2023.11.30

生成AIは、経理・財務部門をどう塗り替えるか

【第2回】生成AIで勝つ経理・財務組織になるために

桜井 啓斗 

第1回では、生成AIの現状を把握した上で、経理・財務業務との親和性や考えられる活用シーンを紹介した。第2回となる今回は、経理・財務業務一連の流れにおける具体的な生成AI活用方法を述べる。さらに、今後ますます進化が期待される生成AIとの付き合い方や、その効果の出し方についても触れていく。
*生成AIには画像・音声・動画を扱うものも含まれるが、本稿では主に自然言語を取り扱う生成AIに触れることとする。

第1章:生成AIの発展

連載第1回では、ChatGPTをはじめとする生成AIが、テキストデータからの学習を通じて、自然言語での会話能力や質問に対する適切な回答を生成する能力を有していることを紹介した。このような生成AIの特性により、「自然言語でのインプット/アウトプット」「思考の外部化」が実現され、ビジネスの場でより有効的な活用が可能となっている。

自然言語でのインプット/アウトプット

  • 生成AIは、自然言語によるインプット・アウトプットを可能にし、これにより学習コストの削減、多様な応用分野への適用といった効果が期待できる。従来のITシステムやプログラミング、Excelなどの利用には、専門知識や特定のツールへの習熟が必要であったが、生成AIの活用により、そのハードルは大きく下がる。日本語での直接指示と明確な日本語出力が可能になったことで専門性を要する業務や作業の学習コストが大幅に削減され、疑問や不明点がある場合も生成AIに質問をすることで、分かりやすい回答を得られる。
  • さらに生成AIによる自然言語処理の柔軟性は、多言語対応の容易さや文化的なニュアンスの理解にも寄与し、異なる言語や文化背景を持つユーザーもスムーズにサービスを利用できるようになる。このように生成AIは、データ分析や意思決定支援などのビジネスや研究の分野においても広範な活用が期待されている。
  • 生成AIは図1にあるように、多くの業務で高いパフォーマンスを発揮する。最終的な確認は人の手に委ねられるものの、生成AIの提案をベースに内容をブラッシュアップすることで、より質の高い成果を得ることができる。また、基本的な思考作業を生成AIに委託することで、人の時間を他の重要な作業に振り分けることができ、全体としての思考業務の高度化や効率化が実現する。

図1:生成AI ユースケース例

 

第2章: 経理・財務業務における応用例

本章では、経理・財務業務の代表的な流れを基に、生成AIがどのように活用できるかについて述べていく。
経理・財務業務で対応すべきことは多岐にわたるため、以下で挙げる内容はごく一部となるが、取引を計上し、開示するまでの代表的な流れを大きく①取引締結②仕訳計上③管理会計④開示に分けて説明する。

このような業務プロセスにおける生成AIの活用シーンとして、特定業務専用のツール開発が注目されている。具体的には、新規取引先審査時に財務情報や信用リスクデータを活用する取引先審査用ツールや、株主総会の際、自社の決算情報などを基に想定QAを作成するツールが存在する。

実際に開発中のものを含め、各業務プロセスのうち生成AIを活用できるシーンを整理すると、下図の通りである。
*いずれの活用シーンも、あくまで検討の補助とし、生成AIによるアウトプットの正否を判断できる体制を整備することを推奨

図2:経理・財務業務における生成AI活用シーン

 
記載例以外にも、連載第1回で触れた「内部統制業務における不正検知」など様々なシーンが想定され、今後一層活用シーンが広がることが期待される。

第3章: 生成AIの今後の進化

生成AIは、これまでに述べてきたように、多岐にわたる業務での活用が可能であり、既に多くの業界に変革をもたらしている。現時点でも、生成AIは我々の予想を超える速さで進化・普及しているが、この技術はまだ新しく、以下2点から、今後も一層進化が期待される。

(1)性能の改善:生成AIには、Microsoft社といった外資企業だけでなく、サイバーエージェント社やNTT社、LINEヤフー社といった多くの内資企業が生成AIの基盤技術である大規模言語モデル(LLM)の開発に取り掛かっており、また生成AIのユーザーも日を追うごとに増えている。こうした環境下で、生成AIの精度は今後さらに向上することが期待される。また学習範囲が拡張されることで、情報の最新性やカバー範囲の拡大、事実に基づかないことを本当のことかのように述べる「ハルシネーション(幻覚)」の減少など、規模と性能が向上し、より信頼性の高い生成AIの実現が見込まれる。

(2)カスタムメイド性の強化:以下2つの側面での利便性向上が期待される。
1つ目は、企業特有のデータや課題に対応した専用システムの構築である。現在、経理・財務をはじめ、多くの業務向け生成AI連携ツールが市場に出ているが、これらの多くはQuick Winを目指して作られているため、一部の機能が最適化されていないことがある。特に自社データの自動連係が非対応だったり、機能が限定的であるため、細かい要望には応えられないことが多い。しかし、最近の動向として、自社のデータベースとの連携を強化し、要望に応じた仕様のカスタムメイドな機能開発が進められている。この動きは、今後ますます一般化し、自社課題により適合したツールの使用が可能になると考えられる。

2つ目は、ユーザーの利用状況や保有データを基にしたアウトプットの提供である。同じ質問でも、所属組織や会社が違えば、規程・プロセス・文化が異なり、結果として求められる回答の内容も異なる場合がある。生成AIはユーザーの特性や背景を学習し、それに合わせた最適な回答を提供することが期待される。既に生成AIと連携したChat Botツールには、質問の傾向や回答の評価をもとに、ユーザーごとに回答を最適化するといった「使いながら育てる」機能が取り入れられている。この動きは今後さらに一般化し、利便性の向上が期待される。
 

第4章: 生成AI時代における経理・財務人材の役割

連載第1回で触れたとおり、ルールベースの業務が多い経理・財務領域と生成AIは相性が良く、生成AIの進化に伴い、経理・財務領域における生成AIの活用範囲は今後広がっていくことが予想される。そうすると、経理・財務に関する知見や専門性すらも不要となる未来を期待する読者もいるかと思うが、それに対する筆者の考えは「(少なくとも当面は)否」である。

確かに、生成AIの発展により、簿記の知識が浅くても各種審査が可能となるかもしれない。財務指標の理解が不十分であっても、信頼性のある分析レポートの作成が可能となるかもしれない。しかし、人間は最終的な判断とその責任を持つ必要があるため、出力結果の正確性を評価し、誤りを修正する能力は必要不可欠である。また、生成AIから有益なアウトプットを得るためには適切な指示(プロンプト)を出す必要があるが、それには業務内容や背景の理解が不可欠だ。

そして、生成AIが提供した情報を基に次の行動を起こすのは人間である。たとえば、生成AIによる財務分析の結果を基に、具体的な改善施策を実行するのは人間の役割だ。生成AIの提案が正確であっても、それを基に人々を動かすためには、適切な前提知識と説得力・扇動力が必要だ。

したがって、生成AIの進化が進んでも、以下の3つの要点は人にとって重要ということである。

  1. 生成AIに適切な指示を出すための業務理解
  2. 生成AIの出力の正確性を評価する能力
  3. 生成AIの提案を基に人々を動かす説得力・扇動力

これらを基に、人と生成AIの役割を整理したのが図3だ。

図3:人と生成AIの役割分担イメージ

 

第5章: 生成AI活用のための実践ガイドと導入のポイント

近い将来、生成AIを活用しない業務の進行は困難となるかもしれない。しかしながら、組織や人がその変化に迅速に適応することは容易でない。というのも、生成AIの適切な活用方法、指示(プロンプト)の出し方、関連するリスクや制約・限界といった現状など、多くの知識と理解が必要だからである。
この文脈で重要になるのは、各組織や人が「生成AIリテラシー」を速やかかつ体系的に習得することだ。実務において生成AIを導入し、理論と実践を組み合わせて学び、習得することが不可欠である。そして、その過程で得た知識や経験を組織として独自の「生成AIリテラシー」として体系化し、更に共有・実務へ還元することで、生成AI時代に即応できる組織づくり、人材育成が可能になると筆者は考えている。

図4:生成AIの実務活用を通した生成リテラシー醸成イメージ

 
こうした生成AIの早期業務活用の重要性を理解した上で、その導入には以下の2つのポイントが考慮されるべきと考える。
 
(1)専門的かつ体系的な学習:生成AIを活用する際には多くの要素を学ぶ必要がある。まずは利用し、実践を通じ知識を整理したり、自社・自組織に合わせカスタマイズしたりすることも考えられる。しかし使用を開始する前に、業界や業種、社内文化に依存しない生成AIの使い方に関する基本的な知識を身につけることが不可欠である。

(2)社内インフルエンサーのアサイン:新しい技術への関心が高く、社内での発信力を持つ社員をインフルエンサーとして指名する。彼らが生成AIの活用方法を定期的に共有することで、他の社員も参加しやすくなる。ここでの鍵は、初期段階で他の社員が生成AIの効果を実感することである。専門的な用語や複雑な業務よりも、議事録作成のような日常的で、誰もが経験したことがある業務を取り上げることで、社員が生成AIの効果を直感的に理解しやすくなる。このようなアプローチを通じて、生成AIの活用に関する社内コミュニティが徐々に形成される。そしてこのコミュニティを通じて、新しいユースケースが浮上してくるなどの効果も期待される。
 
上述の2点は、経理・財務領域に限らず、生成AI導入時の基本的な要件として考慮すべき事項である。その上で、「メインスコープの特定」「効果試算」「生成AI連携ツールの選定・導入」「自社専用ツールの開発」等の取り組みを進めることで、効果の最大化や導入の定着が期待される。しかしながら、これらの取り組みを通常業務の中で進めることは、多くの企業において工数や専門的なノウハウが不足しているため難しい。したがって、生成AIの本格的な導入を検討する際には、外部の専門家を交えてプロジェクトを組成することも一つの有効な方法である。

最終的な目標として、組織全体で生成AIを自然に活用する文化を築くことが重要だ。各社員が生成AIに対する正確な認識を持ち、その活用を通じて競合他社に対する優位性を築くことが、最終的な成功の鍵となると筆者は考える。

おわりに

連載第2回にわたり、生成AIの概要、ユースケース、導入のポイントについて詳述してきた。近年、AIの進化に伴い、「人はAIにどう対抗するか」という議論が増えてきたが、真の問いは「我々はAIどう対抗するか」である。生成AIの特性とリスクを正確に理解し、早期からのトレーニングを重ねることで、生成AIが広く普及した時代にも適切に活用・対応し、代替不可能な人材になることができると筆者は確信している。

この度の連載はここで終了となるが、生成AIの動向は今後も注視し、経理・財務業務の想定ユースケースと事例に基づいた効果検証などを詳細な調査を進めていく予定だ。今後、本稿の第2章で述べた活用シーンの詳述なども検討しているため、引き続きの関心とご支持を頂ければ幸いだ。

桜井 啓斗

ファイナンシャルマネジメント担当

シニアコンサルタント

※担当領域および役職は、公開日現在の情報です。

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