2025.08.12

生成AIは、経理・財務部門をどう塗り替えるか

【第3回】“事例待ち”では遅い──生成AI活用はPoCからROI獲得フェーズへ

桜井 啓斗 

生成AIがビジネスの現場で広く注目を集め始めた2023年以降、筆者は経理・財務領域における生成AIの可能性や実践について論じてきた。2023年6月に公開した連載第1回では、経理・財務業務との親和性や具体的な活用シーンを紹介し、同年11月の第2回では、生成AI時代における人間の役割や今後の進化の展望、経理・財務業務への応用例を提示した。あれから約1年半が経過した現在、生成AIの進化と企業への浸透は一段と加速し、企業はPoC(実証実験)の段階を越えて、ROI(投資対効果)を厳しく問われる本格的な実装フェーズに入った。
本稿では、社会と技術の両面から最新動向を整理したうえで、生成AIの現在地(期待値および導入状況)を明らかにするとともに、明確となった課題を突破するための思考法を提示する。

第1章 経理・財務業務と生成AIの最新動向

2023年11月に執筆した第2回では、生成AIの最新動向と経理・財務業務への具体的な適用方法、そして効果を引き出すためのポイントを紹介した。それから1年半が経過し、生成AIを取り巻く環境は予想を上回るスピードで進化している。企業における活用もPoCフェーズを超え、本格的な業務導入へと舵を切る動きが加速しており、もはや“実証”ではなく“実装”が主戦場となってきた。すなわち「導入コストに見合う成果=ROI」が現場で厳しく吟味されるフェーズへ移行したと言える。技術面では、モデルの精度・機能の幅とともに飛躍的に進化しており、専門的なリサーチ、コーディング、PC操作の自動化といった高度かつ複雑なタスクまでこなせるレベルに到達した。
特に2025年は「エージェント型AI元年」とも言われ、業務エージェントが次々と実装される中で、自律的な業務遂行の基盤が整いつつある。この進展により、AIは単なる補助ツールを超え、企業内の日常業務に深く組み込まれる「協働パートナー」としての役割を果たす転換点を迎えている。
経理・財務のプロセスもこうした進化の影響を受けており、以下のように一連のプロセスにおける劇的な変革が可能となっている(図1)。

図1:経理・財務業務における生成AI活用状況

 
また政府による制度整備も大きく進展した。経済産業省と総務省は「AI事業者ガイドライン(第1.0版)」を策定し、生成AIを含むAIサービス提供における説明責任・安全性・透明性といった原則を明文化[1]。さらに、クリエイティブ業界向けの「コンテンツ制作のための生成AI利活用ガイドブック」[2]では具体的な事例や留意点を提示し、デジタル庁による「テキスト生成AIリスク対策へのガイドブック(α版)」では企業を含めてその対応策が整理された。こうした政策的な土台づくりが進んだことで、生成AI活用の加速が現実味を帯びてきたと言える[3]。
またOECD(経済協力開発機構)が2024年に発表した「Using Artificial Intelligence in Public Financial Management (OECD, 2024)」[4]では公的機関における経理・財務部門の生成AIの活用事例も取り上げられている。
 
このように、企業のみならず公的機関にも生成AI導入を後押しする状況となっており、結果として、生成AIの導入を先行している企業においてはもはやROIを求める段階に達していると言える。次章では、そこで立ちはだかる課題と突破口について触れる。
 

第2章 事例待ちのリスクと先行優位性

前章で触れたとおり、生成 AI 活用は“ROIを問われる実装フェーズ”へ突入した。技術進化のスピードが速い現在、「他社の成功事例を待つ」姿勢は企業にとってROI獲得の機会を逃すリスクとなる。ROIは単なる技術導入では得られず、試行と学習を通じた業務改善と、それに伴う収益向上により実現するものだ。既存事例の蓄積を待ってから動き出すのでは常に一歩遅れ、競合優位性を築くことは難しい。不確実性を許容し、自社でユースケースを創出・検証する企業こそが先行的に成果を上げている。
 
米フィンテック企業のIntuit(イントゥイット)はそうした姿勢を象徴する企業のひとつである。Intuitは2020年時点で生成AI基盤「GenOS」の開発に着手し、同社が提供する会計ソフトなどに生成AIを使ったファイナンシャルアシスタントを搭載するなど、すでに1,000以上の業務・サービスに展開。中小企業向けのAIエージェントなどで生産性15%向上・コーディング時間30%短縮といった効果を実現している。同社のチーフ・データ・オフィサーであるAshok Srivastava氏は、IT・経営層向けの米国メディアCIOの取材記事で「待っていられない。自ら技術を構築し、技術の進化に応じて自社のプラットフォームも進化させていく」と語り、同社は大手クラウドベンダーよりも18か月から2年早くプロダクトを市場に投入し、俊敏性を武器に先行者利益を獲得している。 もちろん、こうした先行投資にはリスクもある。また、CIOの同記事では最高情報責任者の70%が「AIアプリの90%は失敗だった」と報告し、PoCの9割が成果を出せなかったという声もある。表層的な「成功事例待ち」がリスク回避になるとは限らず、むしろ自社でのトライを通じて何を学習するかがROIを左右する。Intuitはユーザー企業とは立場が異なるものの、「待たずに動く」姿勢が成果を引き寄せるという点において、ユーザー企業にも通じる重要な示唆を与えてくれる。事実、生成AIを早期導入した企業はそうでない企業よりも1.5倍高い収益成長を実現しているという結果も記載されていた。成果を得るには、リスクを織り込みつつ先に踏み出す覚悟と、失敗から学び切る構えが求められている。[5]
 
また、生成AIは短期的にも効果が期待できる一方で、導入を契機に業務プロセスの見直しや人材育成、ガバナンス、データマネジメント全体の刷新を促すことができ、長期的に見れば効果を最大化しやすい。こうした構造変革の起点としての価値も含め、ユースケースを創出し先行導入する意義は極めて大きい。
 

第3章 アナロジー思考によるユースケース創出

とはいえ、「ユースケースを創出せよ」と言われても、それが難しい作業であることに変わりはない。そんな状況下で活路となり得るのが、成功構造をヒントに発想を広げる「アナロジー思考」である。
 
2023年前後、ChatGPTの登場により生成AIへの注目が一気に高まった。しかし当時、企業の経理・財務部門での具体的な活用事例はごくわずかで、将来の応用可能性を見極めることは容易ではなかった。
 
生成AIが登場するまでのまでの経理・財務部門におけるAI活用といえば、AI-OCRによる請求書読み取りなどが主流であり、文章生成や対話といった生成AI特有の能力を業務にどう活かすかは手探りの段階であった。こうした状況では、既存の業務構造や過去の常識にとらわれず、活用シナリオを構想するための視点を切り替える必要があった。
 
筆者自身も当時、生成AIの経理・財務業務への応用を模索していたが、参考となる先行事例が乏しく、検討の指針を見失いがちだった。そこで採ったアプローチが「アナロジー思考」である。これは、ある分野でうまくいった仕組みやアイディアの“構造”を抽出し、それを別の分野に応用する思考法で、異なる領域間の共通点に着目することで、新たな打ち手や仮説を導くアプローチである。
 
ChatGPTをはじめとする汎用ツールや、わずかに存在した特化型サービスが他業界・他業務で活用されていた事例から“構造上の核”を抽出し、それを経理・財務の課題に重ね合わせてみると、たとえば「自然言語による問い合わせ対応」というコア機能を、会計審査補助に転用するといったアイディアが出てくるといった具合だ。この方法によって応用可能性の輪郭が浮かび上がり、複数のアイディアが顧客提案や本記事などの発信へと結実した。
*なお、当時創出したアイディア、類似の着想を持つ人は他にも存在し得るものであり、本稿で過去の発信内容や顧客提案内容のオリジナリティや先駆性を主張する意図はないことを付記しておく。
 
このように、事例不足の段階でもアナロジーによって将来の活用シナリオを先取りして考えることが、経理・財務における生成AI活用の模索を支えてきた。ユースケース創出の初期においては、「似ている構造をどこかに見出せるか」という視点が、限られた情報から実行可能な仮説を導くうえで極めて有効であったといえる。
アナロジー思考を活用した生成AI活用のアイディア創出と業務への実装方法については、次回で詳しく紹介する。
 

おわりに

本稿では、2023年以降の生成AIに関する動きを踏まえ、主に 生成AIの技術・制度面のアップデートと各企業の動向を整理した。こうした ROI 獲得に向けた壁は依然として高いが、制度・実務の両面で環境が整った今、改めて第2回執筆時を振り返ると、当時は「生成AIは一過性のブームでは?」「結局どう使えばいいのか見えない」といった懐疑的な声も少なくなかった。筆者が提示したユースケースの一部も慎重に受け止められていたことを記憶している。
しかし現状を見ると、当時提示したユースケースに極めて近い事例が次々と現実化しつつある。なぜ 前回の段階でその兆しを捉えられたのか――その背景には、第3章で述べた通り、“事例待ち” の姿勢を排し、自ら課題を抽象化し、他業界・他部門の成功構造を応用する アナロジー思考 があった。
次回は、そのアナロジー思考について詳述するとともにアナロジー思考で得た発想を単なるアイディアで終わらせず、実行・実利に移すための5つのポイントについても紹介していく。

  1. [1] 経済産業省・総務省(2024), “AI事業者ガイドライン(第1.0版)”, https://www.meti.go.jp/press/2024/04/20240419004/20240419004-1.pdf (参照 2025年8月7日)
  2. [2] 経済産業省, “コンテンツ制作のための生成AI利活用ガイドブック”, https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/contents/ai_guidebook_set.pdf (参照 2025年8月7日)
  3. [3] デジタル庁(2024), “テキスト生成AIリスク対策へのガイドブック(α版)”, https://www.digital.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/c1959599-efad-472e-a640-97ae67617219/a4d5d229/20240529_resources_generalitve-ai-guidebook_01.pdf (参照 2025年8月7日)
  4. [4] Organisation for Economic Co-operation and Development(2024), “Using Artificial Intelligence in Public Financial Management 46th Annual Meeting of the Committee of Senior Budget Officials”, https://one.oecd.org/document/GOV/SBO(2024)14/en/pdf(参照 2025年8月7日)
  5. [5] CIO.com, “Fast vs. Slow: The Real Impact of AI Adoption Speed”, https://www.cio.com/article/3634175/fast-vs-slow-the-real-impact-of-ai-adoption-speed.html (参照 2025年8月7日)

桜井 啓斗

ファイナンシャルマネジメント

マネージャー

※担当領域および役職は、公開日現在の情報です。

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