2021.04.13
渡部 嵩大
Summary
前回の連載では、サブスク事業と売り切り事業のビジネスモデルの違いを踏まえた上で、事業企画フェーズで必要となる「調査」「ターゲットの課題」「財務モデル」について注意すべきポイントを解説した。
連載の第3回として、本稿ではサブスクの事業開発フェーズにおいて、特に重要となる「事業化企画」「提供スキーム構築」の観点から、「ビジネスモデルの具体化」と「業務プロセスの検討」について解説する。
サブスクの事業化プロセスと連載予定
事業開発フェーズでは、試験導入の結果を踏まえて、ビジネスモデルを具体化する必要がある。ここでのポイントは、「顧客課題」と「顧客提供価値」「業務プロセス」「財務モデル」が整合するようにビジネスモデルを設計することである。
サブスクと一口にいっても、業種やサービス内容によって顧客が抱える課題は異なる。しかし、世のサブスク関連の記事や書籍で挙げられる事例は動画・音楽配信やソフトウェアなどのデジタルコンテンツを前提としていることが多いため、他の業種でその事例を踏襲してビジネスモデルを設計しても失敗する可能性が高い。顧客課題が異なるのであれば、顧客に提供すべき価値や、その提供方法としての業務プロセス、財務モデルも異なるべきなのだ。
具体例として、消費財(ビールの定期配送)、半耐久消費財(ブランドバッグ)、耐久消費財(自動車)、生産財(建設機械)について、それぞれのビジネスモデルの違いを見ていこう。
第2回では「ビジネスモデル」を「顧客に価値を与えることで、企業が利益を得る仕組み」と定義した。本稿では、ビジネスモデルの構成要素を「顧客提供価値」「財務モデル」「業務プロセスと経営資源」に分解して解説を進める。
商材特性別のビジネスモデル例
これらの例が示す通り、サブスクという括りは同じでも、業種やサービス内容によって顧客課題は異なるため、提供すべき価値も異なる。また、顧客提供価値に合わせて、ふさわしい業務プロセスや財務モデルも異なることがわかるだろう。
では、何を顧客提供価値として設定すべきか?
我々の調査では、失敗するサブスクの特徴として、「顧客への提供価値として手軽さを売りにする一方、データ活用ができていない」という結果が出ている。
具体的には、サブスク事業において設定していた顧客への提供価値について、失敗層は成功層よりも「顧客に提供していたモノ・サービスの一括提供」や「平均的な利用期間よりも短期間に限った利用ができる」といった、手軽さに関する項目について「あてはまる」と回答した割合が高い。一方で、「取得データを活用した新規サービスの提供」や「取得データを活用したレコメンドによる、選択時の手間軽減」といった、データ活用についての項目は割合が低かった。
サブスク事業の顧客提供価値
なぜ手軽さをサブスクの売りにすると失敗するのだろうか?
その理由は、前回の連載でも示した通り、サブスクの本質が「顧客との継続的な関係構築」にあるためである。
「平均的な利用期間よりも短期間に限った利用ができる」は顧客提供価値の一つだが、サブスクの財務モデルの観点では継続期間の短縮を招くため、事業としての収益性や継続性を損ねることにつながりかねない。
また、「個別に提供していたモノ・サービスの一括提供」として、例えば車のサブスクで任意保険や自動車税、定期メンテナンスを“コミコミ”で提供したとしよう。それ自体は顧客価値につながるが、費用対効果の観点も考慮に入れるべきだ。保険や自動車税はこれまで自社が提供しておらず、外部からの新規調達になるため、コスト低減が図りにくく、販売価格に転嫁できない可能性が高い。
顧客提供価値を考える際は、「手軽さ」「初期費用の軽減」という安易なものだけではなく、データ活用などの手段により、長期的に顧客に価値を提供し続ける仕組みを考える必要がある。
B2Bサブスクの事例として、ブリヂストンが提供するTPP(トータルパッケージプラン)を見てみよう。このサービスでは、IoTやデータ活用により、メンテナンスやタイヤの空気圧を監視するサービスをタイヤとセットで提供している。タイヤという「モノ売り」にとらわれずに、サービスの一部としてタイヤを提供するモデルである。これにより、顧客である長距離トラックなどの運行事業者に以下の価値を提供している。
この顧客提供価値は、タイヤに限らず多くのB2Bサブスクにとって参考とすべき好例といえるだろう。
また、「手軽さ」を顧客提供価値とする場合は、それに合わせた業務プロセスや財務モデルを設計する必要がある。
自動車の事例として、本田技研工業は「単身赴任」「妊婦」「介護」という短期利用のターゲットに狙いを定め、1カ月単位で契約・解約ができる「マンスリーオーナー」というサブスクサービスを提供している。短期利用を顧客提供価値とするとサブスクの収益機会が減ってしまうが、本田技研工業は「中古車」を活用することで、コスト抑制と車両ごとの継続収益獲得を実現した。
業種によって設定すべき顧客提供価値は異なるが、どの業種であっても、継続的な収益獲得機会のために、「顧客との継続的な関係を構築するためには何を提供すべきか」という観点を忘れてはならない。
続いて、業務プロセスの検討について解説する。
我々の調査では、失敗するサブスクの特徴として、「業務プロセス・分担・評価指標の変更やデータ活用についての検討が不十分」という結果が出ている。
具体的には、サブスク事業の検討レベルについて、失敗層は成功層よりも「サービスリリース後の顧客との関係構築体制(顧客データ取得・活用の方法検討やデータサイエンティストといった人材確保)」や「社外(販売チャネルなど)の業務プロセス・役割分担の変更・設定」について、「サービスリリースまでに十分検討できた」と回答した割合が低い。
また、「検討は不十分だった(リリース後に対応)」と回答した割合は、「モノのメンテナンス・アフターサービスの業務プロセス」「社内関連部門の業務プロセス・役割分担の変更・設定」「社外(販売チャネルなど)の業務プロセス・役割分担の変更・設定」で高い。業務プロセスや役割分担の変更に関する項目が検討不十分なままリリースし、リリース後の対応に追われているといえるだろう。
サービス提供プロセスの検討レベル
我々の調査ではさらに、サブスクが失敗に至る“負のスパイラル”というべき傾向を発見した。
繰り返しになるが、サブスクの本質は「顧客との継続的な関係構築」であり、「販売がゴール」の売り切り事業からいかに転換するかが重要となる。そのためには、顧客データを活用した解約抑止(継続利用促進)、販売チャネルや営業の巻き込み・評価指標変更が必要となる。
失敗するサブスクは、サブスク事業を始めること自体が目的化し、検討が不十分なままサービスリリースに至る事例が多い。その結果、「関係構築体制の検討不足により契約者の解約を抑止できない」「営業や販売チャネルを巻き込めず契約者数を増やせない」という二重苦に陥り、売上・利益ともに計画を下回り、社内上層部や既存事業からの風当りも強くなり、サービス改善に向けた追加投資もできないまま撤退していく…。このような負のスパイラルに陥っているといえる。
この負のスパイラルを防ぐためには、業務プロセスの検討を十分に行うことが必要である。
とはいえ、サブスク事業化は限られたリソースで進める場合も多く、すべての検討を十分に行うことは実際には難しい。従って、検討の優先順位を明確に定め、優先すべきものを確実に実行することが求められる。
優先すべきものとは、「解約防止(継続率向上)に向けた顧客との関係構築体制の構築」と「サブスクサービスの展開を担う、営業や販売チャネルの巻き込み」である。いずれも売り切り型の既存事業とは異なる業務プロセスや評価指標が求められるため、検討するだけではなく、他部署を巻き込む実行力も求められるだろう。こちらは連載第5回の「組織」にて詳細を解説予定である。
事業開発フェーズにおいては、ビジネスモデルや顧客提供価値の具体化におけるポイントと、業務プロセス検討の重要性について解説した。サブスクは事業化後も継続した改善が求められるため、これらの検討レベルを高めてリリース後に改善を回す体制を整えておくことが、リリース後の成否を左右するといえるだろう。
なお、本連載で言及している調査結果は、調査レポート「サブスク事業に関する実態調査 なぜ91%のサブスクは失敗するのか?」にて整理している。コンサルティング現場での経験を踏まえ、サブスク事業の成功・失敗に関わるノウハウを提言としてまとめているため、本稿と併せて参照されたい。
これらの取り組みが企業のサブスク事業を進める一助となり、サブスクの成功確率が高まることを願っている。
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