2025.08.12

生成AIは、経理・財務部門をどう塗り替えるか

【第4回】ROIフェーズで求められる思考法とその実践

桜井 啓斗 

本連載は生成AIが経理・財務部門へもたらす影響や活用について、2023年以降継続的に論じ、活用シーンの紹介から人間の役割や技術の進化、導入時の課題とその乗り越え方まで幅広く取り上げてきた。中でも直近の第3回では、PoCフェーズを経て見えてきた課題と、それを乗り越えるための思考の転換について述べた。
その中で示したように、生成AI活用は、PoCや情報収集に注力していた“お試し期間”はすでに終わり、経理・財務部門においても、ROI(投資対効果)を厳しく問われる本格的な実装フェーズに突入している。今、問われているのは「他社事例を待つかどうか」ではなく、「自社がいかに先んじて実効性のある成果を生み出すか」である。
本稿ではその突破口として「アナロジー思考」に焦点を当て、そこで得られた発想を単なるアイデアにとどめず、実行と実利につなげるための5つのポイントについても紹介する。

第1章 アナロジー思考とは何か:構造と活用のポイント

第3回では、筆者自身が実際にアナロジー思考を活用して生成AIのユースケースを構想した経験をもとに、その実践的な有効性を示してきた。本章では、このアナロジー思考そのものについて、その構造と活用の勘所を改めて整理する。読者自身が自社の経理・財務部門で応用する際のヒントとして役立てていただきたい。

前回でも述べたように、アナロジー思考とは、ある分野の知識や仕組みを別の分野に当てはめて考える発想法である。異なる領域における事象間の構造的な類似点に注目し、それをヒントに課題解決やアイデア創出を行う手法であり、ビジネスにおいても一般的に用いられている。

細谷功氏の『アナロジー思考』[1]によれば、アナロジーを考える際のプロセスは次の四つのステップによる仮説検証サイクルで構成される。
①ターゲット課題の設定 ②ベース領域の選択 ③ベースからターゲットへのマッピング ④評価・検証――である。ターゲットとなる課題を抽象化し、その本質を捉えたうえで遠い領域から構造を借り、対応要素をマッピングしながら実装可能性を評価する流れだ(図1)。

細谷功『アナロジー思考』東洋経済新報社(2011年)よりクニエ作成

図1:アナロジー思考4つのステップ

 

例えば、近年登場したシェアリングエコノミーやマッチングサービスは、アナロジー思考の典型例である。「需要と供給を効率的につなぐ仕組み」という構造を、タクシー配車、宿泊、スキル提供など異分野に横展開した点が、②ベース領域の選択と③マッピングに該当する。結果として新たな市場を生んだことは、④評価・検証の好例である。

生成AIのように、技術自体は汎用的でも、業務特性によって活用の幅が大きく変わる領域では、アナロジー思考がとりわけ有効だ。他分野の成功事例の本質を抽出し、自社の経理・財務部門の課題と照らし合わせることで、ゼロベースよりも実行可能性の高い仮説を導きやすい。

もちろん、安易な模倣に陥らないよう、自部門の制約や目的に応じた取捨選択も重要である。“構造を借りる”のであって、形式をなぞることが目的ではない。

アナロジー思考は、未知のユースケースを構想する出発点となる。ただし、それはひらめき頼りではなく、「どの事例のどの構造が、どの業務に転用できるか」という視点で整理・蓄積していくことで、初めて実務に生きるものとなる。

表1では、さまざまなアナロジー活用事例を紹介する。以下に限らず、日頃からさまざまな業界のサービスや提供価値、その共通点に目を向けておくことが大切だ。経理・財務に限らず広くアンテナを張ることで、他業種からの着想を得やすくなり、それを自分の業務に置き換える発想のヒントとなる。そうした視点が、生成AIをどう活用するかを考えるうえでも有効だろう。

表1:アナロジー活用事例

 

第2章 アナロジー発想を実行・実利に移すためのポイント

他業界の成功構造を借りてくるアナロジー思考は、着想の幅とスピードを飛躍的に高める一方、「面白いアイデアで終わる」危険も伴う。経理・財務の現場で アナロジーを“仮説”で終わらせずROI(Return on Investment、すなわち“実利”)を伴う成果へ確実に落とし込むには、次の5点を意識した実行が重要である。

①成功基準の明確化と KPI 設定

アナロジー思考で得たアイデアは抽象度が高くなりやすい。だからこそ、「月次決算を〇〇%短縮」「財務レポート作成工数を半減」といった定量的KPIに落とし込み、仮説と現実を接続する必要がある。成功基準が曖昧なままでは、成果が見えず、社内で投資継続を説得する力を失う。さらに、「何を目指すのか」が不明瞭な状態では、プロジェクトの方向性や現場の推進力も鈍ってしまう。

②実現可能性の見極め

他業界モデルを転用する際には、データ構造やガバナンス、業務文化との齟齬が課題となる。早期に必要データや業務要件を棚卸し、現行プロセスとの適合性を見極めておかなければ、せっかくのアイデアも「現場で使えない」空振りに終わる。地に足のついた“足回り整理”こそ、成功率を高めるための前提条件である。

③検証と改善のPDCAサイクル

アナロジーは仮説ドリブンである。小さく試し、データで当否を見極め、定期的にROIレビューを回す仕組みを組み込むことが不可欠となる。単発導入で検証を怠れば、成功・失敗の学びが蓄積されず、同じ誤りを繰り返すことになりかねない。導入したユースケースそのものを改善・洗練させていく視点を持ち、検証結果を反映させながらブラッシュアップを重ねていくことが、仮説を成果へと変える鍵となる。

④人と AI の役割分担と協働体制づくり

他業界の“AI×人”の協働モデルは、そのままでは機能しない。自社の経理・財務業務のどこまでをAIに任せ、どこから人が判断を担うかを整理し直す必要がある。とくに経理・財務のように責任の所在が重視される領域では、役割の線引きを曖昧にせず、現場の混乱を未然に防ぐことが重要となる

⑤人財育成とチェンジマネジメント

アナロジーを定着させるには、学びと挑戦を共有する文化が要る。まずは生成AIの仕組みを正しく理解できる人材を育て、共通認識を醸成する。加えて、知見を持ち寄って「一緒にやってみよう」と言える土壌が、継続的な活用を支える鍵となる。

これら5点が相互にかみ合うことで、他業界から得た着想は“絵に描いた餅”ではなく、経理・財務のROIを着実に押し上げる実践知へと昇華される。
もっとも、こうした取り組みをすべて自社内で完結させるのは、新規性ゆえに難易度が高いのも事実だ。なお、必要に応じて外部の知見や専門性をうまく取り入れながら、段階的に整備していく柔軟さも求められる。

図2:アナロジー発送を成果につなげる5つのポイント

 

この5点はいずれも、アナロジー思考で得た着想を“仮説”から“実利”へと確実に橋渡しする要諦である。本章では概要の提示にとどめたが、次回以降の連載では各ポイントの具体的な設計手順・評価指標・現場定着の勘所を段階的に掘り下げる。また、ROI をどう測定するか、生成 AI 導入による定性的効果をいかに可視化するかについても、別稿で詳述する予定だ。

おわりに

前回に引き続き、本稿では、生成AI活用がROIフェーズに入った経理・財務部門において、「事例を待つ側」から「事例を生み出す側」への転換の重要性を論じてきた。その鍵が、異業種や他部門の成功構造を応用するアナロジー思考である。ただし、これを現場のROIへつなげるには、成功基準とKPIの明確化、実現可能性の見極め、検証と改善のPDCA、AIとの役割分担、人財育成という5つの視点が欠かせない。これらが連動することで、アナロジーから得た着想は成果へと昇華し、競争力強化につながる。

読者が次に取るべきアクションは、自社の経理・財務プロセスを俯瞰し、最も深刻な課題(痛点)を特定することだ。そこにアナロジー思考を適用し、具体的かつ実現可能性の高い仮説を立て、小規模でもよいので実践に移す。その成果を横展開し、課題があれば即改善する。こうしたスピード感あるPDCAの継続が、生成AIの真価を引き出す。

さらにアナロジー思考を根づかせるには、他部門や異業種の成功事例を定期的に共有し、発想の場を設けることが有効である。生成AIが「実験段階」から「経営課題」へと進化した今、完璧な教科書はない。だからこそ、創造力と実行力を武器に、経理・財務部門が変革をリードすべき時である。本稿がその一歩となれば幸いである。

  1. [1] 細谷功, “アナロジー思考”,東洋経済新報社(2011年)

桜井 啓斗

ファイナンシャルマネジメント

マネージャー

※担当領域および役職は、公開日現在の情報です。

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