2023.09.06

300の事例から見えたデータマネタイゼーションの事業創出アプローチ

【第3回】データマネタイゼーションの実現を阻む障壁

5つの障壁と対応策

和田 真洋 榛澤 響 

第1回ではデータマネタイゼーションの定義および日本における実現状況の概観を、第2回では実際のプレイヤーの事例に焦点を当て、データマネタイゼーションの実態をお伝えしてきた。3回目となる今回は、実際にデータマネタイゼーションに挑戦しているが、上手くいっていない方や躓いている方、行き詰まっている方などに向けた内容である。データマネタイゼーションの事業化には、乗り越えなくてはならない障壁や状況が数多く存在する。本稿では、その中でもよく見られる5つの障壁「1:我慢できないマネジメント層」「2:顧客ニーズの理解がないがしろ」「3:“他力本願の価値創造モデル”が機能していない」「4:リアリティのあるマネタイズ設計が困難」「5:ビジネスとデータの両面に知見を持つ人材が不足」を取り上げ、具体的な内容と対策について解説する。

障壁1:我慢できないマネジメント層

1つ目の障壁は、マネジメント層や投資家などが収益化できるまでの期間を我慢できないことである。この障壁は、既存事業が縮小、もしくは縮小傾向の業界にある大企業でよく見られる。新規事業企画におけるゲート(各段階における内容審査)などで事業企画案を提案し、検討継続や投資判断の決裁を取る場面で、マネジメント層からの反対を受け、企画を断念せざるを得なくなる。
その反対理由としては、「企画の将来性が見えない」や「短期的な利益が期待できない」などをよく耳にする。そもそも、既存事業の先行きも見えない状況下で、さらに先が見えない新規事業への投資判断に審査が厳しくなることは想像に難くない。本当にニーズがあるのか、利益が出るのか、過度に懐疑的になってしまうのである。多くの新規事業企画担当者に、同様の経験があるのではないだろうか。特に日本におけるデータマネタイゼーションは未だ黎明期であり、データボリュームが十分でないケースや、顧客が価値を十分に理解していないケースもあることから、マネジメント層が期待・納得するようなシナリオを描くことが難しい側面がある。

 

ちなみに、スタートアップでは、この障壁はそれほど見られない。そもそもスタートアップ自体が投資的側面を持つため、マネジメント層に耐性があるのかもしれない。また、個人投資家と関係構築ができている場合では、投資家が経営者を信頼し、成功するまで我慢強く投資をし続けるケースもあるだろう。特にデータマネタイゼーションでは、短期的な収益が不明確であっても、今後のデータボリュームの増大や市場規模の拡大などの将来性を買って、マネジメント層が企画推進を後押ししてくれるケースもある。

いずれにしても、この障壁を抱える企業において、データマネタイゼーションの企画を推進するには、我慢できないマネジメント層の期待に応え、納得してもらう必要がある。
ではどのようにすればこの障壁を乗り越えられるのか。ここからは2つの対応策を紹介する。

対策1:ホラーシナリオを認識させる
1つ目は「ホラーシナリオ」の提示である。データマネタイゼーションに取り組まなかった場合に、現状よりも悪い状況に陥る恐れがあることを伝えるのだ。ホラーシナリオは、対象市場の成長動向と、その動向に乗り遅れた場合の自社の成長予測を含むため、「企画の将来性が見えない(=自社で取り組む意義が見えない)」というマネジメント層に対し、具体的なデータを拠り所に説明することが可能になる。
既存事業が縮小傾向にある企業のマネジメント層や投資家たちは、当然だが業績悪化を恐れている。そのため「データマネタイゼーションの波に乗るべきだ」というメッセージに加えて、競合他社にデファクトスタンダードを取られてしまったケースでの収益予測など、「もしこの波に乗らなかったら…」のシナリオを伝えることが効果的だ。

 

対策2:短期・長期の事業ロードマップの作成
とはいえ、データマネタイゼーション企画の継続検討や投資判断の決裁を通すにあたっては、マネジメント層の懸念点である「短期的な利益の蓋然性」について回答しなくてはならない。そこで、「短期・長期の事業ロードマップ」を講じることも必要だ。長期的には市場の拡大とともに事業の拡張性が見えており、かつ短期的に見ても“小さくとも着実に稼ぐことができる”というストーリーを、時間軸と併せ提示する。
例えば、「事業開始は1つの顧客セグメントや業務領域などに対する価値提供からスタートし、小さくとも確実な収益を上げ、その後の展開としてバリューチェーンの前後に価値提供の範囲を広げていく」などである。特に、短期的な収益を示すにあたっては、想定顧客など第三者へのヒアリングを通じて、「お金を払ってでも利用したい」といった声を拾うことも重要な説得材料となる。

データマネタイゼーションのみならず新規事業全般で、将来的な事業展開を明確に示すことは困難だ。しかし上述の通り「ホラーシナリオ」と「短期・長期の事業ロードマップ」を組み合わせて提示することで具体的なイメージに基づく判断が可能となるため、“我慢できないマネジメント層”の説得に効果が見込める。

障壁2:顧客ニーズの理解がないがしろ

2つ目の障壁は、企画検討時に顧客ニーズの理解がないがしろになっていることである。これは、既存事業が好調、あるいは成長基調にある企業でよく見られる障壁だ。既存事業が成長基調にある企業では、財務的に余裕があるケースが多いため、顧客ニーズを十分に検証しないままコンセプト先行の事業創造やモノ・システム作りがなされる傾向にある。その結果、企画検討時では良いサービス、良いシステムと思っていたが、投資判断時になってマネタイズが困難であることが判明し、企画が頓挫する状況に陥ってしまう。「そんな当たり前のこと…」と感じるかもしれないが、実際よく目にする状況である。データマネタイゼーションの実現においても、顧客ニーズを調査・検証し、それを基に企画を行うことが重要だ。

 

対策:事業計画の策定と定期的なレビュー
この障壁で立ち止まらないためには、初期事業計画段階から事業責任者による内容確認を定期的に行いたい。
具体的には、誰にどのような課題があるのか、それは提供するソリューションで解決できるのか、お金を払う価値を感じてもらえるものなのかを十分に検討・確認すべきである。その際、リーンキャンバスやビジネスモデルキャンバスなどのフレームワークを参考にして検討を進めることで、抜け漏れなく必要項目を検討できるので推奨したい。さらに踏み込めば、顧客はどれくらいの価格であれば支払う意思があるかについても検証をすることが望ましい。机上調査を基にした検討だけでなく、想定顧客へのヒアリングなどでフィージビリティを確認しておくとより安心である。

 

トライアンドエラーが前提となる新規事業の推進の中で、現状を見失ってしまうことはよくあることだ。推進における必要プロセスとして、予め設定しておくことをお勧めする。
どんなに多くのデータが集められたとしても、顧客ニーズが無ければ事業化しても収益には結び付かない。データ収集の仕組みやシステム作りをする前の段階で初期事業計画を策定し、マネタイズ面のチェックを行うことで、事業化検討における躓きを避けることができる。

障壁3:“他力本願の価値創造モデル”が機能していない

3つ目の障壁は、顧客に提供するサービスやアプリ開発・提供をサードパーティーに頼ったモデルを採用した結果、上手く機能しないというものだ。例えば自社で顧客企業とサードパーティーをマッチングする場(プラットフォーム)を構築し、合わせてサードパーティーが活用可能なデータとSDK(ソフトウェア開発キット)を準備したが、サードパーティーからは良いサービスやアプリなどが開発・提供されないといった状況である。この場合、プラットフォーム上に魅力的なサービスやアプリが開発・提供されていないため、当然ながら利用顧客もいない。さらに利用顧客が集まらないプラットフォームに対してはサードパーティーも魅力を感じないため、サービスやアプリの開発に注力しない。これら負のループにより、提供価値が一向に上がらないプラットフォームとなってしまう。

 

マルチサイドのプラットフォームのため、参加企業と利用顧客のそれぞれに参加しない理由は存在する。サードパーティー側が開発に注力しない理由として、前述の利用顧客が少ないことに加えて、そもそもどのようなアプリを開発・提供すればよいのか、よく理解できていないというケースがある。プラットフォーマーとしては、活用できるデータとSDKがあれば自然とアプリ開発が進むと考えがちだが、サードパーティー側としては、誰が、どのような課題を抱え、どのようなものを欲しがっているのかがわからないため、魅力的なアプリの開発に結び付かないのである。

対策:まずは自社でお手本のサービスを開発する
この障壁に対して必要となる対策は、まずは自社でアプリを開発し、サードパーティーに対してお手本を見せることだ。特にサービス開始当初に、プラットフォームだけでなく、自社によるアプリも併せて開発・提供することで、サードパーティーに対してプラットフォームの具体的な使い方を伝えることが重要となる。例えば、任天堂ではプラットフォームとしてのファミコン(ハード)を提供しつつ、自らお手本のソフト開発を行うことで、プラットフォームとしてのハードの魅力向上に取り組んでいる。

 

最初から他社に価値創造を期待するのではなく、まずは自社で価値創造の土壌を作り、プラットフォームとしての価値や魅力を向上させることが必要だ。その上で、他社によるさらなる価値向上を期待すべきである。魅力的なアプリやサービスによって顧客が集まり、顧客が集まることでアプリやサービスを開発・提供したいサードパーティーが集まるという好循環を生み出すことができる。

障壁4:リアリティのあるマネタイズ設計が困難

4つ目の障壁は、マネタイズ設計である。例えば、事業企画を「顧客課題・ニーズ確認」、「ソリューション・サービス検討」、「マネタイズ設計」の流れで検討し、顧客ニーズやソリューションのフィットは確認できたが、リアリティのあるマネタイズ設計ができず、フィージビリティに欠けてしまうケースである。支払い方法や金額の検討が不十分であることが多い。クニエが2022年9月に実施した、日本企業を対象としたデータマネタイゼーションの実態調査でも、調査対象者の62%が、マネタイズ設計が難しいタスクだと回答している(クニエ「データマネタイゼーション調査レポート」)。

 

マネタイズ設計に関しては、新規事業企画においても頭を悩ませることがよくある部分であり、成否を分ける重要なタスクである。特にデータ販売のモデルにおけるデータマネタイゼーションでは、顧客への価値が曖昧なままで企画を進めてしまうケースが多く、マネタイズ設計が顕著な課題になっているように感じる。データ販売のモデルでは、本来は顧客課題やニーズの先にある提供価値(データ)がある程度見えているため、顧客課題やニーズ、ソリューションとしての提供価値を十分に検討せずに進めてしまうのかもしれない。しかしこの課題を乗り越えなければ、事業の収益化につながらない。

対策:顧客の購入決定ロジックの明確化
リアリティのあるマネタイズ設計を行う際に、有効な手段となるのが「顧客企業の立場で稟議書を作成してみる」ことだ。顧客が企業となる場合、支出にあたっては稟議書を作成する。この稟議書が作成できるレベルまで、企画内容を落とし込む。顧客がサービス/データを購入する場合の決定ロジックを明確に用意し、それに応えられる材料を集めていくことでリアリティのあるマネタイズ設計を実現できる。

 

障壁5:ビジネスとデータの両面に知見を持つ人材が不足

5つ目の障壁は、データとビジネス両方の知見を持つ人材の不足である。データマネタイゼーションへの取り組みには、統計学やデータ分析、データサイエンスなどのデータに関する知見に加え、新規事業創造などビジネスに関する知見も必要だ。新規事業創造などのビジネス面に知見のあるメンバーがいないと、「障壁2」で述べたように、顧客ニーズやマネタイズの側面の検討が疎かになる。一方で、データ分析などの知見のあるメンバーがいないと、データ観点から企画実現可能性を見極めることが難しくなる。理想としては、両方の知見を併せ持つ人材がいると良いが、実際にはこういった人材は組織内にいないケースの方が一般的である。また人材市場においても希少であることから、採用も容易ではないだろう。
そのため、データに関する人材とビジネスに関する人材をそれぞれアサインするケースが多く見られる。組織として両方の知見(能力)を備えていれば、企画推進は可能ではある。ただし、これらのケースにおいても、あるフェーズには新規事業企画のメンバーはいるがデータ分析担当は不在のケース、または検討途中からいずれかの人材が参画するもそれぞれが別組織のままとなっており、これが障壁となるケースもある。

 

データマネタイゼーションを含む新規事業全般に当てはまることだが、ウォーターフォール型の開発のように一方向に進んでいくことは稀であり、多くの場合はトライアンドエラーで行ったり来たりを繰り返すことになる。そのためビジネス/データ人材をそれぞれアサインする場合、両人材は企画当初より同じ組織に所属させて企画を推進していくことが理想である。

対策:段階的にビジネス面とデータ面の知見を持つマルチ人材を育成
しかし、すぐに必要な人材を集めて理想的な組織を作ることは難しいだろう。そこで段階を踏みながら、データ面もビジネス面も両方の知見を持つマルチ人材の育成を行っていきたい。

最初の段階としては、データ面・ビジネス面の少なくともどちらかの知見を持った人材は組織内に召集したい。事業企画を行うことを考えれば、まずはビジネス面に知見のある人材を確保してスタートするのが良い。外部人材なども活用しながら、必要な知見を得るのが望ましい。
次の段階では、データに関する人材とビジネスに関する人材をともにチームメンバーとして召集し、そのうえで企画初期から両者が参画している形を目指す。もしこの状態を実現できれば、企画推進の一連の取り組みを通して、両者で不足している知見の相互吸収・習得を目指せる。知見の習得方法については、全く知見がない状態なのであれば情報共有会や勉強会などの座学を中心に、ある程度知見を持ち合わせている状態であればOJTのような実務を通じた知見習得機会の設定が必要となるだろう。これらの知見の吸収・習得を通じて、最終目標であるデータ面・ビジネス面の両方の知見を持つマルチ人材を育成していきたい。

 

おわりに

本稿では、データマネタイゼーション経験者へのインタビューやクニエのコンサルティング経験から見えてきた障壁と対応策を“データマネタイゼーションの事業化のために乗り越えるべき5つの障壁”として紹介してきた。
次回第4回では、データマネタイゼーション事業の実現アプローチについてご紹介する。

和田 真洋

新規事業戦略担当

シニアコンサルタント

※担当領域および役職は、公開日現在の情報です。

榛澤 響

新規事業戦略担当

コンサルタント

※担当領域および役職は、公開日現在の情報です。

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