2025.06.18
消費財メーカーにおけるERP導入アプローチ/Fit to Standardの留意点【2025年版】
加藤 忠康

日本の消費財メーカーにおいては、DX戦略推進の一環としての基幹システム刷新整備、あるいはERP新バージョン移行を背景に多くのERPプロジェクトが行われている。そして今後も多くのプロジェクトが発生する見込みである。こうしたERPの移行・新規導入におけるプロジェクトで、Fit to Standard(以下、F2S)アプローチがプロジェクト推進上の重要な基本方針になるケースが増えている一方で、F2Sアプローチに起因する問題点や陥穽も散見される。そこで本記事では、実際のプロジェクト現場で得られた経験知と最新のベストプラクティスを織り交ぜ、成功のポイントと落とし穴を具体的に解説する。
Fit to Standard(F2S)とは何か?
ERP導入アプローチの変遷
日本では1990年代中盤からERP導入が始まったが、当時最もオーソドックスな導入アプローチはFit&Gapであった。Fit&Gapアプローチは、現状の業務プロセス・機能を分析(AS IS)し、ソリューションの標準プロセス・機能(TO BE)との比較を行い、標準プロセス・機能に適合しないものをGapと定義する。そしてGapに対して、①業務をソリューションに合わせる(業務改革)または②ソリューション上での追加開発を行う(いわゆるアドオン対応)のいずれかを検討する。
初期の多くのプロジェクトでは、ERP標準のプロセス・機能カバレッジが不十分であったこと、業務をシステムに合わせることが可能なケースでも業務変更を忌避しがちな現場の意見が採用されやすかったこと、標準化による業務改革効果が曖昧であったことなどから、現状プロセス・機能を維持したまま追加開発するケースが多発した。
結果として、“標準機能を最大限活かす”というERP本来の思想は形骸化し、保守運用フェーズでの複雑性やコスト増大を招くケースが後を絶たなかった。
Fit to Standard(F2S)アプローチ
その後、ERPソリューションのプロセス・機能が拡充し、クラウドSaaS化が進展するなかで、F2Sアプローチが提唱された。これはERPのベストプラクティスに沿った標準機能を活用し、業務をシステムに合わせて追加開発をゼロとし、短期間導入を目的としたアプローチである。
過去のERP移行・新規導入プロジェクトでの追加開発に伴うコスト増や業務標準化の停滞といった教訓を踏まえ、近年ではF2Sアプローチが基本方針となるケースが増えている。
加えて、サブスクリプションモデルを前提としたSaaS ERPでは、ベンダー側が定期的に機能アップデートを提供するため、標準を保ちやすいF2Sは“クラウド・ファースト”の潮流とも相性が良いと言える。
しかし、実際のプロジェクト現場ではF2Sアプローチに起因する課題や陥穽も散見されるため、次章で詳しく掘り下げる。

図1:ERP導入アプローチと特徴
F2Sアプローチで散見される課題/陥穽
1.現状分析不足による手戻りと品質低下
F2SアプローチではAS IS分析を行わず、ソリューションの標準プロセス・機能(ベストプラクティス)をベースに検証することが一般的である。検証対象は各業務領域(販売、物流、生産、調達など)の主要業務パターンが検証シナリオとなり、業務パターン/シナリオを網羅的に検証するケースは稀である。
ところが、国内消費財メーカー特有の多事業・多ブランド・多SKU環境では、わずかな業務差異が後続工程に重大な影響を与える例が多々あり、未検証パターンが後から顕在化し、追加設計・テストが発生するリスクが高まる。
F2S前提であるならば、将来的に業務プロセス・機能は標準化されて同じになるため、業務パターンを網羅的に検討する必要性が低いと判断されるケースや、現状業務を調べ、業務パターンごとの微細な差異を明らかにしたが故にF2S原則が守られず、現状ベースの業務プロセス・機能が残ってしまうことを避けたいという意見もよく聞かれる。
また、消費財メーカー側の事情として、業務パターンを網羅的に記載したドキュメントが存在しないケースや、業務パターンを網羅的に把握しているメンバーが不在であるといった事情も散見される。
仮にすべてのパターンが「ベストプラクティス」となるにしても、どの業務プロセス・機能が「ベストプラクティス」に変わるのかというAS IS/TO BEの変更点の整理は不可欠であり、この整理を行わなければ、業務プロセス・機能での抜け漏れが発生するばかりでなく、各種テスト、データ/業務移行、トレーニングなどの後続工程においても、テストシナリオの網羅性不足、データ移行パターンの網羅性不足など、波及的にプロジェクト品質の低下を引き起こす。
この結果、未検討業務パターンの発覚の都度、仕様変更・追加が発生し、プロジェクトのQCD(品質・コスト・納期)に大きな影響を及ぼす。

図2:現状分析の重要性
2.ERP標準プロセス・機能の不足
初期と比べると、ERPの業務プロセス・機能カバレッジは飛躍的に向上している。例えば、標準原価計算方式導入に伴う原価差異按分処理などは、現在ではほぼ標準対応が可能である。
他方で、複雑な商流や販売チャネルを持つ日本の消費財メーカーでは、帳合取引や得意先別値引き・リベートなど、独自の価格決定ロジックが存在するため、標準機能だけではカバーしきれない場合がある。
F2Sを無理に適用すると、こうした“差別化領域”まで画一化され、結果的に競争優位性を毀損するリスクがある点は見落とせない。
3.システム機能配置の複雑化
差別化領域における機能不足を補うため、ERPでの追加開発やERP外の周辺システムで対応する選択を迫られる。しかし、「クリーンコア」を墨守するあまり、本来ERP内で実装すべき機能を周辺システムに逃がした結果、データ連携や業務オペレーションがいたずらに複雑化し、運用コストを押し上げるケースが散見される。
F2Sにどのように取り組むべきか
1.現状分析/確認の実施
QUNIEでは、F2Sアプローチにおいても現状分析を実施することを推奨している。ただし、その目的はGap検討のための詳細分析ではなく、各工程における検討範囲の網羅性を確保することにある。具体的には、以下のような分析/確認を行う。
- 商流・物流パターンの整理
- 現状の業務プロセス・機能のパターン/シナリオの棚卸し
- 既存ドキュメントや業務有識者へのヒアリングに加え、現行システムのトランザクションデータ分析など、定量的手法の併用
2.業務プロセス・機能の層別(差別化/非差別化領域の区分)
ERPに標準機能がない業務については、業務改革で標準に合わせるか、追加開発対応かを判断する必要がある。その際の評価軸は以下のとおりである。
- 差別化の源泉か否か:顧客価値や収益性に直結する独自プロセスか
- 自己完結可能性:自社のみでプロセス変革が可能か、社外取引先を含めた調整が可能か
- 法規制・商習慣:法制・業界慣行により変更が困難か
多くのプロジェクトでは、追加開発の最終判断を上位マネジメントで行う「追加開発審査会」などのガバナンス機構を設置し、追加開発の是非を判断する。判断に際しては、追加開発の規模や業務負荷だけでなく、差別性と自社での改革の自己完結可能性を含めて見極めることが重要であり、こうした基準に沿って、上位マネジメントが大局的に判断を行うことが、あるべき姿であると考える。

図3:業務プロセス・機能の層別
3.システム機能配置検討の留意点
差別化領域を中心に不足機能を補う手段として、以下の五つが考えられる。
- 既存システムでの対応
- ERP追加開発(アドオン)
- ERPテンプレート対応(ベンダー保証型)
- ボルトオンソリューション
- 周辺システム対応(業務特化型パッケージ)
従来であれば、1または2の二択であったが、現在では業務領域によっては3〜5も現実的な選択肢となっており、実際に多くの事例が出てきている。
検討に際しては、不足しているプロセス・機能のみを対象とするのではなく、必要に応じて前後の業務プロセスやデータ連携を含め、ある程度のまとまった範囲(業務ドメイン)での検討が重要となる。
例えば物流の配車業務において、ERP標準対応が難しく、かつ自社の優位性を維持したいケースでは、配車業務を周辺システムで対応する選択肢が検討される。配車業務をどのような業務順序で行い、必要なデータは何か、後続業務に連携すべきデータは何かを検討する必要がある。配車のパターンによっては、原始伝票単位を分割する、あるいは統合するケースが発生する。さらに、後続プロセスで原始伝票と紐づけて行う業務が存在する場合(例えばERPでの出庫確認業務など)、元の伝票番号を連携した上で、取消しや変更などのパターンにも対応する必要がある。
こうした検討は、配車業務のみの局所的な視点では不十分であり、選択肢の評価を誤るリスクがあるため、ある程度のまとまった範囲での検討が必要となる。
プロジェクト初期に検討を実施し、前後プロセスやデータ連携を含めた“業務ドメイン単位”でアーキテクチャを設計することで、後工程での手戻りやコスト増加を防止することができる。
おわりに
ERPは、今後10年、20年にわたり消費財メーカーの基幹業務を支えるプラットフォームとして、グローバル対応や事業拡張、さらにはデジタルビジネスモデルを支える生命線となる。
多くのERPプロジェクトでF2S原則が掲げられているが、消費財メーカー固有のビジネスモデルを踏まえれば、“業務改革(Fit)”と“競争優位維持のための追加開発(Gap)”を適切に見極める目利き力が、これまで以上に不可欠である。
QUNIEでは、Fit&GapとF2Sの利点を融合した“ハイブリッドアプローチ”を推奨しており、プロジェクト初期から経営視点で追加開発ポリシーと機能配置を設計することで、顧客のDX戦略を確実に推進している。
QUNIEは、消費財メーカーのDX戦略およびERP導入・移行を多数支援してきた知見をもとに、今後も高い専門性と洞察を業界に共有し、消費財メーカーのビジネス成長に貢献していく。
本稿が、読者のプロジェクト成功の一助となることを願っている。ぜひ、ご意見・ご質問をお寄せいただきたい。
(加藤 忠康)