2022.11.25

SAPロジスティクスモジュールを活用した物流DXの実現

倉庫業務をEnd to Endで可視化するアプローチと実現に向けたポイント

黒田 麻子 

昨今の多様化する顧客ニーズやサプライチェーンを取り巻く予測不可能な変化への対応は、製造業・流通業における最優先課題の一つである。
多くの企業が課題を抱えるなか、物流の現場である倉庫では、顧客の複雑な納入要件に対応しつつ、出荷時間短縮と物流コスト削減が要求されている。しかし、多くの物流現場では、このような要求に対応しようにも業務分析をするためのデータが存在しない、もしくは不足している。そのため、まずは倉庫内業務をデータ化し、可視化することが必要になる。
本稿では、筆者が関与したいくつかのプロジェクト事例をもとに、物流DX実現に向けたアプローチと成功のポイントを論じていきたい。

物流業界の課題から見えるDXの必要性

労働力不足やEC需要の拡大による荷量の増加に加え、昨今では新型コロナウイルス感染症の拡大によるグローバル物流網の寸断や、ロシア・ウクライナ問題による物流コストの上昇などを経験し、多くの企業が状況変化にしなやかに対応できる強く持続可能な物流構築の必要性を痛感している。
2021年6月に閣議決定された「総合物流施策大綱(2021年度~2025年度)」では、物流が果たす役割を「豊かな国民生活や産業競争力、地方創生を支える重要な社会インフラ」と位置づけ、物流の構造改革や生産性向上に向けた取り組みを加速度的に促進させる必要性をうたっている。この中で、今後の物流が目指すべき方向性の第一の観点として述べられているのが『物流 DX や物流標準化の推進によるサプライチェーン全体の徹底した最適化(「簡素で滑らかな物流」の実現)』である。[1]
具体的には、デジタル化・機械化を推進することにより、自社の物流網全体をEnd to Endで可視化し、最適化を目指した取り組みが必要と論じている。

物流DXの土台作りとしての物流拠点のデジタル化と標準化

多くの物流拠点で運用されている倉庫管理システム(WMS)にも、物流DXを推進するプラットフォームとしての役割が求められるようになってきている。倉庫管理システムに求められる機能は、以下の2点が考えられる。

1. 物流プロセスのデジタルデータ化

物流網の全体状況を把握するためには、すべての現場の業務プロセスにおいて、データ化が必要となる。輸送計画、入荷予測、補充計画、入出荷管理、保管在庫管理、ヤード管理等、広範囲にわたる全ての物流プロセスにおいてリアルタイムでデータを収集、分析できる仕組みが必要である。

2. 自動化・機械化への対応

物流DX実現に向けて、自動倉庫ピッキングシステムやピッキングロボットの活用を検討している企業が増えている。人手が必要な作業についても効率性や正確性向上のため、音声認識システムやウェアラブルデバイス導入、RFIDやセンシングデバイスを活用した物流IoTも進んでいる。このような最先端の物流ソリューションへの対応が、WMSには求められる。

このように、物流DXを推進する企業のWMSには、より高度化が求められている。高度なWMSをスクラッチで一から開発すると高コストになってしまうため、一般的にはWMSパッケージを検討することとなる。そこで、WMSパッケージの一つとしてSAP Extended Warehouse Management (EWM)[2]を紹介する。EWMは、製品が入庫、保管、ピッキング、流通加工を経て出荷されるまで、すべての工程をリアルタイムで多角的に管理するWMSである。
以下の4点において、物流網全体のデジタル化に強みを発揮する。

(1)豊富なデータ入力と接続性

物流網の全体状況を把握するためには、倉庫内の各業務プロセスにおいて、データ入力が必要である。EWMは、ビルトインのハンディソリューションを搭載し、オペレータがスキャンすることでデータが取得できる。さらには、現在導入が進むスマートフォンやタブレット端末、ボイスピッキング用の音声認識デバイス等、多様なデバイスとの接続を可能とするインタフェースを提供しており、さまざまな場面でのデータ入力に対応している。

(2)リアルタイムの多角的分析

記録されたデータは、モニタリング用のコックピットでリアルタイムにモニターすることが可能である。同時に、出荷作業や入荷作業のステータス、残作業も確認できる。

(3)複数拠点間の標準化

複数の物流拠点がある企業では、拠点によって倉庫の態様、取り扱っている品目や荷姿、作業内容が異なることがある。拠点ごとに異なるWMSを運用している実態もよく聞く。このような拠点間の差異は、データの精度や粒度の差異となり、全社横断でのデータ活用の支障となる。SAP EWMは、コアとなるビジネスプロセスは標準化しつつ、各倉庫個別要件にも対応する柔軟性を許容するため、複数拠点間の標準化を進めつつ各拠点の特性に合わせた運用を維持することに威力を発揮するだろう。

(4) ERPとのリアルタイム統合性

物流実行系領域を外部システムとして実装するとアドオン開発が必要になるとともに、リアルタイムでのデータ連携は難しくなる。
EWMの強みは、EWM側のデータがERPの受発注データや製造予定データとシームレスにリアルタイム連携され、かつマスタデータが統合されているため、垂直的に見ると統合性が非常に高く、End to Endでのリアルタイム性の実現に最適ということにある。

上記に加え、SAPのその他のロジスティクス系モジュールである輸送管理(TM)、ヤードロジスティクス(YL)とも相互に緊密な統合連携が可能であり、ロジスティクス領域全体の可視化・標準化を狙うことができる。

ある輸入商社のEWMを活用した物流改善の取り組み事例を紹介したい。
この商社の国内にある複数拠点では、倉庫管理システム未導入拠点と導入済み拠点が存在しており、主に以下のような課題を抱えていた。

  • 拠点ごと、取り扱いブランドごとに複雑な倉庫オペレーションを行っており、経験の長い作業者に頼らざるを得ない、ノウハウの属人化
  • 誤出荷・手戻りの発生。また、発生時に個体ごとの移動履歴が残っていないため、的確な改善対応が不可能

この事例では、EWMの導入を通じて、以下を実現している。

  • 商材や販売チャネルごとに必須の個別要件対応は残しつつ、入荷や出荷、在庫管理等のコアなビジネスプロセスのすべての拠点での標準化、データ粒度の可視化と標準化
  • リアルタイムモニタリング機能を活用して出荷頻度を分類し、出荷頻度ベースのレイアウト見直しにより、在庫配置を最適化
  • 物流拠点内での作業ごとのシステム入力により、シリアル(個体識別番号)単位のトレーサビリティを拠点内で可視化。さらに、ERP統合により、入荷から出荷、メンテナンス履歴まで、製品ライフサイクル全体で可視化

WMS倉庫業務デジタル化を成功に導くポイント

次に、WMS導入プロジェクトの成功のポイントを、筆者が経験したチャレンジを踏まえいくつか挙げていきたい。

導入前段階でのポイント

WMS導入の前さばきとして必須となるのは業務プロセスの標準化である。これまで、WMSでのデータ収集の重要性について述べたが、自社の物流センターのコアとなるビジネスプロセスが標準化されていなければ、データが多様化し、分析が困難となってしまう。そのため、業務プロセスの整理と標準化を図ることが必要である。

要件定義段階でのポイント

EWMに限らず、物流実行系のシステム導入においては、業務プロセスの整理・標準化だけでは不十分であり、例えば以下のような項目は把握しておく必要がある。

  • 取り扱い品目の種類やその特性(サイズ、重量、荷姿、付属品の有無、保管要件等)
  • 物流センター内部のリソース、スペース、安全管理上の制約
  • 使用している設備機器
  • 使用帳票類

入荷作業一つとっても、どういった運搬手段で荷着するか、どういった荷姿で入荷するか、トラックバースはいくつあるかによって、必要な倉庫内リソースの準備は異なる。このように、現場の状況をつぶさに観察し、分析することが要件定義段階の重要なポイントである。

テスト段階でのポイント

導入プロジェクトのテストフェーズにおいては、必ず現場でテストを行うことが肝要である。倉庫管理システムは物流現場にいる作業者が作業の一環として入力するものである。この視点をもち、システムだけではなく設備機器も合わせたEnd to Endのテストを行うことで、設備やハンディターミナルとの接続不備の洗い出しや、操作性の改善を狙うことができると考える。

さらに、前項で紹介したEWMを導入する場合のポイントについても言及しておきたい。EWMは、アドオン開発を行うことなく、さまざまな業界や業種、倉庫の規模や取り扱い商品等に対応できるように設計されている、非常に柔軟性に富んだパッケージ倉庫管理システムである。不要なアドオン開発をしないためにも、パッケージ標準機能を正確に理解することが必要である。

おわりに

従来、日本の製造業において物流分野は本業であるモノづくりに対して付帯的なコスト部門として位置づけられることが多かった。しかし、昨今では、物流関連コストが増加するにつれ、企業戦略上の物流改革の重要性が増しており、それに伴い物流センターを管理するWMSについても、リアルタイム性と先端技術への対応が求められている。これまで述べてきたポイントをおさえてWMSを導入・高度化させることができれば、物流拠点内のデジタルデータを有効に活用し、改善につなげていくことが可能となる。さらに、重要なのはデータ分析と改善活動のPDCAサイクルを回し続けることで、これによって物流DXを実現し、最適な状態に維持することができるようになるのである。

  1. [1] 国土交通省(2021年), “総合物流施策大綱(2021年度~2025年度)”, https://www.mlit.go.jp/seisakutokatsu/freight/content/001464774.pdf(参照2022年11月17日)
  2. [2] SAP、記載されているすべてのSAP製品およびサービス名はドイツにあるSAP SEやその他世界各国における登録商標または商標です。

黒田 麻子

ERPラピッドデリバリー担当

シニアマネージャー

※担当領域および役職は、公開日現在の情報です。

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