2023.08.09

300の事例から見えたデータマネタイゼーションの事業創出アプローチ

【第2回】データマネタイゼーションのビジネスモデル

3つのビジネスモデルの内容と事例

和田 真洋 

Summary

  • これまでに実現しているデータマネタイゼーションを整理すると、「業界プラットフォーム」「データ流通プラットフォーム」「個別データマネタイズ」の3つのビジネスモデルに分類できる
  • 「業界プラットフォーム」は、企業横断でデータを収集し、価値を提供する
  • 「データ流通プラットフォーム」は、データ販売を可能とするマーケットプレイスを構築し、データ提供者とデータ利用者のマッチングなどの価値を提供する
  • 「個別データマネタイズ」は、個社において既存事業で取得したデータ等を基にし、既存事業とは異なる新しい価値を創造・提供する

データマネタイゼーションの3つのビジネスモデル

第1回ではイントロダクションとして、データマネタイゼーションの定義および日本における取り組み状況を概観した。第2回となる今回は、データマネタイゼーションの実現に焦点を当て、ビジネスモデルの整理・分類および各分類における実現事例を見ていきたい。

前回述べたように、日本におけるデータマネタイゼーションは、実現の難しさから現場社員のモチベーションは行き詰まっている。しかし、その中でもデータマネタイゼーションの実現事例は存在する。また過去を振り返れば、その当時はデータマネタイゼーションと呼ばれてはいないものの、保有データを活用した新たなビジネス創造の事例も存在する。これら実現事例を整理・分類すると、以下3つのビジネスモデルが見えてくる(図1)。

A:業界プラットフォーム
B:データ流通プラットフォーム
C:個別データマネタイズ

ここからは各ビジネスモデルの定義や実際の事例、実現状況、および実現における特有の難しさなどについて見ていきたい。

図1:データマネタイゼーションの3つのビジネスモデル

 

A:業界プラットフォーム
「業界プラットフォーム」は、ある特定の業界において、企業横断でデータを収集するプラットフォームを構築し、収集したデータを基に新たな価値(データ販売、ソリューション等)を創造・提供するモデルである(図2)。業界プラットフォーマーには、業界内のプレイヤーをはじめ、ジョイントベンチャー等によって組成された新たなプレイヤー、または中央省庁等の第三者プレイヤーがなるケースがある。

図2:業界プラットフォームの価値提供モデル

 

業界プラットフォームの1つの事例として「WAGRI(読み:わぐり/農業データ連携基盤)」が挙げられる。WAGRIは農林水産省がスマート農業の取り組みにより構築した農業関連データの連携・共有・提供機能をもつプラットフォームで、2019年4月より農研機構によって運用されている。
農業においては近年、新規就農者や担い手が減少しており、農業従事者1人が管理する圃場(ほじょう)面積*が増加している。
*農作物を育てるために利用している土地の面積

そのため生産性の向上やコスト管理等が重要となっており、データを活用した営農や農業ICTの活用が注目されている。しかしサービスが異なると取得データの連携が難しく、サービスごとにデータが散在している状況であった。そこで、さまざまな農業関連データを連携し、共有・活用できるデータプラットフォームとしてWAGRIが構築された。

WAGRIでは、農業従事者の営農データや、農業サービスを提供する企業が取得・保有しているデータなどを収集・連携している。具体的には農地/生育/気象データや、それらを活用した生育予測や診断プログラムなどが連携されている。これらのデータを、農機メーカーやICTベンダー等が活用できるようにすることで、新たな農業関連サービスの開発を促している(図3)。

図3:WAGRIにおけるサービス提供モデル

農業データ連携基盤協議会をもとにクニエにて作成[1]

WAGRIのほかにも、このパターンのデータマネタイゼーションは、さまざまな業界で取り組まれている(表1)。ヘルスケア業界では、医療データ分析のJMDCが保険者および医療機関から収集したレセプトデータなどを基に、製薬企業や官公庁等へ向けたデータ解析サービスを展開している。またモビリティ業界では、トヨタ自動車とトヨタコネクティッドが構築したモビリティサービス・プラットフォームにおいて、世界中のDCM(Data Communication Module/専用通信機器)搭載車から収集した車両データを、事業者・自治体に提供することで、カーシェアリングやライドシェア、安全運転度合いに応じ保険料金が変わるテレマティクス保険など、新たなサービス提供を可能にしている。
このほかにも製造業に向けてはシーメンスやファナック、流通業向けにはNTTデータや日立、住宅産業向けには積水ハウスやパナソニックが業界プラットフォーマーとして価値提供を行っている。このように、各業界において幅広くデータを収集・活用することにより、新しい価値を創造する取り組みが推進されている。

表1:各業界における業界プラットフォームの事例

2022年4月27日時点の各社Webサイト等を基にクニエにて作成

しかし、多くの取り組みが、当初描いていた業界プラットフォームの構想と比較し、実現状況はまだ道半ばという印象がある(もちろん現在も取り組みが推進されているため、「道半ばで終わっている」ということではない)。例えば、モビリティ業界では、以下のようなMaaS(Mobility as a Service)プラットフォームの構想が語られることが多いが、新たな提供価値としてサービス化が実現できている部分は、当初計画のおよそ半分である(図4)。

図4:MaaSプラットフォームの構想と実現状況

 

業界プラットフォームの実現が難しい理由の1つとして、「ビジネス構造の変化」が挙げられる。業界プラットフォームによる価値提供では、多くの場合、業界内の既存企業が慣れ親しんだビジネス構造とは異なる「新しいビジネス構造による競争」となる。これまで通りの資源投入や事業の源泉だけではうまくいかず、結果として各社が築いてきた競争優位性を崩すことにもつながりかねないため、推進に慎重となってしまう。

前述のモビリティ業界におけるMaaSプラットフォームを例に見ていきたい(図5)。まずMaaSプラットフォーム以前のビジネス構造では、自動車や鉄道、バス、飛行機等の移動手段を提供する各社が利用者数や顧客単価の向上、あるいは効率的な運航によるコスト削減などをKPIとして、独自の価値を提供する構造となっている。ここでは、ほかの移動手段との連携はあまり重視されておらず、基本的には自社と顧客の関係性を基にしたビジネス構造になっている。
しかしMaaSプラットフォームでは、自動車や鉄道、バス、飛行機等のさまざまな移動に関するデータを企業横断で収集し、そのデータを基に、現在地から目的地までの最適な移動手段の組み合わせなどを提案することになる。ここでは「自社と顧客」ではなく、「自社と他社と顧客」の関係性でのビジネス構造となり、KPIとしては最短移動時間や最安の価格、あるいは移動経路上にある体験の提案など、顧客の現在地から目的地までの体験全てを対象としたビジネスとなる。これまでは優位性を確立していたとしても、利用者が望む体験を提供していなければ、現状のままでは自社が選択されない可能性がある。そのため、推進に慎重となっていると考えられる。

図5:MaaSプラットフォームにおけるビジネス構造の変革の例

 

対応施策の1つとしては、「協調領域と競争領域の明確化」がある。協調領域とは、業界プレイヤー同士が協力して取り組む領域であり、全てのプレイヤーに恩恵のあるような業界全体の発展や顧客満足度の向上につながる取り組みが該当する。一方で競争領域は、プレイヤー同士が競い合う領域である。両者を明確にすることで、業界プラットフォームの発展と各社の競争優位性確立の両立が目指せる。MaaSの例で言えば、データ収集とデータベース、検索ロジックなどを協調領域とする一方で、アプリケーション部分は競争領域として各社が工夫するといった両立のさせ方である。参加する全てのプレイヤーが納得できる線引きを調整する必要がある。
もう1つは、出島組織を主体とした推進が考えられる。既存の業界プレイヤーではなく、複数の企業からのジョイントベンチャー等により既存のビジネス構造とは異なる組織を構築し、その組織が主体となり推進する方法である。MaaSの例で言えば、各社出資の下で「MaaS協議会」のような新組織を作り、推進主体とすることで、既存のビジネス構造はそのままに、業界プラットフォームの発展を目指すことができる。
 

B:データ流通プラットフォーム
「データ流通プラットフォーム」は、データ販売をデータマネタイゼーションの提供価値として、そのためのマーケットプレイスを構築し、データ提供者とデータ利用者のマッチングや決済機能、セキュリティなどを提供するモデルである(図6)。マーケットプレイスそのものを運営するケースや、マーケットプレイスを展開する際に必要となる流通基盤を提供するケースなどがある。後者は、データ流通基盤をサービスとして提供、あるいはホワイトラベル*で提供する企業などである。
*他社が開発した商品・サービス等を自社ブランド名で販売すること

図6:データ流通プラットフォームの価値提供モデル

 

まずマーケットプレイスを展開するケースの事例としては、東京都による「TDPF(東京データプラットフォーム)」が挙げられる。本データマーケットプレイスでは、「①官民のデータ流通を促して、イノベーションを後押し、社会課題を解決」、「②全ての人が快適に暮らし働くことができる社会・スマート東京を実現する」という2つのビジョンが掲げられている。データ提供者となる企業は、TDPFを通してデータ利用者に対してデータを販売することができる。今後の展開としては、データ整備や、データを基にした分析やコンサルティングなども検討されている[2]。

流通基盤を提供するケースでは、NOKIA(ノキア)や仏DAWEX(ダウェックス)、米Snowflake(スノーフレイク)、Amazon Web Services (AWS)など基盤系のIT企業がデータ流通に必要となるデータベースやセキュリティ、決済などの機能を具備するシステムを提供している。ホワイトラベルとしてのサービスや、非中央集権型なデータの保有方法、従量課金の料金体系など、各社さまざまなかたちでサービスを展開している。

例えば、NOKIAの「Nokia Data Marketplace」では、利用者はブロックチェーン技術による非中央集権型データ管理や、それによるセキュリティやプライバシー等の安全性の担保、また連合学習*により各端末やサーバーで学習を行った結果のみを集約してモデルを改良させることができる。そしてこれらの機能をホワイトラベルとして提供している[3]。
*データそのものを集めず、特定のAI解析によって得られた分析結果や改善点などの要素のみを統合する機械学習の方法

これらデータ流通によるデータマネタイゼーションモデルの難しさの1つとして、マーケットプレイスを構築しただけでは、実際のデータ流通にはつながらない点がある。機能的に優れたマーケットプレイスがあったとしても、データ提供者と利用者が存在しなければ、実際のデータの流通は行われない。基本的な部分ではあるが、「データマーケットプレイスを作ったが、全くデータ流通が進まない」といった状況はよく聞く話ではある。そのため、このパターンに関しては、マーケットプレイスを構築すると同時に、データ売買のユースケースを策定しておくことが重要となる。あくまでデータ売買は手段であるため、誰が、何の目的で、どのようなデータを必要とするのかを想定しておく必要がある。

例えば、医療現場における患者の治療データ等は機密性が高く、プライバシーの観点からも活用や病院外への持ち出しは難しい現状がある。しかし医療の発展を考えれば、さまざまなデータを連携し、活用することは重要である。このようなケースでは、ブロックチェーン技術などを用いた非中央集権型マーケットプレイスを構築するという選択肢が有効だろう。また場合によっては、ニーズ自体を創造する必要もあるかもしれない。データ提供者およびデータ利用者のニーズを中心としたユースケースを策定しておくことが、このモデルでは重要となる。

またこのほか、セキュリティやプライバシーへの配慮なども難しさとなる。特に消費者個人のデータをマーケットプレイス上で取り扱う場合には、消費者一人ひとりの納得を得ることが重要だ。国としてのデータ流通のルール整備や、データ活用における匿名化処理の技術の発展など、データ販売に関する環境は整ってきてはいるが、これらと並行してデータ提供者となる消費者個人の安心・安全への信頼を得る必要がある。
例えば、企業側として個人情報保護法に則ったうえで匿名化等の十分な配慮を行ったとしても、データ提供者がプライバシーへの不安を払しょくできず、サービスを停止せざる得なくなったケースもある。データ提供者との丁寧な対話を通して、対応を検討していく必要がある。

 
C:個別データマネタイズ
「個別データマネタイズ」とは、既存事業で取得したデータ等を基にして、既存事業とは異なる新しい価値(データ販売、ソリューション等)を創造・提供するモデルである(図7)。このパターンは基本的には個社によるデータマネタイゼーションモデルとなる。活用するデータは、自社の事業活動で取得したデータに加え、他社のデータも併せて活用することで、価値創造を行うケースもある。

図7:個別データマネタイズの価値提供モデル

 

事例としてはNTTドコモが提供する「モバイル空間統計」がある。これはドコモ携帯電話の位置情報を活用したサービスの1つで、ドコモの各基地局のエリアで把握している携帯電話の位置データ(所在地)を基に、ドコモの携帯電話の普及率を加味して、エリア内の人口を推計している。位置データには、携帯電話利用者の属性情報が含まれているため、性別や年代、居住地別の人口分析、さらにはエリアにおける人流予測などの提供が可能となっている[4]。

これらは、新規出店におけるプロモーション企画や、イベントの効果測定、観光客の分析、コロナなどの災害時における人流分析などで活用されている。また、具体的な活用事例として、タクシー事業者向けサービスの「AIタクシー」がある(2022年6月、コロナ等によるタクシー市場環境の変化等によりサービス終了)。このサービスでは、モバイル空間統計によるエリア内の人口予測に加えて、タクシーの運行データや気象データ、イベント情報などを基に、30分後までのタクシー需要を予測している[5]。これにより、効率的なタクシー業務の遂行に加えて、経験の浅いドライバーのサポートも実現している。

このほかにも、個別データマネタイゼーションのパターンは、さまざまな業界や事業で取り組まれ、実現されている(図8)。このパターンにおける実現の難しさは対象のサービスにもよるが、多くの場合、既存事業とは異なる事業を創造するといった“新規事業創造の難しさ”という点が共通している。

データマネタイゼーションの事業実現における特有の障壁については、本連載の第3回で述べるので、そちらをご参照いただきたい。

図8:個別データマネタイズの事例

総務省務省 情報通信審議会 新事業創出戦略委員会・研究開発戦略委員会 基本戦略ボード(第6回)配付資料「ビッグデータアドホックグループの検討状況報告」 [6]におけるデータのカテゴリーを参照し、クニエにて編集・作成。各カテゴリーにおけるデータマネタイゼーションの事例は、各社Webサイトをもとにクニエにて作成

おわりに

ここまでデータマネタイゼーションの3つのビジネスモデルを見てきた。それぞれにおける事例をもとに、実現のバリエーションをまとめると以下のようになる(図9)。

図9:データマネタイゼーションの実現へ向けた検討要素とそのバリエーション

 

データマネタイゼーションの実現のためには図9に示す通り、ここまでに見てきた内容に加えて、顧客対象や活動内容(提供モデル)、提供価値、そして提供価値を実現するために必要な資源としてデータの種類を検討し、組み合わせて考える必要がある。

今回はデータマネタイゼーションのビジネスモデルとともに、実際の事例と実現における難しさなどを見てきた。次回の第3回では、データマネタイゼーションの実現のために越えるべき5つの障壁と、その乗り越え方を紹介する。

  1. [1] 農業データ連携基盤協議会(2017), “ABOUT WAGRI”, https://wagri.net/ja-jp/aboutwagri(参照2023年4月27日)
  2. [2] 東京都デジタルサービス局(2018), “東京データプラットフォームとは?”, https://www.digitalservice.metro.tokyo.lg.jp/society5.0/case_study/(参照2022年4月27日)
  3. [3] NOKIA, “Nokia Data Marketplace”, https://www.nokia.com/networks/bss-oss/data-marketplace/(参照2023年4月27日)
  4. [4] モバイル空間統計, ”モバイル空間統計とは”, https://mobaku.jp/about/(参照2023年4月27日)
  5. [5] 宙畑(2019), “AIによるビッグデータ活用で30分後のタクシーの需要が予測できる!”, https://sorabatake.jp/6015/(参照2023年4月27日)
  6. [6] 総務省務省 情報通信審議会 新事業創出戦略委員会・研究開発戦略委員会 基本戦略ボード(第6回)配付資料(2012), ”ビッグデータアドホックグループの検討状況報告”, https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/joho_tsusin/policyreports/joho_tsusin/shinjigyo/02tsushin01_03000103.html(参照2023年4月27日)

和田 真洋

新規事業戦略担当

シニアコンサルタント

※担当領域および役職は、公開日現在の情報です。

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