年7月3日) -
[3]
東京電力パワーグリッド(2025), “電力系統の余力活用等に向けた諸論点について”,
https://www.soumu.go.jp/main_content/001012066.pdf (参照:2025年7月3日) -
[4]
資源エネルギー庁(2025), “令和7年度 第2回工場等判断基準WG省エネ法に関する措置について”,
https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/shoene_shinene/sho_energy/kojo_handan/pdf/2025_002_03.pdf(参照:2025年7月3日) -
[5]
総務省(2025), “デジタルインフラ整備計画2030”,
https://www.soumu.go.jp/main_content/001013976.pdf(参照:2025年7月3日) -
[6]
送配電システムズ合同会社, “送配電システムズ合同会社HP 事業内容”,
https://souhai-sys.co.jp/business/(参照:2025年7月3日) -
[7]
総務省(2025), “ワット・ビット連携実証イメージ:ワークロードシフト(WLS)技術の有効性実証”,
https://www.soumu.go.jp/main_content/001006335.pdf(参照:2025年7月3日) -
[8]
ソフトバンク株式会社(2024), “AI-RAN統合ソリューション「AITRAS」を開発” ,
https://www.softbank.jp/corp/news/press/sbkk/2024/20241113_06/(参照:2025年7月3日)