2021.10.26

成果を生み出すダイバーシティ経営の要諦

多様性を「経営の力」に転換する評価のカタチ

三沢 直之 

人的資本の情報開示の対象として常に求められる「ダイバーシティ」。その重要性を訴える学者や当事者、サービス提供者は数多く、語る内容にも一定の納得感がある。一方で、ダイバーシティに関する議論が堂々巡りしてしまっている印象もある。本稿では、ダイバーシティを「経営の力」に転換するために必要なポイントを模索していきたい。

人的資本の情報開示において重視される「ダイバーシティ」

昨年、米国証券取引委員会(U.S. Securities and Exchange Commission, SEC)が上場企業に対し人的資本の情報開示を義務付けたことが大きな話題となった。最近だと2021年6月、東京証券取引所によりコーポレートガバナンス・コードが改訂[1]され、本稿のテーマである多様性の確保や人的資本の具体的情報開示が求められている。
人的資本の情報開示において世界基準と期待されるISO30414[2]の指標には、統合報告書やCSRレポート、サステナビリティレポートなどでよく目にする項目が並んでいる。その一つが「ダイバーシティ」であり、指標として「年齢」「性別」「障がい」が項目として具体的に挙げられ、その他の指標として「国籍」が例示されている。
SDGsが注目され、ESG投資[3]が活発化する中、各種レポートにおいてもダイバーシティの項目を重要視するという投資家は年々増えている。そのため、この取り組みは、少なくとも上場企業にとって、対投資家の観点から避けては通れないものとなっている。

世間で喧伝される「ダイバーシティ」

経営や人事、SDGsなどの記事やセミナーでも、「多様性」「ダイバーシティ」といったキーワードをよく目にするようになった。関連して「インクルージョン」「D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)」「I&D(インクルージョン&ダイバーシティ)」も頻出ワードであり、学者やコメンテーター、当事者や企業における実践者、その他コンサルタントや研修サービス提供者などが、さまざまな発信を行っている。
言葉としては定着したといえるダイバーシティだが、日本での実践はあまり進んでおらず、経営者の意識や認識不足、リーダーシップの欠如が主な原因だとする論調が多い。その対策として、「リーダーの覚悟」「ダイバーシティが経営に資する影響への理解促進」「モデルづくり」「アンコンシャスバイアスの認知・対処」「心理的安全性の確保」「アサーションスキルの獲得」「対話の促進」などがよく語られる。確かにこれらは大事であるが、議論ばかりが続き、ダイバーシティの実践が表面的になっているのではないかとも感じる。

ダイバーシティ経営において重要なこと

昨今、ダイバーシティは属性の多様性を重視するデモグラフィー型から、成果を生み出すための多様性を重視するタスク型に移行すべきだといわれている。個人の能力や特性を見出し、活かす視点が重要であるというこの考え方について、筆者自身の経験を振り返って解説したい。

筆者がスタートアップ企業に在籍していた頃、採用に苦戦したことがあった。しかし、結果として優秀な社員を多く確保でき、その多くが女性であった。当時、社長直下のマネジャーにいたっては、70%以上が女性だった。多くの企業で社長直下のリーダー層は男性ばかりであるケースが多い中、異例の比率となったが、これは当然、ダイバーシティ推進を謳った結果ではない。ただ、自社にとって必要な人材の要件を考え、採用を進めた結果であり、自分のできることを考え、年齢や階層に関わらず、より良いサービスを提供しようと喧々諤々と日々ぶつかりながら、実績を積んだ人間が主に女性であっただけである。

また、ここ3年ほど、留学生の就職と定着を支援するコンソーシアムのアドバイザーをしており、その中で、留学生と企業が連携し半年ほどかけて新規事業を考える活動のファシリテートをしている。毎年、留学生の独自の視点や経験、ネットワークを活かした行動を見てそのポテンシャルの高さに感心しており、中には「これはすごい」と思えるような新規事業もある。例えば、日本と中国における介護従事者の位置づけとスキルの差を利用した人材育成・紹介の仕組みや、ベジタリアンへの一歩としてのフレキシタリアン[4]を前面に出したお弁当デリバリーサービス、ネパールのIT人材をブリッジSEとして育成・紹介する事業など、日本人だけの視点では出てこないような新規事業が生まれている。この活動は2025年の大阪万博につながるもので、参加する多くの企業からも、留学生の発想の切り口や構想の立て方、実際のアウトプットの質の高さに感嘆の声が多くあがっている。日本語能力に多少の困難さがある場合もあるが、留学生と企業の担当者が対話しやすい環境を事務局が中心となって作り上げ、企業担当者からのフィードバックを受けながら、留学生一人ひとりが持つ視点や特性を活かすことができれば、大きな成果を上げることができると感じる。

加えて、福祉業界のお手伝いをここ5年ほど続けており、障がい児向け施設にも関わってきた。さまざまなハードルがあるのは確かだが、パンの生地作りやコーヒー豆の選別や焙煎など定型業務を継続的かつ正確に行う者や、箱詰めや袋詰めを丁寧に行う者の姿を見ていると、彼らが持っている利点を活かすことができれば、組織にとって大きな力となると感じた。これには、普段から信頼関係を築いている指導員の役割が重要であり、そのサポートや指導があってこそ、彼らは本来持つ力を発揮することができる。能力を最大化できるこうした環境のもと、筆者は彼らの充実した顔に何度となく出会ってきた。

筆者の限られた経験ではあるが、そこには確かにアンコンシャスバイアスへの気づきがあり、心理的安全性の確保と対話の活性化によって健全な競争が生まれていたと感じる。ただ、より大事なことは、その人の持つスキルや経験、適性を見出し、組織が求める要件に紐づけ、持てる力を存分に発揮してもらい、フィードバックを与え成長を促すことだと感じる。

適性判断・評価を行う上で必要な視点

世の中には、人のスキルや性格、行動特性などから適性を判断する枠組みや方法論が各種存在する。筆者は、人事コンサルタントとして、またキャリアコンサルタントとして、人の適性を考える際に以下の3つの視点を大事にしている。

①スキルの適合度×②組織文化の適合度×③職務の適合度

例えば、採用面接をイメージしてみよう。①「スキルの適合度」は、対象職務に求める知識やスキル、能力があるかを見る。チームで活動した経験や困難な状況に陥った際の行動を聞くことで、見えてくるだろう。②「組織文化の適合度」は、対象職務がある職場でのマッチ度で、職場における立ち居振る舞いや、上司や同僚との相性を見る。これも同様に、チームでの活動経験や困難な状況で取る行動について聞くことで、見えてくるだろう。そして③「職務の適合度」は、対象職務自体との相性で、行動特性や仕事への興味からジョブフィット(職務適性)を見る。①と②は比較的面接等で判断しやすいが、③の「職務の適合度」は捉えることが難しい。これについては、アセスメントツールを活用したり、求職者がいる(いた)職場の関係者にレファレンスをかけたりすることが適合度の見極めに有効だと考えられる。

面接や昇格審査ではつい、②の「組織文化の適合度」に目が行きがちで、アフィニティバイアス(自分と似ている人を好むバイアス)などに影響される傾向がある。男性の管理職が多いと男性の部下を登用しやすいというのもこの傾向の表れだと言われる。これではダイバーシティは進まないし、経営に資する人材の配置も心許ない。
必要なのは、②の「組織文化の適合度」だけではなく、①の「スキルの適合度」をMUST要件やWANT要件として押さえつつ、③の「職務の適合度」をしっかり捉えることである。経営戦略上どのような職務が必要なのかを明らかにし、スキル面と職務面での適性がある者を採用・登用していく。
デモグラフィー型からタスク型のダイバーシティに移行するべきといわれる今、属性に目をやるのではなく、タスクや職務ベースで、その人の経験の多様性や職務適性の高さから最適な人材を選ぶことが、結果として経営に資するダイバーシティとなる。

採用や昇格審査以外に、日頃の人事評価にもこの話は当てはまる。態度評価や曖昧な能力評価では評価者の好き嫌いが影響しやすく、②の「組織文化の適合度」が重視されてしまう。
③の「職務の適合度」を確認するためには、成果の他、成果につながるプロセスを役割・職務行動として評価できるようにしたい。評価基準を設定・改定する方法でも、日頃の行動を1on1ミーティングなどでフォローする方法でもよい。そして、人事評価の仕組みを変えると共に、評価者自身の能力向上を図り、評価エラーを排除し、メンバー一人ひとりの特性や課題を見出し活躍の場を与えつつ、個別フォローを行うことが求められる。それらが実践されることで、働きづらさの解消や職場環境の改善を推進することができ、離職者の減少・多様な人材を受け入れる環境づくりへと繋がっていくだろう。

おわりに

ダイバーシティが求められるのは、多様な視点・経験が必要だからであり、その多様な視点が新たな課題や切り口を見出し、DXやイノベーションの実現に繋がるといわれる。また国籍や宗教、ジェンダー関連など、一部の人だけでは気付くことができないケアについても、多様な視点を入れることで配慮でき、炎上や不祥事といったリスクの回避にも繋がるとされる。経営戦略上どのような人材が必要で、どのような経験の多様性が必要であるかを明らかにすると共に、職務適性を意識した採用・評価・配置を行うことで、「経営の力」となる効果的な人材マネジメントを実践していってほしい。

  1. [1] 株式会社日本取引所グループ, “マーケットニュース 改訂コーポレートガバナンス・コードの公表”, https://www.jpx.co.jp/news/1020/20210611-01.html,(参照2021年10月22日)
  2. [2] ISO30414:2018年に国際標準化機構(ISO)が発行した、世界のベストプラクティスを踏まえて作られた人材マネジメントに関する初の国際規格であり、人的資本の内部および外部向け報告に関するガイドライン
  3. [3] ESG投資:従来の財務情報だけでなく、環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)要素も考慮した投資のこと
  4. [4] フレキシタリアン:植物性食品中心の食事を取りながらも、場合によって肉や魚を食べる柔軟なベジタリアンのこと

三沢 直之

人材マネジメント担当

シニアマネージャー

※担当領域および役職は、公開日現在の情報です。

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