2023.07.20

生成AIは、経理・財務部門をどう塗り替えるか

【第1回】ChatGPTをはじめとしたLLM(大規模言語モデル)の経理・財務業務への活用

桜井 啓斗 

2023年の上半期を振り返ると、「ChatGPT」は間違いなくビジネス界を活気づけたキーワードの1つと言えるだろう。ChatGPTをはじめとするLLM(Large Language Models:大規模言語モデル)は、その能力を日々進化させ、人間の業務を代替する可能性を現実にしようとしている。
特に、ルールベースの作業が多く、正確さと効率性が求められる経理・財務業務では、LLMのパターン学習や結果生成の能力が高く評価され、大きな変革が期待されている。
本連載では、まずLLMの現状を把握し、それに続いて具体的な経理・財務業務への活用シーンについて詳しく紹介していく。

第1章:LLMの概要

LLMは、その名の通り、大量のテキストデータから学び、人間にわかる言語でテキストを生成するAIモデルのことを指す。
LLMが従来のAIと異なるのは、その驚異的なスケールと学習能力にある。LLMはインターネット上の膨大なテキストデータから学び、広範な知識と理解を培う。これにより、LLMはコンテキストに対する理解を深め、より自然な言語を生成できる。また、ほとんどのLLMはTransformerと呼ばれる深層学習モデルをベースとしている。このモデルは、入力された文章の各単語が他の単語とどのように関連しているかを理解し、その上でコンテキストに基づいた応答を生成する能力を有している。

その代表的な例がOpenAIの「GPT(Generative Pretrained Transformer)」シリーズであり、中でも注目を集めているのがChatGPTだ。ChatGPTは、人間のように自然な会話を行うAIとして広く認知されている。その背後には、OpenAI社による数年にわたる研究と開発がある。その過程で、ChatGPTは何百億ものパラメーターを使って、インターネット上のテキストデータから学習し、様々な質問に対する適切な回答を生成することが可能となった。これにより、ChatGPTは自然な会話だけでなく、特定のタスクや問い合わせへの対応能力も持つようになった。

ChatGPTをはじめとするLLMの業務活用については、以下に示す使い方が可能と筆者は考えており、現に業務で活用しているビジネスパーソンや企業も多数存在する。

図1:LLM活用シーン例

 

第2章:経理・財務業務とLLMの親和性

第1章で触れた通り、幅広い業務領域での活用が期待されるLLMだが、ここでは主に経理・財務業務での活用について紹介する。
経理・財務業務は、企業の経済活動を適切に記録し、その結果を明確に表示するための重要な機能だ。この機能には、購買・販売の記録、財務報告、資金管理、コスト計算、税務対応など、多岐にわたるタスクが含まれる。また、これらの業務はしっかりとしたルールや規則に基づいて行われることが多く、精度と一貫性が極めて重要だ。

LLMの特性はこのような経理・財務業務の性質と高い親和性を持っている。まず、経理・財務業務の大部分は定型的なルールに従うため、LLMがそのルールやパターンを学習し、さらには自律的にタスクを選択し実行する能力が活かされる。つまり、LLMは、人間の指示を行間含めて解釈し、タスクを判断・実行でき、さらにその結果を活用する役割を担うことができるのである。これはLLMの特性「高度な自律的思考・実行能力」によるものである。

また、経理・財務業務は会計データなどの適切な処理を必要とし、結果として得られた情報から効果的なアクションプランを導き出すことが求められる。この点で、LLMの「洞察に基づくアクションプランの提供能力」が重要となる。LLMは情報処理したのち、異常値や数値の上限などの有意義な情報を抽出した上で、その抽出結果を解釈・原因分析し、次の行動を提案することができる。

ただし、ここで注目すべき1つの特性として、現状のLLM自体は計算が苦手という点があり、上記を実現するには別の計算エンジンが必要となる。つまり、この計算エンジンをLLMに追加して組み合わせ、LLM上で制御することで、LLMの思考と実行能力を活かしながら、高精度な財務計算・分析が実現可能となる。
さらに、LLMは自然言語を理解し生成する能力を持つため、人間との自然なインタラクションが可能だ。これは、経理・財務業務におけるデータベースのクエリー解釈や、複雑な問い合わせへの対応、指示の実行など、人間とのコミュニケーションが必要な場面で有用である。

第3章:LLMが経理・財務業務にもたらす可能性

前述のように、LLMの特性に相補的な技術を組み合わせることで、LLMは経理・財務部門の運用における新たな可能性を秘めている。ここから、LLMがどのように経理・財務業務の課題解決に貢献可能であるかを考察する。

1. FP&A(Financial Planning & Analysis:財務計画・分析)
FP&A領域において、LLMの「高度な自律的思考・実行能力」、「洞察に基づくアクションプランの提供能力」は大いに役立つ。というのも、LLMがルールやパターンを学習し、さらには自律的にタスクを選択し実行する能力により、求められた分析に対して成すべきアクションを自身で判断・実行することができるからだ。そして計算したのちに、LLMが自身で計算結果に対する原因分析を行い、事態を改善に導く提言をすることもできる。
第2章で述べた通り、LLMの特性と計算エンジンを組み合わせることで、FP&A領域においては、過去の財務データから未来の収益や費用、キャッシュフロー予測などの分析に使用し、予算作成や財務計画の精度向上に向けた基礎情報の導出が可能となる。これにより、企業の戦略策定をより効果的なものにできる可能性がある。
さらに、LLMは自然言語生成の能力を活用して、分析結果を明確で理解しやすい報告にまとめられるため、レポーティングに活用し、迅速な意思決定にも役立てることができる。

2. 税務
税務は、法規制の変更や国際的な取引の増加により、複雑化の一途を辿っている。この複雑さを管理する際にも、LLMの活躍が期待できる。LLMを外部情報源と接続することで、LLMが税法や規制の変更を抽出し、それらが企業の税務戦略にどのように影響するかを算出・分析できる可能性がある。またLLMの「洞察に基づくアクションプランの提供能力」を利用することで、税務リスクの評価や税務計画の最適化に向けた提言も期待できる。

3. 内部統制
内部統制は、企業の運営を監督し、リスクの管理や法規制を遵守する重要なプロセスだが、これもLLMの特性と計算エンジンを組み合わせることで、さらなる効率化・高度化が実現できる可能性がある。
LLMは、異常検知のアルゴリズムを用いて、自律的に財務データの中から不正行為の兆候を見つけ出し、自然言語で具体的な情報を提供することができる。また不正兆候とされた異常値の詳細内容を自然言語で深掘りすることもできる。これにより、不正行為の早期発見やけん制が可能になり、企業のリスク管理強化が期待できる。

4. M&A(合併・買収)
M&Aは、企業の成長戦略の一部として重要な役割を果たす。LLMは、M&Aのプロセスを効率化し、投資リスクを軽減するのに有用だ。その理由として、LLMが自律的に企業情報を処理し、投資対象企業の財務状況や市場環境を詳細に分析した上で、自然言語でアクションを提示することが可能だからだ。これにより、デューデリジェンスのプロセスが高速化され、より適確な投資判断の実現が期待できる。さらに、LLMは自然言語を理解する能力を持つため、企業の公式報告書だけでなく、ニュース記事やソーシャルメディアなど、様々な情報も分析に取り入れることができることから、M&Aの成功率を高められる可能性がある。

当然人間による最終チェックは要するものの、このようにLLMの経理・財務業務への応用は、高度なデータ処理能力を基に、業務効率化や高度化の実現に寄与することが期待される。

だが、機密性の高いデータを扱う経理・財務部門では、セキュリティの確保が重要となる。そのため、LLMを活用するツールの多くは、命令入力時に提供した機密情報やデータに不正にアクセスされたり、学習データとして活用されたりすることがないよう、ユーザー専用のLLM活用環境を構築するなどの対策を施している。

図2:LLM活用ツール セキュリティ対策イメージ

 
また、LLMを経理・財務業務に活用するためには、大量の最新情報を正確かつ効率的に処理するための策も必要である。この問題に対する回答として、LLMの活用ツール開発では、社内システムや外部データとの連携やインプット情報量の最大化に重きを置いている。

図3:LLM活用ツール 外部情報連携イメージ

 
以上の観点から見ると、LLMの経理・財務業務での活用は大きなメリットが期待される一方で、適用を進める上での課題も存在することがわかる。しかしながら、これらの課題と対策は、LLMを経理・財務業務に最適な形で適用するための重要なステップである。こうした視点からLLMの経理・財務部門への活用を検討することで、より効果的かつ安全な運用策を見つけることが可能になると言える。

おわりに

今回はLLMの現状を把握した上で、経理・財務業務との親和性や具体的な活用シーンを紹介した。
多くの可能性を秘めたLLMは、その進化と会計システムとの連携、大規模データのスムーズな処理を可能にする環境整備により、今回紹介した活用法の高度化や他の活用法への展開が期待できる。
次回は、経理・財務業務へのLLMの応用について、より具体的に整理した上で、LLMの今後の展望と、技術進化が経理・財務業務に与える影響について考察し、その未来像を描く。

桜井 啓斗

ファイナンシャルマネジメント担当

シニアコンサルタント

※担当領域および役職は、公開日現在の情報です。

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