2024.01.16

未来志向の人的資本開示の仕組みづくり

【第3回】人的資本の情報活用が紡ぎだす経営の“未来”

中村 俊樹 小門 俊介 

第2回では人的資本開示の仕組みづくりの進め方について、人的資本レポートを作成する際に各社が抱えているであろう課題を踏まえて説明した。しかし、一度仕組みを作っただけではステークホルダーとの継続的な対話につなげることはできず、第1回で説明した人的資本開示の意義を達成することはできない。
最終回となる第3回では、より長期的なスパンで経営戦略や人材戦略につなげる人的資本情報の活用方法を紹介する。人的資本開示のために作り上げた仕組みを単なるプロセスで終わらせず、人材戦略や経営戦略にも寄与する“生きた”仕組みにしていくためのポイントはどこにあるのか、人的資本の情報活用が紡ぐ未来の経営の姿を見渡していく。

1.人的資本開示の1stステップから対話のサイクルへ

これまで人的資本開示の1stステップについては、ISO30414の開示指標を参考にしながら、すでに管理している人的資本情報の可視化を行い、現在取り組んでいる人事施策や戦略の説明と共に開示することを推奨してきたが、このアクションを実行しただけでは人的資本開示の意義を達成できず、メリットも享受しきることができない。改めて第1回で説明した人的資本開示の意義とメリットを再確認しておこう。

  • 人的資本開示の意義
    人的資本への投資状況を開示することで企業やそこに働く人々の将来の姿を示し、ステークホルダーとの対話を通じて人事施策等にフィードバックを行い、企業価値の向上につなげる。
  • 人的資本開示のメリット
    人的資本への投資の現状や課題、考え方を可視化することで、経営陣や人事部門は取り組みの効果を説明することができる。株主や求職者、従業員といった内外のステークホルダーにとっては、その企業を“選ぶ”判断の一つになる。

上記の意義やメリットを達成するためには、人的資本開示そのものよりも開示を受けたステークホルダーからの明示/暗示のフィードバックを分析し、それを経営戦略に紐づく人事施策に落とし込み、次の開示を行うというサイクルにこそ意味がある。(図)

図:人的資本開示におけるステークホルダーとの対話サイクル

 

第2回で説明した人的資本開示の仕組みを、このサイクルの中で活用するためのアクションは大きく二つある。一つは、すでに作成できているレポートへの観点の追加や深掘りといった工夫、もう一つは、現在作成していないレポートの追加・拡張である。上述した対話のサイクルを念頭に、これらのアクションを繰り返すことで、人的資本開示の仕組みを最大限活用することができる。それぞれのアクションに取り組む際のポイントについて、説明していこう。

2.レポートへの観点の追加や深掘りのポイント

すでに開示しているレポートに対して観点を追加する際の代表的な例は、特定層に絞ったデータを見たいといったケースだ。人的資本開示の意義である「将来の会社の姿」を開示するという観点からも、どのような層の従業員に重点的に投資を行っているのか、そしてその結果、どのような効果が出ているのかということを示すことは重要である。このような場合、レポートにフィルター設定を行うことが効果的ではあるが、そのためには、第2回で紹介した情報管理の仕組みづくりができていることが前提となるケースが多い。フィルター設定を行う項目がデータソースに存在しない場合、新しくデータの収集からレポートの表示までの設計を行う必要があるからだ。ポイントとしては、第2回でも紹介したようにデータを一つの基盤に集約しておくことが肝要だ。このような仕組みができていれば、今後の事業ポートフォリオで重要な特定層をピックアップすることが可能であり、フィルター機能を利用することで人事施策や開示内容を検討するたたき台としても利用することが可能である。

3.現在作成していないレポートの追加・拡張

第1回、第2回では「比較可能性」を担保する上で、ISO30414の開示項目を網羅的にレポートすることを推奨したが、他社との比較を前提としない個社独自の取り組みについては、ISO30414といった共通基準の開示項目を基にしたレポートでは説明しきることが難しい。一方、個社独自の取り組みとその結果を定性的な説明だけでステークホルダーに伝えることも、裏付けがなく説得力に乏しいだろう。ここで、個社独自の定量的な人的資本レポートを追加・拡張する必要が発生する。
実現に向けてポイントとなるのは、開示目的の定義・明確化から、指標の開示・説明のためのレポートの設計まで、経営層が中心となってトップダウンでアプローチすることだ。なぜなら人的資本への投資は「将来の会社の姿」に向けた施策であり、単純に人事的な指標の管理にとどまるものではないからだ。現在、多くの日本企業では、ダイバーシティ等人事部門で管理しているような指標は定量的に可視化されているものの、それが「将来の会社の姿」とどのような関係にあり、どのような施策に落とし込まれているかの説明に乏しいのが現状だ。
また、会計や財務指標といった人事に関する情報以外との関係を示すことも重要である。この関係を可視化することは、外部への開示にとどまらず、社内での議論にも活用できる。可視化された情報をもとに、人事以外の部門と課題の洗い出しや要因分析を行ったり、経営層が「将来の会社の姿」への道のりを検討するたたき台に使用したりすることが可能だからだ。

4.人的資本情報の活用が紡ぎだす経営の未来

第1回からこれまで、人的資本開示の仕組みづくりとその活用方法を解説してきたが、あえて人的資本開示とセットで語られがちな「人的資本経営」という単語については言及してこなかった。なぜなら会計や他の分野に比べて人事の領域では投資に対する効果を可視化するという考え方自体が浸透しておらず、果たして人的資本への投資がどこまで経営に寄与しているのかはっきりとした答えが得にくいのが現状だからだ。しかし、だからこそ地道に、人的資本への投資状況を可視化し、KPIの管理や経営戦略に基づく「将来の会社の姿」とのFit & Gap分析を行い、その効果を確認しながら人事施策を再考するという不断の取り組みこそが重要であると筆者は考える。このような取り組みの結果、人的資本への投資がどのように経営に寄与するか、効果が可視化された未来について少し想像してみよう。

まずは、人的資本への投資に関するより有効な手法が確立されていくだろう。データの蓄積によって、経営に寄与する具体的な人事施策が明らかになっていくからだ。また、蓄積されたデータを分析することで、人的資本情報に基づく経営に関する将来予想も精度が高まっていくだろう。このような将来においては、他社事例等を参考に人事施策を検討していくことも容易になると考えられるが、その中で自社にとってベストな施策を選択するには、自社の人的資本情報の蓄積が不可欠であり、これらの情報こそが経営の命運を分ける重要な要素の一つになることも考えられるのではないだろうか。

多くの企業では人的資本に関するデータを本格的に蓄積し始めている段階であり、その活用についてもトライ&エラーで検討していかなければならない。そのためには、改めて人的資本への投資を人事部門だけではなく会社全体の取り組みとして捉えること、早急に人的資本情報の可視化に着手し、経営層も含め社内での議論に活用できる環境を整えることこそが「人的資本経営」への1stステップとなると筆者は考える。

関連サービス

QUNIE 人的資本開示向け ISO30414対応テンプレート「Q-Disclosure」
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中村 俊樹

HRテクノロジー担当

シニアマネージャー

※担当領域および役職は、公開日現在の情報です。

小門 俊介

HRテクノロジー担当

コンサルタント

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