2022.02.24

SDGs17ゴールの達成に向けた事業開発

【第6回】地域資源を活用した持続可能な観光開発の在り方とは

ネパールにおける温泉などの地域資源を例として

粟村 俊也 

Summary

  • ・持続可能な観光開発のためには、観光産業を構成する「輸送」、「観光地のインフラ」、「関係者」、「自然・文化的要素」という4つの要素全てが持続可能でなければならない
  • ・ネパールにとって観光業は主要産業の一つであるが、温泉などの未開発の地域資源を活用した観光開発のポテンシャルは大きいと考えられる
  • ・地域資源を活用した持続可能な観光開発により、雇用の創出や経済成長、地域コミュニティや文化の保護が期待される

はじめに

観光産業は持続可能な開発目標(以下、SDGs)達成において重要な産業と位置付けられており、雇用創出や文化振興などにつながる持続可能な観光が求められている。特に、観光業が主要産業である国はCOVID-19収束後の経済回復に欠かせない産業と見込まれており、筆者が青年海外協力隊(現 JICA海外協力隊)として2年間を過ごしたネパールにおいても同様である。本稿では、ネパールの観光産業の現状を踏まえ、温泉などの未開発の観光資源に焦点を当て、持続可能な観光開発の在り方について考察する。

持続可能な観光開発とは

SDGsにおいて、観光産業は持続可能な経済成長や消費、開発に大きな影響を与える産業であるとされている。観光産業の持続可能性に関する重要性はSDGsのいくつかの目標において以下のように明記されており、地方の雇用創出や経済成長、文化保護に欠かせないものとみなされている [1]。

  • 2030年までに、雇用創出、地方の文化振興・産品販促につながる持続可能な観光業を促進するための政策を立案し実施する(目標8ターゲット8.9)
  • 雇用を創出し、地域の文化や産品を活かす持続可能な観光のための、持続可能な開発の効果を測定するツールを開発し、実践する(目標12ターゲット12.b)
  • 2030年までに、海洋資源の持続可能な活用によって、また、漁業、水産養殖業、観光の持続可能な管理を通じて、SIDs(小島しょ開発途上国)やLDCs(後発開発途上国)への経済的恩恵を増進する(目標14ターゲット14.7)

また、観光産業の持続可能性を考察するフレームワークの一つとして、観光を構成する4つの要素があり、それらは「輸送」、「観光地のインフラ」、「関係者」、「自然・文化的要素」とされる。例えば、鉄道や航空などの輸送手段やホテルといった観光地のインフラがなければならないのは当然のこととして、観光地を支える官民組織や地域住民をはじめとする関係者の協力もなくてはならない。また、近年マスツーリズムによる環境破壊などの問題もあるように、観光地周辺の自然環境・文化的遺産への配慮も重要な要素と位置づけられており、各要素それぞれが持続可能な観光を達成するために必要であるとされている(図1参照)。

図 1:持続可能な観光の構成要素

※Yvette Veyret他, “地図とデータで見るSDGsの世界ハンドブック”, p. 105 [2]をもとにクニエにて作成

 

筆者が2年間を過ごしたネパールにおいても、観光産業は重要な産業と位置付けられており、特に世界中のトレッカーに知られているヒマラヤの山岳地帯におけるトレッキングや、カトマンズの仏教寺院などの世界遺産を主要な観光地として想起する人は多いかもしれない。しかしながら、地域資源を活かした持続可能な観光という文脈では、まだまだ知られざる観光資源が存在しており、さらなるポテンシャルがあると筆者は考える。ネパールの基本情報を概観しつつ、ネパールの未開発観光資源の一つである「温泉」を一例として持続可能な観光産業の在り方を考察する。

ネパールの観光産業の現状

ネパールは人口約3千万人 [3]、北の中国、南のインドと大国に挟まれ、歴史的に両国の影響を強く受けながらも、建国当初から独立を維持している国である。公用語はネパール語だが、実際には数多くの民族・言語が共存する多言語・多民族国家である。仏教の開祖ブッダの生誕地ともいわれ、その文化的多様性に特徴がある。
ネパールにおける観光業はGDPの6.7% [4]を占め、労働人口に占める割合は11.5% [5]、事業所数に占める割合は14.6% [6]とネパール経済における主要産業の一つである。ネパールへの国別観光客数はインド(21.2%)が最も多く、次いで中国(14.2%)、米国(7.8%)、英国(5.1%)となっており、南北に近接する2か国が主要な観光客層となっている [7]。観光目的としては、レクリエーション(65%)が最も多く、次いで登山&トレッキング(17%)、聖地巡礼(14%)である [7]。
観光省が2016年に策定した「国家観光戦略2016-2025」では、ブランディングや外国投資・PPPの促進、インフラの改善、観光品質の向上、人材育成等を中心とした観光セクター全体の開発内容を盛り込んでおり、2025年までの10年間に達成すべきKPIとして以下の7つの指標を設定している [8](起点となる数値は2015年時点)。

  • 年間観光客数(54万人 → 252万人)
  • 観光業の成長率(-33% → 12.5%)
  • 観光客の平均滞在日数(13日 → 15日)
  • 観光客一人当たりの一日当たり消費額(69ドル → 90ドル)
  • 観光収入(497億8千万ルピー → 3,400億ルピー)
  • GDPへの寄与(2.44% → 9.29%)
  • 観光業雇用数(63万3千人 → 89万8千人)

ネパール国内の観光資源は多様性に富んでおり、首都カトマンズの世界遺産群、エベレストやアンナプルナでのトレッキング、マウンテンフライト、南部チトワンなどの野生生物保護区、リゾート地ポカラ周辺での滞在・アクティビティ、聖地巡礼(ブッダ生誕地であるルンビニやヒンドゥー教寺院など)が人気である [9](下図参照)。

図 2:ネパールの主要観光地

※National Planning Commission Central Bureau of Statistics, “National Economic Census 2018 Analytical Report Tourism”, p. 16 [9] よりクニエにて作成

 

ネパールの地域資源の現状

ネパール中西部のガンダキ州に焦点を当て地域の観光資源を俯瞰すると、8,000m級のヒマラヤを擁するアンナプルナ自然保護区を筆頭に、インド人観光客が多く訪れるムクティナート寺院といったヒンドゥー教の聖地などが既存の観光資源として有名である。また、国際金融公社(International Finance Corporation, IFC)は、ガンダキ州に位置するアンナプルナ自然保護区とその周辺の未利用観光資源に言及しており、トゥクチェ村に点在する古城のホテル・カフェへの再利用などの投資アイディアを提言している [10]。加えて、ガンダキ州のミャグディ地域は温泉が数多く点在している地域であり、かつてはマスツーリズムの流行の中で日本人を含め多くのバックパッカーが訪れていた地域でもあった [11]。現在は地元住民の湯治またはレクリエーション利用に留まっており、一部のみが観光資源として利用されている。

温泉を例とした持続可能な観光開発の考察

ここで、観光資源として日本人にとってだけでなく世界的にメジャーな存在である温泉を一例として、ネパールの持続可能な観光開発の在り方を考察する。まず、ネパールの温泉の現状を概観すると、前述の通り、現地では主に地元住民の湯治またはレクリエーションに利用されているほか、一部の外国人バックパッカーが立ち寄るのみであり、他の観光資源と比べてまだ一般の観光客に対して浸透しているとは言い難い。2020年2月時点で筆者が実際に現場に足を運んで確認できたガンダキ州内の10カ所の温泉の外観は図3のとおりである。なお、ネパール国内の温泉の情報について整理した文献は限られており、現地の新聞やウェブサイト、現地ヒアリング情報で断片的に取得できる情報を含めるとさらに数は存在すると思われるが、正確な数字は不明である。

図 3:ガンダキ州内の温泉の外観

 

上述のネパールの温泉の現状を踏まえ、前述の持続可能な観光に必要な4つの要素である「輸送」、「観光地インフラ」、「関係者」、「自然・文化的要素」の構成要素で考察すると図4のように整理できる。ガンダキ州内はアンナプルナ保護区域に代表される自然・文化的要素が豊富であり、周辺の有名なトレッキングルート上については輸送インフラおよび観光地のインフラが整っている。一方で、トレッキングルート上から外れている温泉地周辺については、舗装路や観光客向けの宿泊地はほとんどないというのが現状である。多くの温泉地近隣の村ではホームステイを提供しており、地元民による温泉管理組織も存在しているため温泉の質自体は良いものの、日本の温泉旅館のようなイメージとはかなり異なる環境である。

図 4:持続可能な観光開発の構成要素とガンダキ州内温泉地周辺の現状

※Yvette Veyret他, “地図とデータで見るSDGsの世界ハンドブック”, p. 105[2] をもとにクニエにて作成

 

想定されるインパクト

さらに踏み込んで、この地域に多くの外国人観光客を惹きつけるようなハイエンドな温泉観光(例えば、ヒマラヤを望む天然温泉、伝統的な建築による旅館、地元産野菜などを使用したローカル料理、文化交流等のアクティビティ、ストレスのない移動、パッケージツアーへの組み込みなど)が実現できたと仮定すると、どのようなインパクトが起こりうるだろうか。
既にアンナプルナトレッキングやネパールでの滞在経験がある観光客にとっては、温泉は新たな観光スポットとして映り、周辺温泉地への立ち寄りによる滞在日数の増加が見込める。また、ビギナートレッカーや温泉フリークなどの取り込みによる新規観光客増加も期待できる。ネパールの観光シーズンを考えると、ハイシーズンは5月から8月にかけての雨季を除く9月から12月および3月から4月頃となる。1月から2月にかけては寒さが厳しく、観光客数も落ち込む時期である一方、ネパール山間部では温泉地に長期逗留し寒さを凌ぐ時期でもある。仮に温泉という新たな観光資源が開発されれば、冬場までピークシーズンを引き延ばせる可能性が高まるといえる。また、これまでガンダキ州の観光といえばポカラ市での滞在かアンナプルナでのトレッキングがメインであったが、それら以外の選択肢として温泉観光が加われば、地方部への観光客誘引や観光業を中心とした関連産業の育成・雇用創出にもつながると考えられる。

こういった経済効果が創出された場合、ネパールが抱える社会課題にもインパクトが生じるだろう。例えば、地方に雇用が生まれることにより、出稼ぎを目的とした労働力の海外流出が防止できる。また、温泉観光はネパールの自然・文化的要素を含んだものであるため、外国人観光客が訪問することにより、観光を提供する側として改めて自国が有する自然や文化の価値を見直す契機にもなる。地方における雇用と自国の自然・文化への正しい価値認識があれば、農村経済・コミュニティの長期的な維持にもつながると考えられる。

一方で、温泉観光開発による負のインパクトも考慮しなければならない。オーバーツーリズムによる環境破壊や地元住民の意向を無視した開発は持続可能性があるとはいえず、また、温泉の掘削による地盤破壊や水源への影響も考えられる。実際に筆者が現地で見た事例としては、農村経済の構造変化が挙げられる。トレッキングルート上にあり温泉も利用可能なある村では、観光業が発達し現金収入が増えた一方で、もともとあった野菜栽培などの農業が衰退し、食料調達を外部に頼るようになってしまった(実際にそこで提供される食事はほとんどがインドからの輸入品である)。観光業に過度に依存した農村の経済はコロナ禍のような外部環境の変化によって大きく影響を受けてしまう。このような経済構造の変化を考慮しつつ、例えば、村の農産物を売りにしたローカルフードメニューを考案するなど農業が衰退しないような工夫が必要不可欠である。

図 5:温泉を例とした持続可能な観光開発によるインパクト

 

おわりに

筆者が青年海外協力隊として活動したフィールドであるネパールのガンダキ州ミャグディの農村含め、多くのネパールの農村部では世帯の主な稼ぎ手は父親である。しかし、地域の雇用が少ない上に賃金も安く、家族を支えるために父親が海外に出稼ぎに出るケースが一般的だ。そのため、家には母親と子どもだけが住む家庭が非常に多かった。日本では家族全員が一緒に住むことが当たり前であると考えていたこともあり、農村部の現状を知る中で、家族が共に住み暮らしていけるようにするにはどうすればよいのかという問題意識が常に頭にあった。温泉のみならずその地域独自の資源が観光業に有効活用できれば、地域の雇用創出や経済発展、ひいてはコミュニティの持続可能性や文化の尊重・保護に資することができると考えられる。SDGs達成に向け、地域資源の観光活用を進めてきた日本の持つ技術や知見の活用が一層期待される。

  1. [1] UNWTO(2015), “観光と持続可能な開発目標”, https://unwto-ap.org/why/goals/(参照2022年2月8日)
  2. [2] Yvette Veyret, Paul Arnould(2020), “地図とデータで見るSDGsの世界ハンドブック”, 原書房, p. 105
  3. [3] National Planning Commission Central Bureau of Statistics(2021), “国勢調査2078”, https://censusnepal.cbs.gov.np/Home/Index(参照2021年12月26日)
  4. [4] National Planning Commission Central Bureau of Statistics(2021), “National Economic Census 2018 Analytical Report Tourism”, https://nepalindata.com/media/resources/items/20/bAnalytical_Report_Tourism_Industry.pdf, p. 7 (参照2021年12月26日)
  5. [5] National Planning Commission Central Bureau of Statistics(2021), “National Economic Census 2018 Analytical Report Tourism”, https://nepalindata.com/media/resources/items/20/bAnalytical_Report_Tourism_Industry.pdf, p. 39 (参照2021年12月26日)
  6. [6] National Planning Commission Central Bureau of Statistics(2021), “National Economic Census 2018 Analytical Report Tourism”, https://nepalindata.com/media/resources/items/20/bAnalytical_Report_Tourism_Industry.pdf, p. 13 (参照2021年12月26日)
  7. [7] National Planning Commission Central Bureau of Statistics(2021), “National Economic Census 2018 Analytical Report Tourism”, https://nepalindata.com/media/resources/items/20/bAnalytical_Report_Tourism_Industry.pdf, p. 5 (参照2021年12月26日)
  8. [8] The Kathmandu Post(2016), “Nepal tourism sets goal to boost arrivals fivefold”, https://kathmandupost.com/money/2016/07/29/nepal-tourism-sets-goal-to-boost-arrivals-fivefold(参照2021年12月26日)
  9. [9] National Planning Commission Central Bureau of Statistics(2021), “National Economic Census 2018 Analytical Report Tourism”, https://nepalindata.com/media/resources/items/20/bAnalytical_Report_Tourism_Industry.pdf, p. 16 (参照2021年12月26日)
  10. [10] International Finance Corporation(2021), “Architectural and Cultural Heritage Tourism Products in Nepal, An Assessment of New Private Sector Investment Opportunities in the Tourism Sector in Annapurna Conservation Area”, https://www.ifc.org/wps/wcm/connect/9c050b3a-2715-4d00-a209-381dd28d308b/ACA+Assessment+Report_final_June30.pdf?MOD=AJPERES&CVID=nFDrRWD(参照2021年12月26日)
  11. [11] 平山和雄(1982), “ヒマラヤの花嫁”, 中央公論新社, pp. 2-250

粟村 俊也

途上国ビジネス支援担当

コンサルタント

※担当領域および役職は、公開日現在の情報です。

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