2021.06.02

なぜ91%のサブスクは失敗するのか?

【第5回】既存事業との対立を乗り越えるために

サブスク事業を進めるための組織と人

渡部 嵩大 

Summary

  • サブスクも新規事業の一つであり、「サブスクは既存事業の延長」という捉え方はサブスクの失敗につながる
  • サブスクは社内外の複数部門の業務プロセスや評価指標を変更する必要があり、部門間での調整が必須である
  • 調整の難航はサブスクの失敗につながるため、コミュニケーションと仕組みの両面から他部門に働きかける必要がある

前回の連載では、サブスク事業のリリース後の取り組みとして、KPIとサービス改善について解説した。
連載の最終回として、本稿では事業開発フェーズの全般に関わる組織について、「ノウハウ」と「社内調整」の観点から解説する。

サブスクの事業化プロセスと連載内容

 

サブスクは既存事業の延長ではなく新規事業

まず、サブスク事業を進める上で必要となるノウハウの有無について、調査結果を紹介する。
我々の調査では、失敗するサブスクの特徴として、「事業を進める具体的なノウハウが不足している(特にビジネスアイディアの創出やビジネスモデル作成)」という結果が出ている。
詳細に見てみると、サブスク事業に関わる業務について、体制内に具体的なノウハウがあったかという質問に対して、失敗層は成功層よりも「十分にあった」「あった」と回答した割合が総じて低かった。特に、「ビジネスアイディアの創出・検証」や「ビジネスモデル作成」、「サブスク事業の合意形成・承認獲得」「販売チャネル構築、プロモーション設計」について、失敗層は成功層よりもノウハウがないという結果だった。

サブスク事業を進める具体的なノウハウ

 

要因

ノウハウが不足していると失敗する。これは自明の理のようにも思えるが、成功層もサブスク事業を開始した時点ではノウハウが不足していた可能性が高い。では、成功層と失敗層を分ける分岐点は何か?
我々はサブスク事業経験者へのインタビューを通じて、失敗層はサブスク事業を「既存事業の延長」として捉える傾向があることを突き止めた。「サブスクは課金方法の一つであり、既存事業の仕組みのまま、月額課金に変えればサブスク事業が成立する」という考え方である。

これまでの連載で解説した通り、サブスクは既存事業から課金方法を変更するだけで成功するものではない。サブスクは売り切り事業とビジネスモデルが異なり、ビジネスモデルの構成要素である「顧客提供価値」「業務プロセス」「財務モデル」のすべてを整合させるよう設計しないと、うまくいかないのである。

「既存事業の延長」という思考がもたらす具体的な悪影響の一つに、事業の検討に必要な人材が質・量の両面から十分に確保されないことがあげられる。

質の観点では、新規事業開発のプロセスに精通した人材が不足する。
新規事業開発においては、既存事業の運営とは異なる専門性やスキルが求められる。具体的には、「ビジネスアイディアの創出・検証」や「ビジネスモデル作成」、「社内外との合意形成・承認獲得」、「販売チャネル構築、プロモーション設計」などである。これらは先ほどの調査で紹介した、サブスク事業を進める上で不足していたノウハウとも共通している。
「既存事業の延長」という前提では、これらの専門性やスキルを持つ人材を配置すべきという考えに至らないため、ノウハウの不足や、検討の遅延を招くことになる。

量の観点では、検討すべき事項の量(業務量)に対して人員が不足する。
「既存事業の延長」という認識だと、サブスク事業の検討を進める企画担当者を専任で配置することは少なく、既存事業との兼務や、複数の新規事業を掛け持ちした分担となることが多い。しかし、サブスクの検討を始めると、「既存事業の延長」に留まらない量の検討や調整に追われ、企画担当者がキャパオーバーに陥ることも珍しくない。過大な業務量は、事業を進めるエンジンとなるべき企画担当者のモチベーションや当事者意識を低下させ、結果として事業化検討の停滞につながってしまう。

「既存事業の延長」という思考は、人材不足の他にも、過去の連載で紹介した「調査不足」(第2回)や「業務プロセスの検討不足」(第3回)、「リリース後の取り組み不足」(第4回)などにもつながっており、複数の失敗要因につながる根本原因といえよう。

対応策

この根本原因を断ち切るためには、サブスク事業について、「既存事業の延長」ではなく「新規事業の立ち上げ」というスタンスで検討する必要がある。すなわち、「既存事業の仕組みをベースとして、何を変える必要があるのか」ではなく、「新規事業を立ち上げることを前提として、既存事業から転用・活用できるものはないか」という発想に転換する必要があるということだ。

そもそも新規事業の立ち上げは難易度が高く、我々が新規事業経験者600名に対して実施した調査でも「79%が失敗(最重要KPI未達)」という結果が出ている。

ベンチャー企業や中小企業における新規事業は、ヒト・モノ・カネなどのリソース不足が一番の課題となるが、一方で大企業における新規事業は別の難しさを持ち合わせている。それは、既存事業で構築した強靭な業務プロセスや評価指標が、新規事業検討においては足かせとなってしまうという難しさだ。例えば、「業務プロセスが標準化されている」「統一された業績評価指標が用いられている」「年に1~2回、数カ月かけて事業計画を作成し、各部門はその数字に対して結果責任を負う」などは、既存事業の運営においては強い組織としての条件になる一方、不確実性が高く、頻繁に仮説検証を繰り返す必要がある新規事業では足かせになってしまう。

この難所を乗り越えるための参考として、ダートマス大学のビジャイ・ゴビンダラジャンとクリス・トリンブルの著書『ストラテジック・イノベーション』にて示した「忘却」「借用」「学習」というコンセプト[1]を紹介したい。

大企業における新規事業のポイント:「忘却」「借用」「学習」

 

このコンセプトを参照すると、サブスク事業の検討においても、「新規事業の立ち上げ」という前提に立ち、まずはゼロベースであるべき姿を考え(忘却)、既存事業から転用・活用できるものを見極め(借用)、顧客課題やビジネスモデルについて試行錯誤を繰り返す(学習)ことが必要である、と整理することができる。
これらを実現するためには、例えばサブスク事業の責任者や企画担当者を外部から登用する、サブスク事業のチームを経営層の直轄組織として権限を確保する、などの方策が有用である。実際に、第4回でも紹介したトヨタ自動車のサブスク「KINTO」は、トヨタファイナンシャルサービス、住友商事、三井住友フィナンシャルグループ、住友三井オートサービスの共同出資会社として、既存事業とは切り離した「株式会社KINTO」によって運営されている。「忘却」するための組織構造の一例といえるだろう。

社内調整の巧拙がサブスクの成否を分ける

続いて、サブスク事業を進める際の社内調整について見ていこう。
我々の調査では、失敗するサブスクの特徴として、「上司からの指摘や関係部署との調整など、社内調整に難航する」という結果が出ている。
具体的には、サブスク事業を推進する際の状況について、失敗層は成功層よりも「上司などからの一般論の評論的な指摘で検討スピードが落ちた」「関連部門との調整に苦労し多くの時間を要した」と回答した割合が高かった。

サブスク事業を推進する際の状況

 

要因

社内調整の難航は検討の遅延を招き、結果として第3回で解説した“負のスパイラル”へとつながり、サブスク事業は失敗していく。

では、なぜ社内調整が難航するのだろうか?
前章で紹介した通り、サブスクは新規事業として既存事業のリソースを「借用」することが重要となるが、「借用」される側の部門の視点で考えると、既存事業の業務プロセスや評価指標の一部を変更することになる。
ここで、サブスク事業を進めるにあたって2つの課題が発生する。

1つ目は、そもそも他部門の協力が得られないという課題である。
サブスクは売上高が短期的に下がり、長期的に回収していくビジネスモデルのため、社内外の抵抗を招きやすい。
ここでは、「借用」される側の部門の例として、社内の営業部門や、社外の代理店や販売店などの販売チャネルについて考えてみよう。これらの営業・販売部門では一般的に、部門や個人の業績評価指標として売上高が最も重要とされている。サブスクになると、彼らの評価指標である売上高は減少してしまう。自動車を例に考えると、売り切りでは販売時に一括で数百万円の売上が計上されていたものが、サブスクでは毎月数万円の売上しか計上されなくなり、数年かけて初めて売り切りと同等の売上高を獲得できるようになる。
このように、サブスクは売り切りと比べて短期的に売上が減少するため、評価指標が売上高のままでは、営業・販売部門が積極的にサブスクを展開する動機付けができない。サブスクの顧客数を増やすためには、営業・販売部門の業務プロセスや評価指標にもメスを入れる必要があるが、これらの変更には大きな反発や抵抗が伴うだろう。

2つ目は、誰が何を検討すべきか不明瞭になり、「誰も拾わないボール」が頻発するという課題である。
サブスクの事業化に向けては、業務プロセスを各部門の現場レベルまで落とし込む必要がある。
ここで前提として、特に製造業ではバリューチェーンが長く、製造、品質保証、需給管理、営業、物流、アフターサービスなど、部門ごとに標準化された業務プロセスがある。一つの製品であっても、関連する全部門の業務を把握できている人はほぼいないと言えるだろう。
サブスクは、課金方法などの特定の業務プロセスだけでなく、複数の部門の業務プロセスを変更する必要がある。しかし、特に部門間を跨いだ業務プロセスについては、各部門の役割分担や機能要求、すなわち「誰が何をすべきか」を定義することが難しい。例えば、今まで卸業者に販売していたものを顧客に直接サブスクとして提供する場合、受注、納期管理(在庫引き当て)、個別配送を連携させた業務プロセスが必要となる。営業、業務(需給)、物流といった部門を跨いだ新たな業務プロセスとなるため、「誰が何を検討すべきか」が曖昧になりやすい。
しかし、この役割分担や機能要求が曖昧だと、部門間で「誰も拾わないボール」が頻発し、検討が遅延していくことになる。

対応策

これら「他部門の協力が得られない」「誰が何を検討すべきか不明瞭」という課題に対して、「コミュニケーション」と「仕組み」の観点から対応策を提示する。

社内調整で注意すべきポイント

 

1つ目の「他部門の協力が得られない」という課題に対しては、他部門に対するコミュニケーション上の工夫が必要である。ここでは、「自身の捉え方」「前提の共有」「感情への配慮」の3つの観点から解説する。

まずはコミュニケーションの前提となる、「自身の捉え方」についてだ。サブスク事業化を進める側は他部門との調整に際し、自分たちが“正義”で、抵抗する他部門の人たちを“変化を拒む抵抗勢力”と捉えてしまいがちだが、その考え方は見直す必要がある。
そもそも人は変化を嫌うものである。行動経済学の観点からも、「現状維持バイアス」や「損失回避性(プロスペクト理論)」など、変化を嫌うメカニズムが明らかになっており、「抵抗は人間の生理現象である」との前提に立つことが(自身のストレスマネジメントの観点からも)望ましい。

続いて、「前提の共有」について解説したい。サブスク事業も含めて新規事業では、日々検討が進んでいくためまとまった資料を残す機会が少ない。しかし、人が意見を形成するまでには、前提となる知識や情報が大きな影響を与える。例えば、「サブスク検討は経営層のトップダウンの指示事項である」という情報を聞いているか否かによって、部門の意思決定は大きく異なるだろう。
従って、他部門を巻き込む際には、極力相手の認識を自分と同じ前提に揃えるために、以下の項目を資料として整理しておくことが望ましい。(これらの項目を明確に整理しておくことは、その部門内で部下から上司に情報共有する際に誤解が生じないようにすることにもつながる。)

  • プロジェクトの目的やゴール、社内での位置づけ
  • サブスクとは何か(既存事業との違い)
  • 検討のスコープ(取り組むこと/取り組まないこと)
  • 想定される変化点(改善されること/懸念されること)
  • 検討の進め方、実施期間と体制
  • 意思決定のプロセス

最後に、「感情への配慮」についてだ。他部門への協力依頼時に、特に関係性が構築できていない相手からはうまく意見を引き出せないことが多い。例えば、サブスク事業への協力依頼について説明した後にコメントを求めても、そのタイミングでは明確な反対意見が出ないこともある。説明を受けた相手の視点に立つと、違和感や懸念があっても、自分の中でも明確に言語化できていないため発言しにくいという状況が往々にしてあるだろう(特にオンラインミーティングだとこの傾向が顕著)。しかし、この状態を放置すると、このわだかまりは反対意見として成長し、後になって「実はあの点が気になっていた」「そもそも取り組む必要性に納得していなかった」など、反発を受ける可能性がある。これを防ぐためには、打ち合わせ後に個別に雑談ベースで話を聞きに行くなど、「ガス抜き」の時間を設けて相手の感情面のケアをすることが有効である。

2つ目の「誰が何を検討すべきか不明瞭」という課題に対しては、仕組み改善による解決が望ましい。
前提として、関連する全部門の業務プロセスに精通している人材はほぼいないため、誰かひとり(もしくは一つの部門)で完璧な役割分担や機能要求を定義することは不可能である。従って、部門をまたいだ機能横断的なプロジェクト体制(クロス・ファンクショナル・チーム)が必要となる。
市場性の確認など、初期企画は企画担当者が中心になって進めることになるが、初期企画の承認に向けた会議(企画承認会議)が行われるタイミングで巻き込むべき部門を選定し、承認後にプロジェクト体制を発足させることが望ましい。プロジェクトメンバーが参加するミーティングを定期的に開き、進捗確認や認識合わせを行うことで、ボールの取りこぼしを最小限にとどめることができるだろう。

これらの社内調整はスキルとして明示しにくいため、これまで意識的に取り組む機会は少なかったという読者も多いだろう。しかし、他部門を巻き込む必要があるサブスクでは必須のスキルであり、意識する機会が少ないということは、裏を返せば大きな成果につながる可能性が高いポイントともいえる。「コミュニケーション」と「仕組み」の両面から他部門に働きかけることで、事業化に向けた検討を潤滑に進めることができるようになるだろう。

おわりに

サブスク事業における組織について、「ノウハウ」と「社内調整」の観点から解説した。
サブスクも新規事業の一つであり、課金方法の変更だけで済むものではない。人や組織にもメスを入れる必要があるが、世の中の記事や書籍では実践的なノウハウが語られていないこともあり、今回あえて「組織」を1つの回として独立させて執筆する運びとなった。

これまで5回にわたり「失敗するサブスク 17の特徴」を参照しながらサブスク事業の成功に向けたノウハウを解説してきた。
第1回でも紹介した通り、“サブスク”は単なる流行り言葉ではなく、「顧客との継続的な関係構築」のために、企業が取り組むべきビジネスモデルの一つである。一方で、サブスクは万能ではない。経営上の目的を達成する手段としてのビジネスモデルの一つであり、それ自体が目的にはなりえない。サブスクの効用と、その限界を理解することが、サブスク事業の成功に向けた第一歩といえるだろう。

本連載で言及している調査結果は、調査レポート「サブスク事業に関する実態調査 なぜ91%のサブスクは失敗するのか?」にて整理している。コンサルティング現場での経験を踏まえ、サブスク事業の成功・失敗に関わるノウハウを提言としてまとめているため、本稿と併せて参照されたい。
これらの取り組みが企業のサブスク事業を進める一助となり、サブスクの成功確率が高まることを願っている。

資料申し込み>>サブスク事業に関する実態調査 なぜ91%のサブスクは失敗するのか?

  1. [1] ビジャイ・ゴビンダラジャン, クリス・トリンブル(2013),「ストラテジック・イノベーション 戦略的イノベーターに捧げる10の提言」, 翔泳社

渡部 嵩大

新規事業戦略担当

コンサルタント

※担当領域および役職は、公開日現在の情報です。

  • facebook
CLOSE
QUNIE