2021.03.18

DXを支える人事部の役割

DXのための“HR-DX”

岩佐 真人 

Summary

  • 企業がビジネスを展開する上で必要不可欠となっているデジタルトランスフォーメーション(DX)において、それを担う人材を供給するという側面で人事部の役割は大きい
  • 多くの企業でDXにおける人事部の役割は理解されているが、人事部では、給与計算、労務管理といった定常業務に多くの時間をとられ、ビジネスのDXをサポートする体制が構築できていない
  • 人事部自体も、データとデジタル技術を活用し、経営・部門・従業員をサポートする組織に生まれ変わる(HR-DX)必要がある

DX人材の確保における人事部の役割

DXとは、「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズをもとに、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」(経済産業省)である。そしてDX人材とは、単にデジタルに精通したIT人材を意味するのではなく、デジタルによってビジネスの変革を進められるという要素が不可欠であり、そのことがDX人材の確保を難しくしている。独立行政法人情報処理推進機構社会基盤センターでは表1の通り、DX人材について複数のモデル例とその役割を定義している。同センターでは各DX人材モデルの不足感についての調査を実施し、どのDX人材モデルも不足しているという結果を発表している(図1)。

表1:DX人材のモデル例

出典:独立行政法人情報処理推進機構社会基盤センター
デジタル・トランスフォーメーション推進人材の機能と役割のあり方に関する調査」より転載

 

図1:DX人材の不足感

出典:独立行政法人情報処理推進機構社会基盤センター
「デジタル・トランスフォーメーション推進人材の機能と役割のあり方に関する調査」より転載

 

DXが個社のビジネス変革である以上、その取り組みは各社各様であることはいうまでもなく、さらにいえば各事業部門単位での取り組みとなる。その取り組みを推進するDX人材に必要なスキル・特性には、事業によって異なる部分と、共通の部分がある。事業によって異なる部分は各事業部門に任せ、人事部は共通部分を定義し、そのスキル・特性を持つ人材を供給する。この役割は、現在の日本企業の慣習における人事部の役割と合致しやすいだろう。従って、DX人材確保における人事部の役割とは、DX人材に求めるスキル・特性の共通項をもった人材の供給、すなわち「採用」、「社内での発掘・配置」、「育成」というこの3点にあるといえる。

また、上記を進めるにあたって、人事部は事業部門と連携してDX人材に関する情報共有を行う必要がある。これまでアナログな管理をして人事部の中で完結しがちだった人材データについて、その収集・共有を支えるための統合人材データベース、タレントマネジメントシステムを利用して、事業部門に展開していく必要がある。
事業部門に展開した上で、タレントマネジメント施策における進捗状況の全社的なモニタリングなどは、人事部が担う体制へと移行していかねばならない。

人事部の変貌を妨げる障壁

DX推進における人事部の役割が多くの企業で理解されている一方で、それを行動に移し、推進体制を構築できている企業は少ない。(人事部とは別のDX専門部隊を構築しても、人事部と円滑な連携ができている企業は多くない。)

DXに限らず、従来から「戦略人事」といったキーワードで人事部の変貌の必要性が認識され続けてきたにも関わらず、なぜそれが実現できていないのか。
その要因の一つに、人事給与労務関連の定常業務が非効率で、多くの工数を要しているという現実がある。

図2:人事部の作業量バランスイメージ

 

人事部の業務には、大きく分けて定常業務領域と、戦略業務領域がある。
定常業務領域とは、入社、異動、退職などの人事管理、給与計算、税・社会保険などの給与管理、勤怠管理や安全衛生などの労務管理である。これまで各企業では人事給与システムを導入し、システムによる自動化を進めてきた。しかしながら、システムを利用するためのデータ投入に時間がかかっていたり、属人化していることで作業の品質と効率に客観的判断ができない、また、個人の作業進捗が後続作業に影響したりするなどの課題があり、必ずしも効率的とはいえない状態にある。また、人事給与システム以外にも、例えば人事考課システムや研修受講管理システムといった他システムや、健康保険組合、社会保険事務所といった社外とのデータ連携も同様に非効率な部分が残されているのが現状である。
こうした定常業務領域での課題に対しては、テクノロジーを活用した徹底的な業務効率の追求を行い、それによって生まれた工数を戦略業務に配分していく必要がある。
ここでは、単なる業務効率化だけでなく、空いた時間を戦略業務に回していくための仕組み作り(役割見直し、意識改革など)が重要であり、仕組み作りを怠る、あるいは、現場任せにすると、単に仕事が楽になったという現場の課題解決レベルで終わってしまうことに注意が必要だ。

一方で、戦略業務領域とは、経営戦略・人事戦略(需要)に対して、現有人材でどう対応していくのか(供給)という問いに答えるべく、組織・人材の現状把握・将来予測をし、そこから導かれる需給ギャップを埋める施策の立案・推進・状況確認を行うことであり、人材データ分析、タレントマネジメントが該当する。
この領域では、事業部門との連携やタレントマネジメントの推進においても、手作業、伝聞(メールなどでのデータ共有)による業務が行われていることによって、スムーズな情報連携が行えず、非効率な業務フローとなっていることが多い 。定常業務領域のみならず、ただでさえ工数をあてられていない戦略業務領域でも、非効率な業務が人事部の変貌を妨げることになっている。

図3:人事部中心の人材データ活用イメージ

 

DXを支える人事部へ ~HR-DX~

DXを支える人事部への変貌を遂げるには、人事部自体にもDXを進める必要がある。

定常業務の効率化にはRPAなどのテクノロジーを活用することが有効だ。人事給与労務業務ではデータ入力や社員からの問い合わせ対応に多くの工数が割かれており、こうした大量の定型作業は、テクノロジーで置き換えやすい領域であるからである。

図4:人事定常業務におけるテクノロジー活用例

 

ただし、これらのテクノロジーは人事部単独で導入しようとしても難しい。なぜならば、人事部だけでは対象とする業務が限定的であり、費用対効果を見込めないためだ。よって、人事部単独ではなく、直接部門や他間接部門と一体となって導入を検討・推進し、会社全体としての費用対効果を高めることが実現への近道である。

人材データの活用においては統合人材データベース、タレントマネジメントシステムが有効であることは前述したが、全社的かつ効率的な活用には至っていない企業が多い。もちろん、目標管理・評価や各種申請機能は、社員・上司などのワークフローを経るため、全社活用されているともいえる。しかし、部下の配置・育成、自身のキャリア検討・振り返りといった、統合的なタレントマネジメントポータル(図5)として、タレントマネジメントシステムを活用できている例は少ない。

図5:全社的人材データ活用イメージ

 

これは、タレントマネジメントシステムの導入が「人材データが散在していて業務が非効率」「評価をシステム上で行いたい」といった個別具体的な課題解決に端を発しているためであり、それらの課題解決後、タレントマネジメントシステムの最大活用にまで至っていない、目が向いていない、というのが原因だ。

昨今のタレントマネジメントシステムでは、データ参照範囲・機能利用範囲の権限制御は、問題なく実施できる。適時適所でデータ・機能を開放し、全社的に人材データを活用することで、事業部門と人事とのデータ授受に係る作業を効率化できるだけでなく、事業部門へのDX人材の供給支援にもつながり、タレントマネジメントシステム導入の費用対効果も拡がるといえる。

おわりに

全社のDXを人材面から支える人事部へと変貌するには、人事部自体のDX、“HR-DX”を推進し、デジタル技術による業務の効率化と高度化を進める必要がある。

  • 現在行っている人事定常業務に無駄はないか?テクノロジーで代行できる業務はないか?
  • 統合人材データベース、タレントマネジメントシステムは導入済みか?必要な機能を全社で活用できているか?

多くの企業は、上記の問いに対し、まだまだ非効率な部分があり、改善の余地があるという回答をするであろう。現行システムを導入した際に、業務を棚卸し、必要な機能を構築していたとしても、それでも「十分に効率的で改善の余地はない」といいきれないのは、事業環境の変化、働き方、テクノロジーが日々変化しているからであり、当然のことだ。しかし、ビジネス全体がDXの実現を目指している今だからこそ、改めて現行人事業務・システムを整理し、HR-DX実現後の姿を描くところから着手してみてはいかがだろうか。

岩佐 真人

人材マネジメント担当

シニアマネージャー

※担当領域および役職は、公開日現在の情報です。

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